8、才能
「た、助けてくださいっ!!」
俺にぶつかった少女は、いきなりそんなことを言ってきた。
「た、助けてって……いったい何があったの」
呼吸がひどく乱れている様子の少女を落ち着かせるように、できるだけ優しく声をかけた。
「わ、わかんない……突然、怖い人たちが追いかけてきて……」
「……どうして追いかけられているかはわかるかな?」
「……わかんない」
「うーん……情報がないなぁ。追われる前、何かしてたの?」
「えっと、教会で水晶に手を置いてから、突然……」
「水晶……もしかして、これかな?」
先程ギュンターの店で買ってきた『鑑定水晶』を見せると、少女は首を縦に振った。
「これは、君の才能を教えてくれる水晶なんだ。もう一度、この水晶に手を置いてごらん」
少女は俺に言われるまま鑑定水晶に手を置いた。
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名前:ピュレ
職業 (適性):聖女
MP:450/450
保有普通スキル…なし
保有特殊スキル__
神ノ寵愛…神に愛されし者が持つ特殊スキル。
魔力量・魔法威力・魔法耐性の成長率を大幅に上げる。
聖女ノ慈愛…聖女の才能を持つ証。
光魔法、特に回復魔法、浄化魔法の効果を大幅に上げる。
炎魔法…0
氷魔法…0
風魔法…10
土魔法…0
光魔法…100
闇魔法…0
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「せ、聖女……」
光魔法一辺倒の極端な適性。正に聖職者といったところか。
この世界の聖女がどのようなものか知らないが、神が実在するという観念が一般的なこの世界での聖女の立場が高いということは予想がつく。
目の前のこの少女が、将来その聖女になり得る存在なのだ。
「……ピュレちゃん、だね。
君は神様にとても好かれていて、特別なんだ。多分、追われていたのも、教会が聖女を欲しいからだ」
「せ、聖女って、あの聖女……? おとぎ話なんかで出てくる……?」
「おとぎ話がどうなのかは分からないけれど、君は将来、聖女になれる才能を持ってるってことだ」
「……」
さて、落ち着かせるためにこう言ったのは良いが……
「アルト、恐らくですが、聖女になるということは……」
「ああ、多分教会に束縛される。この子がそれを許容できるかどうかはしらないが、少なくとも静かに生きるなんて不可能だろうな」
ホムラに耳打ちされ、俺は答えた。
そう、教会は彼女を縛る。教会にとっちゃ良いシンボルだからな。
未来ある小さな子をそんな環境に置くのは、ちょっといただけない。
この世界の常識もまだロクにない。もしかしたら、彼女の栄光の道を閉ざすのかもしれない。
だが、子供にそんな責務は、あまりにも___
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「ハァ、ハァ……!! い、居たぞ! こっちだ!」
私は、教会の司祭様から、とある少女の捜索を仰せつかった、しがない聖職者だ。
捜索対象の少女は先程、『聖別の儀』にて『聖女』の才を見せた少女だ。
国の歴史書でも、最後に聖女が現れたのは150年ほど前だ。
その誕生に立ち会えた幸福には、表しがたいものがあった。
しかし、バカな神父が騒ぎ立て、少女に詰め寄った。
少女は怯えてしまって、教会から逃走。私たちが捜索をする羽目になったのだ。
だが、それもここまで。私がその少女を発見した。人気のない開けた場所だ。
少女は、男性と一緒にいた。
きっと彼が呼び止めてくれていたのだ。偶然とはいえ、ありがたい。
近辺で一緒に少女を捜索していた同業者5人で、少女と男性に近づき、話しかけた。
「突然すみません、その少女をこちらへ。我々は教会の者で……」
「この子の名前は?」
「へ?」
男性は、少女をかばう様に、こちらに背を向けてそう発言した。
……そうか。確かに、見知らぬ相手に子供を差し出すわけもないか。
「ご心配なく、我々は教会の者です。その少女を保護しに……」
「名前は」
「……」
……教会の名前を出しても反応なし? 信仰心の薄い他国の出身とか?
確かに、全身黒のローブを纏っており、自国の民には見えなかった。
「把握しておりません。我々はその少女を両親のもとへ届けようと捜索していただけですので」
勿論、嘘だ。彼女は生涯、教会に縛られる。
しかしそれも、神からの寵愛を受けた者の義務。仕方のないこと。
「……嘘はやめませんか、アンタたちは『聖女』のタマゴである彼女を利用したいだけ」
「「「「「!!??」」」」」
何故、何故この男がそれを知っている!?
ありえない! あの時教会にいた人間しか知らないはずなのに!
