7、魔道具
転生三日目。今日は、昨日シュタインに教えてもらった魔道具店に行ってみようと思う。
「あの……アルトは私や召喚された方が守れるので、アルトが魔法を覚える必要はないかと……」
「俺の気持ちの問題なの。ただ守られるだけってのは何か落ち着かないんだ。
ここはもう平和な日本じゃないんだから、自分の身は自分で守れないとな」
ホムラがまだ何か言いたげな様子だったが、俺の意見を尊重してくれるのかそれ以上は何も言ってこなかった。
「さて、この辺りのはずだけど」
昨日シュタインに聞いた魔道具店はなんでも、現役を退いた元魔法師団の爺さんが開いた店なんだとか。
魔法師団というのは、王国に仕える魔法のエキスパート集団のことだ。
騎士団とは仲がよろしくないらしい。
しばらく店を探しても見つからなかったので道行く人に聞きまくったところ、本当に分かりづらい、裏路地を抜けた場所にあるとのことだった。
「ああ、あった。やっと見つけたよ」
「随分時間がかかりましたね……」
しっかし、こんな場所で店を開いてるのか……
偏屈な爺さんとか出てきたら面倒なことになりそうだなぁ……
「ごめんくださーい」
そう言って扉を開けると目に入ったのは、薄暗い空間と、所々に置かれている珍妙な薬品やら道具やら。
これは……何というか本格的に怖いな。
『ここは怪しいところだよ』、とこの建物自体が俺たちに教えているかのようだ。
「……お、客か。珍しいな」
店の奥から出てきたのは、白いローブを纏ったいかにも魔法使い然とした、立派な髭を蓄えた爺さんだった。
「客が珍しいって……どんな商売ですか。シュタインって冒険者からここを聞いたんですが?」
「シュタイン……ああ、あの坊主か。
で、何の用だ? こんな店にまで来るとは、よっぽどの好事家なのか?」
「客に向かってその態度とは……まあ、良いです。
教会に置かれているような『聖別の儀』の魔道具が欲しいんですが」
俺が注文を口にすると、爺さんの眉がピクリと動いた。
「あるにはあるが……そんなもん買ってどうする?」
「買って使わないなんて選択肢あります?」
俺が即答すると、爺さんは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにクツクツと笑い出した。
「ククク……面白いな、お前さん。しかし、金貨7枚、今すぐ払えるのか?」
シュタインからは金貨5枚程度と聞いていたが……ぼったくりか?
「予想よりは高いですが、払えますよ。7枚ですね」
俺が革袋から金貨7枚を取り出し爺さんの目の前に置くと、爺さんはまた驚いた様子だった。
「……まさか本当に買うとはな。本当にいいのか? 教会でやれば小銀貨5枚程度で同じことができるんだが」
「俺は教会には行けない事情があるんでね。詳しくは言えないですけど」
「お前さん達のその膨大な魔力と何か関係でもあるのかね?」
「まあそんなとこ……って、どうしてわかるんです!?」
「どうしても何も、儂は元魔法師団だぞ? 魔力感知スキルを持っておる。
微塵も隠蔽されておらんお前さん達の魔力などお見通しよ」
なるほど、魔力感知。確か、ラティスも持っていたな。
「特にそっちのお嬢ちゃんは……何者かね。
冒険者のあんちゃんは魔力量だけが膨大だが、お嬢ちゃんは量も質も異常と言わざるを得ん。
それでいて帯剣しているとなると、噂の『魔法剣士』とやらなのかね」
「いえ、私は……」
「あんまり詮索はよしてもらえませんか。そういうので目立ちたくないから大金はたいてそれを買うんですよ。分からないわけでもないでしょう」
「まあ、お前さん達の事情は大体把握した。そのうえで話があるんだが、聞いていかんかね?」
何だろう。胡散臭いけどいいのか? 聞いても。
「……聞きましょう」
「恐らく、お前さんがこの魔道具……『鑑定水晶』を欲する主たる理由は、その溢れんばかりの魔力を有効活用するためだろう。新しい魔法を覚えるなりするための標だからな、これは」
