4、ここから
さて、お楽しみ換金タイムだ。しかし、気がかりが一つ。
「えーと、セリアさん。魔物の素材の換金ってどうやるんです?」
「あぁ、それならその素材を直接ご提示いただければその場で換金できますよ」
「魔物の解体はそちらでやっていますか?」
「ええ……でも、解体の費用としてその分査定額から引かれますが……」
「ああ、じゃあそれでお願いします」
そう、魔物の解体。
俺ができないのも問題だが、それ以上に人に頼んだ時のリスクが高い。
いや、普通ならそんなことはない。問題はこの素材だ。
聞くに、下級竜の素材は超高級。
こんなものをギルド登録したばかりの冒険者が換金したのを知られれば、変な噂が出るかもしれん。
俺が他人から盗ってきた、とかな。
ギルドで解体できるならそれはありがたい。
ギルドには冒険者の個人情報を秘匿する義務があるからな。
だからといって安心しきることはできないのだが。
先程までいたギルドのホールからギルド職員数名と、ギルドに併設されている解体場に移動した。
「えーと、アルトさんでしたか。解体にこんなに人員は割かなくとも……」
「これを見ても、まだそんなこと言えます?」
俺が下級竜の死体丸ごと一匹分をインベントリから出すと、ギルド職員たちは目をむいて驚いていた。
「ちょっ、こっこれ、下級竜ですか!? しかも丸ごと!?」
「ええ、俺が倒したんですが、目立ちたくないのでギルドに解体を頼もうかと」
「た、倒した!? パーティを組んだのですか!? いったい誰と!?」
「いえ、一人……と、一匹ですかね」
「い、一匹……? そういえばアルトさんは召喚士でしたか。
しかし、下級竜を単騎で倒すなんて普通の魔物じゃありませんよ!?」
「ええまあ、俺の『解析』曰く神の使いだとかなんとか」
「「「「えええええええぇぇ!?」」」」
「と、とりあえずこの下級竜を解体したい、と」
「はい。あ、キースさんが小分けにして売却しろと言ってたので何回かに分けて全部売りたいのですが」
「えっ!? キースさん……って、あの王城近衛兵のキースさん!?」
「ああ、そんなこと言ってましたね」
「「「「何でキースさんと面識があるんですか!!」」」」
「そんなことより、解体お願いしますね」
「「「「そんなことぉぉ!?」」」」
賑やかそうなギルドで何よりだ。
その後もひと騒動あった後、ギルド職員の人たちが解体を終えてくれた。
途中で俺の武勇伝を聞きたいとねだる職員を無視したり、ホムラが『今後のため魔物の解体の仕方をご教授願いたい』と解体に乱入、あっという間に解体をものにしたり。
いろいろあったが、遂に査定だ。
今回査定に出すのは、下級竜の爪と一部の鱗。
それ以外はまた俺のインベントリにぶち込んでいる。
「え、えーと……これは、下級竜の爪と鱗……ですか?」
セリアさんがこちらを気遣っているのか、小声で訊いてくる。
「ええ。どれくらいになりますかね」
「ちょ、ちょっと待ってください。ギルドマスターを呼んできますので……」
そう言って、セリアさんは奥に下がっていった。
少し待つと、ギルドマスターと思しき初老のがっしりした男性が出てきた。
「下級竜を倒し素材を持ち込んだというのはアンタかい?」
「あ、はい。俺です」
ギルドマスターはしばらく無言で俺の目を見てきたが、少し息をついて、
「嘘ではないようだな……全くあきれた。これほどの実力者がFランクとは」
「目立ちたくないんですよ」
「わかっとる。コイツが今回の金だ。ざっと金貨500枚ってとこだ」