「沈黙は肯定とみなしますよ」
依然こちら背を向けながら、少し声のトーンを落とした男性が言った。
「……それが『聖女』の義務だ。仕方ないだろう。『聖女』と『教会』は共にあってこそ絶大な力となるのだ。何より、神の寵愛を受けるのです。この上ない誉れでしょう」
「この子の人生はどうなる」
「人生? 生涯安泰に決まっている」
「自由がない」
「いい加減にしなさい! それが彼女の運命なのです! さあ、こちらへ!!」
少々イライラして語気が荒くなってしまったが、仕方がない。
神を冒涜されているような気がしてならなかったのだ。
「……それが本性か」
残念だ、と付け加えて、男性はゆっくりとこちらに振り返った……
男は、少々奇抜な仮面をかぶっていた。
鳥の嘴のような突起の付いた仮面だ。
「何です、その仮面は。悪魔の仮装ですか」
「クク、さあ、それはどうかな」
「ふざけていないで、早くその少女を___」
私の言葉は、空気を震わす轟音でかき消された。
一瞬何事かと思ったが、その音源はすぐに特定できた。
仮面の男の背後にいつの間にか出現していた、周囲の建物よりも大きな、蛇の怪物。
しかし、その身には鱗も皮も、肉もなく、骨のみ。
「……『巨骸蛇神』、我が血の盟約に従い、その少女を……喰え」
「「「「「なっ!!??」」」」」
見ると、男は自らの手のひらをナイフで切り、その手を天高く掲げていた。
それに応えるかのように、巨大な蛇の化け物は素早い動きで少女を丸呑みにした。
一瞬のことだった。少女は悲鳴を上げることすらなく、呑まれた。
「さて……」
男はこちらを見据えると、徐に口を開いた。
「この現場を見てしまった貴様らを、逃がすわけにはいかんよなぁ……」
「「「「「ひっ……!?」」」」」
男の意思に従う様に、蛇の化け物がこちらに向けて、威嚇するかのようにカタカタという音を鳴らした。
「うわあああぁぁっ!! し、死にたくない!!」
「聖女を殺した化け物に敵うわけない!! 逃げろぉ!!」
___私たちは逃げた。必死に。それこそ、逃げている最中の記憶に残らないほどに。
あれはきっと、悪魔だ。そうではないにしても、我らの神に敵対する存在だ。
教会に……司祭様に、伝えなければ。
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「いっ…………」
仮面を取った俺はその場にうずくまり、腹の底から叫んだ。
「いってえええぇぇぇぇ!!!!
二重の意味でいってえええぇぇぇぇ!!!!」
「だ、大丈夫ですか、アルト」
近くの物陰に隠れてもらっていたホムラが俺に駆け寄ってきてくれた。
俺は、ピュラを呪縛から解放するため一芝居うったのだ。
追手に何らかの敵対存在をほのめかせ、目の前でピュラを『殺すふりをする』。
きっと死亡したと判断するはずだ。だが、実のところ……
「『巨骸蛇神』、もういいぞ。お疲れ様」
俺がそう言うと、蛇の怪物は頭を地面近くに移動させ、口を大きく開けた。
中には、無傷のピュラの姿があった。
コイツは伝説の大蛇の骨に魂が宿った怪物、『巨骸蛇神』。
俺が召喚した、ラグブレのモンスターの一体だ。
「はああぁ、やっちゃったなぁ」
目立たず生活するという目標を立てたばかりなのに、最高に目立つことしちゃった。
カードから召喚した『黒死の仮面』を被っていたため、身バレはないだろうが……
『ケッケッケ、ハデなコトしたなァ、ご主人!!』
そう、こいつ喋る。先程から喋っていたのもこいつだ。
本来はコイツを被った人間は精神を乗っ取られるらしいが、俺の特殊スキルでそれを無効化。
逆に俺が望んだことを発言するようにしたのだ。
声も俺と違うから、さらに身バレ対策になった。
「……さて、ピュレちゃん」
「……うん」
「君は、これで自由になった代わりに、死んだことになった。
……今なら、聖女に戻れるかもしれない。教会に戻るかい?」
「……いや。あのおじさん達、ピュレをパパやママから遠ざけるんでしょ?」
「それは、事実だよ。君は自由になった。
……家族のもとに帰りたいかい?」
「うん」
「でも、今はまだダメだ。しばらくは身を隠さないと。
また、捕まっちゃうかもしれないからね」
「……ピュレ、どうしたらいいの?」
「君さえよければ、俺についてきてくれ。教会の連中には絶対に渡さない」
「……わかった。ついてく」
「ふぅ……一件落着、とはいかないな」
「ええ、まあ……むしろ悪化しているような気もしますが」
「ははっ、辛辣ゥ」
ホムラが俺の自分で切った手に包帯を巻いてくれながらそう言っ……包帯?
「あの、包帯なんて持ってた覚えないんですが」
「ああ、これは……」
ホムラは巫女服の胸元を大きくはだけさせ……
「私のサラシから……」
「バッカ!! お前ってほんっとバカ!! もっと自分を大切にしなさい!!」
顔を真っ赤にしながら喚く俺をよそに、ホムラとピュレはポカンとしていた___