11、動き出す
ギュンターの協力もあり、俺たちは無事魔道具店に到着した。
「どういう風の吹き回しだ、あのジジイ……」
「……ともかく、助かりましたね。騎士団と魔法師団が仲が悪いというのは聞いていましたが、事実だったようです」
「そうだな……とにかく、ギュンターを待とう。話はそれからだ」
主人不在と分かっている家に入るのもしのびなく、その後しばらく店の外でギュンターの帰りを待っていた。
「おお、無事着いておったか。何よりだな」
体感で30分程経ったころ、ギュンターが店に戻ってきた。
険悪な雰囲気ではあったが戦闘行為までは行かなかったようで、ギュンターに異常はない。
「……俺たちを助けたのはどういうつもりです?」
「どうしたも何も……助けた恩人にその態度はいただけんなァ」
「……そうですね、すみません。さっきは助かりました」
「ほっほ、良いってことよ」
調子よさげに話すギュンターに、俺はますます警戒を募らせた。
それを察したのか、ギュンターは真面目な表情で口を開く。
「……お前さんじゃろ、昨日の騒ぎの……悪魔の使いとやらは」
「へえ、悪魔の使いって呼ばれてるんですか。見逃してましたね」
「やはりそうか……まあ、既に確信は持っていたのだが。
まあ、入れ。姿は見えんが、そこの子供もな」
『魔力感知』で察知したのか、ピュレの存在も知っているようだ。
……さて、どこまで知っているのかな。
「まあ、言いたいことはわかっとる。何故感づいたか。そうだろう?」
俺が無言で首を縦に振ると、ギュンターは近くにあった安楽椅子に腰かけ、話し出した。
「単純な話だ。昨日の騒動を始終この目で見させて貰ってたんだよ。
お前さんの事情も、教会の連中との会話で大体把握しとる。
そこの子供が、聖女のタマゴとやらだな」
能力を解除して姿があらわになったピュレの方を見て、俺に問いかけてくる。
……目撃者がいたのか。うかつだったが……それがギュンターだったのが幸いだな。
「……で、今日にでも俺がアンタに助けを求めに来る、と踏んでいたと」
「うむ、感謝したまえ。逃亡において最も大切なのは信頼できる仲間なのだからな」
「信用……ねえ。この際贅沢言ってらんないって苦渋の決断だったんですが」
「ほっほ、冗談がうまい。儂ほど信用できる人間などそうおらんだろう?」
その時のギュンターが見せた子供のような悪戯っぽい表情を見て、俺は改めてギュンターを信用することにした。
「しっかし、お前さん。あのような召喚術を使っておきながらピンピンしておったな?」
「ああ、特殊スキルです。俺もあまり詳しくは分かってないんですが、カードが魔力を肩代わりしてくれてるって、今のところの仮説ですね」
「ほう、興味深い。そいつを見せてくれんか」
「……さては、これが目的で?」
「それもあるな。まさか恩人の頼みを無碍にするほど恩知らずでもなかろう?」
「はあ……油断ならない爺さんですね。じゃあ、商人らしく契約ってことにしましょうや」
「お前さんもガードが固いことで……良いだろう」
俺は金貨10枚の支払いと召喚のためのカード十数枚を一時貸し出し、ギュンターは当面のピュレの保護を約束する書面に血印をし、その紙は秘匿の意味もありギュンターに預けた。
この契約を交わした者は、互いにその契約を遵守しなければならない。
そういう魔法がかけられた紙だ。商人はこの紙を常に一定数持っている。
もし契約が破られた場合、破った人間は体内の魔力が暴走し、最悪死に至る。
商人が信用に足る証拠だ。
「……じゃあ、そういうことで。頼みますね」
「おう。できるだけ早く事を治めろよ」
「言われなくてもわかってますよ」
契約がなされた以上、これ以上ここに留まる意味もない。さっさと行こう。
「……ピュレ、ちょっとの間だけ待っててほしい。必ずパパやママに会わせてあげるからね」
「……うん」
いい子だ。まだ小さいのに、とても聞き分けが良い。
そして、信用されている。必ず、この子を真に呪縛から解き放ってやる。
その後、ギュンターから聞いた街の中心部への抜け道を通っているときに、ふと思った。
「……ピュレの親って、騎士団だったよな」
「はい。それが何か……あ」
「ギュンターに保護されたこと知って、怒ったりしないかな……」
こんなことをこの結構俺も危ない状況で頭に浮かべるあたり、俺にも緊張感が足りてないよなぁ……
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まったく、あのアルトとかいう青年は。どのような星の下に生まれてきたのか。
敬虔な教徒の象徴である聖女を誘拐とは。
その片棒を担ぐ儂も、相当なひねくれ者……背教者なのだろうがな。
「えっと……おじいさん」
聖女……ピュレが儂を見上げ言ってきた。
「おじいさん、本当に悪い人なの?」
「ふむ……それはどうして?」
「アルトお兄ちゃんが、ずっと悪口言ってたから」
……まったく、大した風評被害だ。
彼も気が張っていたのだろうが、人様の悪印象を子供に植え付けるとは。
「……でも、ピュレには悪い人には見えない」
「ほう、分かるかね。お前さんの人を見る目は彼よりずっと上のようだ」
ピュレの頭を撫でながら、儂は懐古の念に浸っていた。
「……さて、何もしないのも暇だろう。
魔法の練習とちょっとした昔話、どちらがいいかね?」
「昔話がいい」
「そうか……じゃあ、話そうか。昔、儂にはお前さんによく似た娘がおってな___」
儂は、昔話をした。
魔法師団として国の犬に成り下がり、忙殺されまともに構ってやれないうちに最愛の妻共々火事で死んだ、我が娘の話を___
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アルストン・フォン・リベリオ。それが私の名だ。このリベリオ王国のトップ、国王。
今は、先日テラスリアに現れたという不審人物について報告を受けている。
「……して、ジェイクよ。見つかったのか?」
「はっ、確信には至らないまでも、怪しい人物は発見いたしました。
鳥の仮面や黒いローブは見受けられませんでしたが、彼が隠していた左手の傷。
本人は転んだと言っておりましたが、あれはどう見ても刃物によってついた傷でした。
それと、変わった服装の獣人の女性も同伴しており……」
「なるほど……確かに、怪しいが証拠に欠けるな。その人物は今どこに?」
「取り調べのため同行を願い出たのですが、少し妨害に遭ってしまいまして……
現在の行方は分かっておりません」
「妨害?」
「元魔法師団のギュンター殿に出くわしまして……」
「おお! ギュンターか! 息災であったか?」
「ええ、減らず口は退役しても健在でした」
「……お前たち、常日頃から魔法師団とも協力しろと言っておるではないか」
「……申し訳ありません」
「さて、ふむ……証拠がないのでは、見つかっても罰することはできんな……」
「何ですと!! 神の冒涜者を野放しにするおつもりですか!」
「司祭よ……落ち着け。我々とて聖女を殺めた者を放っておくなどできんよ。
だがな、罪のない人間を裁くことは……」
「そんな悠長なことを言って、逃がしてしまうのは愚策ですぞ!」
教会の連中……騒ぐだけ騒いで、捜索は国に任せきりではないか。
毎度毎度、教会の暴走には呆れさせられる。
「もうよい、休め。休息は必要だ」
「……国王様が行動を起こさないおつもりなら、我々にも考えがありますぞ!!」
司祭は腹を立てた様子でその場から立ち去った。やれやれ……
さて、とはいえ、国の象徴たらしめる聖女を殺害した人物、放ってはおけん。
私が直々に、例の男を見極めてやろうではないか___