「き、金貨500!?」
俺は一瞬叫びそうになるも、声を飲み込んで耐える。
この世界の通貨は、銅貨、小銀貨、銀貨、金貨に分けられている。
それぞれ一枚を日本円に換算すると、およそ銅貨100円、小銀貨1000円、銀貨1万円、金貨10万円。
つまり、俺は約5000万を一瞬にして稼いだのだった。
「えーっと……この500枚でどのくらい過ごせます?」
「まあ、普通に生きてく分には数十年はいけるな。しかもお前さん、まだ持っとるだろ。
それ全部売り切ったら一生暮らすのに不自由はせん」
「マジかー……」
とんでもないことになってしまった……
俺は革袋に入った金貨を隠すようにギルドを後にし、冒険者に聞いた近所の美味い飯屋を訪れた。
ギルドから数分歩いた場所に見えてきた看板には、『春一番』と書いていた。
美味い飯ってのはワクワクするね。人間の三大欲求の一つだってのはよく言ったもんだ。
俺が店の扉を開けると、小気味よいベルの音が俺を迎えてくれた。
「あっ、お客さん、いらっしゃいませー!!」
俺とホムラの来店に、ウェイトレスなのであろう少女が元気よく挨拶してくれた。
見た感じ、15歳くらいか? 店内を見まわすと、彼女よりずっと小さい、10歳に満たないように見える少女もいた。家の手伝いでやってる、とかだったら日本でもあったが、多分ちゃんとした従業員なんだろうな。
「やっぱ、異世界に来てるんだなぁ」
手近な席に着くと、さっきの女の子がメニューが書かれた紙を持ってきた。
「聞いたこともない料理……というか、素材からして聞いたことないな」
しばらく眺めていると、今更ながら自然にこの世界の文字が読めることに驚く。
「どうなってんだろうな……昔、英語教師が英語に慣れると英語を英語のまま読めるようになるとか言ってたけど、こんな感じなのかね」
結局決めかねた俺はさっきの女の子を呼び、おすすめのメニューを聞いてみた。
「おすすめですか……ウチは何でも美味しいで評判ですからね……」
「おっと、随分な自信じゃないか」
「ふっふっふ、なんてったって私の実家ですからね!」
へえ、この女の子の方がそうだったのか。
小さいころからやってたってんなら、こんだけ客の扱いに慣れてるのも納得だ。
「店主……私の父が『調理』スキルを持ってるので、実際美味しいんですよ!」
「へぇ……『調理』なんてスキルもあるんだな」
「はい! あ、すみません、おすすめでしたよね。
オーク肉のシュリン焼きなんて万人受けすると思いますよ」
俺は女の子__ハルというらしい__の言葉を信じ、件の『オーク肉のシュリン焼き』を頼んでみた。
しかしオーク肉……魔物の肉か。美味しいのだろうか?
海外の料理が口に合わなかった、とかよく聞く話だ。
俺が色々と考えていると、オーク肉のシュリン焼きが二人分運ばれてきた。
……あれ? 見た目これ豚肉の生姜焼きじゃね?
「いただきます」
「あの、アルト。これは……?」
ホムラが自身の前に置かれた料理を不思議そうに見ている。
「え? ホムラのだよ。当たり前でしょ」
「いえ、私は魔力の塊のようなもので……物を食べる必要はないのです」
「え、そうなの? でも勿体ないし食べなよ。遠慮とかせずにさ」
「……アルトがそう仰るのなら」
「……うん、生姜焼きだねこれ」
「久々に食事というものをしましたが、存外悪くなかったですね」
存外悪くなかったって……良い笑顔しながら尻尾振って食ってたじゃないか。
もしかしてツンデレさんか?