「……!!」
「どうだ、図星だろ? そこでだ。お前さん、儂と取引せんか。
なに、儂がお前さんに魔法を教えてやる。お前さんは対価を払う。それだけさね」
イマイチ信用ならない爺さんだが、魔法を教えてくれるというのはありがたい。
ある程度毟られてでも教えを乞う価値はありそうだが、どうしようか……
俺は爺さんに背を向け、小声でホムラと話した。
「……ホムラ、どう思うよ」
「そこまで警戒をされずとも大丈夫だと思います。
……というより、アルトの能力が知れ渡ることは大変なことなんでしょうか?」
「そりゃお前、ノーリスクで無限にお前みたいな強い奴らを召喚できるなんて知られたら、お偉いさんに囲まれる可能性がでてくる。
俺は能力を喧嘩やら戦争のために使いたくないし」
「……なるほど」
……まあもしハズレだったとしても、いいか。
多分このタイプは、互いに利があるなら裏切ったりしない。勘だが。
「……分かりました。その話、乗りましょう」
「お、話が分かるねぇ。儂はギュンターだ。まあ、仲よくしようじゃないか」
「アルトです。勝手ながら期待していますよ」
俺とギュンターは互いを観察するかのように握手を交わした。
「……さて、もうお代は貰ってるんだ。ここで使ってみな、『鑑定水晶』」
「……俺の言ったこと、というか自分で言ったこと覚えてます?
それを人前でやりたくないからこれを買ったんですよ」
「おいおい、適性魔法属性も知らずに魔法の指導なんざどうやれってんだ」
「……分かりましたよ。やればいいんでしょ、やれば」
ギュンターに言われたとおりに、『鑑定水晶』に手をかざしてみた。
そうすると、ステータス画面によく似た半透明のディスプレイのようなものが目の前に現れる。
ただステータス画面と違うのは、MP以外の数字で表されるステータスが表示されておらず、適性のある魔法属性が表示されている点だ。
「なんと……これは驚いた。特殊スキルをこんなに……」
「わかりました? 俺が教会に行きたくない理由」
「ああ、痛いほどな。これは確かに、国のお偉いさんがほっとかねえ」
とりあえず俺の身バレの事の大きさが理解されたようでなによりだ。
「さて、適性の属性は……」
画面に目を通すと、各属性の横に数字が割り振ってあるのが目に留まった。
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・炎魔法…40
・氷魔法…10
・風魔法…20
・土魔法…10
・光魔法…10
・闇魔法…10
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どうやら、各属性の合計値は100で固定されており、1でもあればその魔法を使う資質があるということらしい。
「ふむ、これはまた珍しい。炎属性に偏ってはいるが、全属性に適性を持つとは」
「……器用貧乏って言いたいんですかね」
「むぅ、そんな皮肉を込めたつもりはなかったが……
まあ、これで今後の方針が固まったな。炎魔法を中心に、全属性行こう。
後は支援系魔法も一通り終わった後教えるとしよう」
お、やっぱあるのか、支援魔法。やる気出てきた!
「今日は属性の確認だけでいいな。
そうだな……予定が開く限り、二日おきに店に来い。
来れなかった日があっても次はその三日後だからな」
「わかりました。まあ、よろしくお願いします」
ギュンターに別れを告げると、俺たちはすぐに帰路に就いた。
とりあえず俺にも魔法は使える。あの爺さんが言うにはな。
今は信じてやるだけだ。何もしない後悔より実行してからの後悔ってな。
「ハァ、ハァ……きゃ!?」
「うおっ」
店に来る時にも通った裏路地を進んでいると、前から走ってきた女の子にぶつかってしまった。
そしてぶつかった女の子は尻もちをついてしまっていた。あちゃー……
「あー、ごめんな。ケガしてないか……」
「た、助けてくださいっ!!」
女の子が、突然そんなことを言ってきた___