「あ、ハルちゃん。お勘定頼む」
「あ、はーい!! どうでしたか!?」
「何か懐かしい味だったよ。美味かった。また来たいと思う」
「おぉ、それは良かったです!! えーと、小銀貨2枚です!」
「小銀貨2枚……あっやべ」
俺はあまりの空腹に直接この店に来てしまったが、袋の中が全部金貨だ。
困ったな……迷惑だよな、これ金貨出したら。
「どうしました?」
「えーとだな……金はあるんだが細かいのがない」
「え? あ、銀貨1枚出してくださったら小銀貨8枚お返し……」
「いや、ごめんな。金貨や」
「え、ええっ!? じゃあ、その袋の中身全部……むぐっ!?」
「ちょ、ボリュームでかい!」
周囲の客の視線が俺に向かうが、俺が成金野郎だとは気づかれていないようだ。
「す、すみません……銀貨9枚と小銀貨8枚、お返しできますよ。大丈夫です」
「そうか……ごめんな。迷惑だろ」
「いえいえ、確かに珍しいですけど、たまにありますから」
日本人の血のせいかすっごく申し訳なく感じる。
「また来てくださいねー!」
調子を取り戻したハルちゃんが俺たちを見送ってくれた。
こういう雰囲気いいね。日本の、少なくとも都会ではこんな雰囲気は経験できないだろうし。
今日一日、いろいろあったな。
異世界に飛ばされて、召喚して、神鳥の背に乗って、一時間ほど歩いて、冒険者ギルドなんてファンタジーの代表のような場所に行って。
まだ夕方とも言えない時間だが、今日はもう宿をとって休もう。やりたいこともある。
ギルドと『春一番』の中間ぐらいに位置する宿屋に、俺たちは入っていった。
「ああ、お客さん、いらっしゃい」
食堂部分の奥のカウンターに、不愛想な白髪交じりのオッサンがいた。
食堂では冒険者の一行と思しき数グループがいるが、宿の客かな?
「二人部屋一つ。一泊いくらです?」
「小銀貨2枚だ。飯はつかん」
「よし、じゃあコイツで5泊する」
俺はオッサンの前に銀貨一枚を置いて言う。
「まいど。コイツが部屋の鍵だ。二階上がってすぐの部屋な」
「どーも」
鍵を受け取ると、俺たちは部屋に向かった。
冒険者一行がリア充を見るかのような恨めしそうな目でこちらを見ていたのは気のせいだろう。
俺たちが入った部屋は、申し訳程度のチェストとデカめのベッド一つ。
「……あのオヤジ、変なところで気ぃ使ったな?」
そりゃ、男女同じ部屋に泊まるってんだからそう思われても仕方ないな。
「さて……ホムラ、分かってるな?」
「はい」
ふっふっふ、さあ、お楽しみタイムだ。
俺とホムラは互いに見つめあうと___
「『永従の誓い』、発動!!」
そう、『永従の誓い』。
召喚した物を世界に固定する特殊スキル。
恐らくは、一定時間経過後の自動カード化を無効化するスキルだ。
しかも能力も上がるらしい。ホムラと一緒に冒険者をやるにはうってつけの能力だ。
俺が『永従の誓い』を使用すると、体内から力が根こそぎ出ていき、ホムラに向かっていくのが分かる。
「ぐ、おおおお!!?」
ヤバい、これはヤバい。落ちる!
急激な脱力感とともに、俺の意識は暗転した___
「う……うぅ……」
「お目覚めですか、アルト」
俺が目を覚ますと、目の前にホムラの端正な顔と膨らんだ胸があった。眼福ゥ!!
後頭部に感じる柔らかい感触は……膝か!
ヤヴァイ、幸せ。彼女いない歴=年齢の俺には刺激が強すぎるぜ……
「看ててくれたのか。ありがとう、ホムラ」
「いえ」
尻尾を振っている。可愛いやつめ。
「あぁそうだ、ステータス、オープン」
おなじみの画面には、以前見たときとは違う点が二つ。
称号に『狐火の巫女の主』が追加され、MPが300まで減っている。
「やっぱり、任意発動の特殊スキルでMPを消費するみたいだな」
ということは『共鳴』もMPを消費するのだろう。
さて、今日はもうゆっくりしよう。
明日は入り用のものを買いに行くとしよう。
あぁそうだ、ホムラのステータス確認もしないと……だが、まだ頭がぼーっとする。
ほっとけばMPは回復するようだし、それも明日、よくなってからだ。
異世界に来たと知ったときは途方に暮れたものだが、案外暮らしていけそうだ。
「俺の異世界ライフはここから始まる! ……なんてな」
俺はベッドに横たわりながら、これからの生活に思いを馳せた___