9、後悔なんてない
さて、犯罪まがいのことをしてしまったぞ。
というか、ガッツリ犯罪じゃね? 女児誘拐じゃね?
違うからな? ロリコンじゃないから。保護、保護だから!!
「……とはいえ、今後どうするかだな……」
「教会はこちらを追ってくるのでしょうか?
ピュレ……聖女は既に死んだものと思われているはずです。わざわざ脅威であるアルトを捜索するメリットがあるとも思えませんが」
「いやぁ……どうかな。
そうなったなら一番いいんだけど、『あいつは神の敵だ』みたいな結論になったら追ってくるだろうな」
ピュレの前で悩んでも仕方ないので、とにかく、しばらく教会の動きを見よう、ということになった。
今日はもう、飯食って帰ろう。色々あって疲れた。
ピュレに、先程自分で着ていた黒いローブを切り作った、ピュレの体形に合う小さなローブを着せ顔を隠させながら、『春一番』に移動した。
扉を開けると、笑顔でハルちゃんが話しかけてくれた。
「いらっしゃいませー……あ、アルトさん。もうすっかり常連ですね?」
「ははっ、まだ片手で数えられるほどしか来てないと記憶してるけど」
「毎日来てくださるじゃないですか……って、その子は?」
ハルちゃんがピュレを見ながら言ってくる。
それに対し、ピュレは俺とホムラの背中に隠れるようにしている。
人見知りなのか? それとも自分が追われる身だということを自覚しているのか……
「ああ、この子は……知り合いの子だ」
知り合い? 親戚ですか?」
一瞬迷ったが、多分一番無難な設定だろう。
「まあ、そんなもんだ。しばらく忙しくなるらしくてな。その間俺に押し付けたってこった」
「なるほど……ご両親、何されてるんですか?」
「え? あー、えっと」
「……二人とも、王国騎士団」
俺がどう答えたもんかと戸惑っていると、ピュレが自分でそう言った。
「お、王国騎士団!? た、確かにそれなら急に忙しくなるのも納得です」
助かったが……下手な嘘は首を絞めると思うぞ。
注文を終え、ハルちゃんが遠ざかったのを確認してから、ピュレに小声で話しかけた。
「……ピュレ、さっき言ったのは本当のことなのか……?」
「うん。ピュレのパパもママも、王国騎士団だよ」
「マジだったのか……驚いたな。
両親は、ピュレの聖女の話、知ってるのかな」
「ううん、知らないと思う。教会には一人で行ってたから」
色々と驚いたが……とにかく、今日はもうさっさと飯食って休もう。
少し重い空気の中、俺たちは出てきた料理を完食した。
「ハルちゃん、お勘定ー」
「はーい……あれ? アルトさん、その手、どうしたんですか?」
俺は一瞬しまったと思ったが、できるだけ平静を装って対応した。
「あー……これな。ちょっと派手にすりむいてね。結構血が出ちゃったんだよ」
「ええっ、大丈夫なんですか!?」
「はは、大丈夫だよ。死にはしない」
「気を付けてくださいね? 飲食店にとって常連さんが減るのは死活問題なんですから」
「まあ、気を付けるよ。心配してくれてありがとう」
『春一番』を出て、そのまま俺たちは宿屋に戻った。
宿のオッサンがピュレを見て「お前らデキてたのか」と嘯いたときはオッサンに殴りかかろうとしたが、ホムラが止めてくれた。
さて、今後は教会の動向にかかっているとはいえ、ある程度は自分たちでも決められる。
「……まず、これから考えられる教会の行動は、例の事件を大っぴらにして犯人……つまり俺を捜しに来るか、これを教会内部のみで、あるいは限られたコミュニティーのみで共有するか、だと思う」
「情報を一般に秘匿することに教会側のメリットはあるんでしょうか?」
「メリットというか、デメリットを防ぐ役割かなぁ。
貴重な『聖女』をみすみす見逃し、あまつさえ殺されたなんて世間に広まったら、教会の信用が地に落ちる事態になりかねない」
「つまり、保身のために、ということですか?」
「まあ、有り体に言えば。その場合でも、こちらを探りには来るだろうけどね」
今日一日走り回って疲れたのであろうピュレがベッドで寝たのを確認して、俺たちは今後の行動を話し合った。
まず第一に、ピュレを一人にしておくことはできない。
しかし、協力者もいないこの状況では俺とホムラしかおらず、どうしても隙ができる。
解決策としては協力者を探す、だが……現実的ではないかも。
もしこの国で宗教が重要なものとして認識されているなら、国民は教会側につくだろう。
あの時の聖職者は、『教会の者』というのを強調しており、これがこの国における教会の権威の高さを物語っているだろう。教会の名前を出せば逆らわないだろう、という魂胆が見え見えだった。
……アテがないわけではない。
一瞬『春一番』を候補に挙げたが、却下。慎重には慎重を重ねよう。
信用したいが、『春一番』の人たちが教会側についたとき、俺たちは大損害だ。
そうやって消して、消して……最後に残ったのは、不本意極まりない結果だった。
「あのジジイ……ギュンターか」
現時点で、ギュンターには、俺の感情を除けば好条件ばかり。
まず居住地があの人が寄り付かない店だ。匿ってもらうには最適だろう。
そして、ギュンターの商人じみた性格。
金払いの良い俺の言うことだ。ヤツは受け入れるだろう。
しかも、元魔法師団。それなりに階級の高い役職だった男だ。
もし国や教会のお偉いさんがヤツを問い詰めても脅しが効かない可能性が高い。
「……この際、ギュンター様にピュレを預けるというのが最適かと思いますが……」
「まあ、安全性で言えばギュンターのジジイは最高だよ。これ以上ないほど。
ただなぁ、ヤツにピュレを預けるってなるとちょっとなぁ……
あの偏屈ジジイのことだ、子供にも何かちょっかい出すぞ」
「……しかし、それ以外にいい方法がないのも事実ですよね」
「それは、そうだけどさぁ……」
「ハァ、問題山積みだな」
自分のやったことを少し後悔……いや、反省しながら、俺はため息を吐いた。
突発的なこと過ぎて何の計画性もなかったことが首を絞めたな。
俺はベッドに腰かけ、ピュレの方を見やった。
普通の、可愛らしい女の子だ。
こんな少女を聖女聖女と祭り上げ、教会の言いなりにするのを黙って見過ごすわけにはいかない。
だが、俺は一般人だ。確かにチート能力は持っているが、何の後ろ盾もない。四面楚歌。孤立無援。
俺なんかの浅慮で教会を出し抜けるかと言ったら、限りなく不可能。
失敗したら打ち首になるなんてのもあるかもしれない。
だが、俺は俺の正義に従って行動した。
そのことで俺が『後悔』するわけにはいかない。
「……ま、こんな宿の一室に籠って話し合っていても何の解決にもならないってな」
「それは……そうですが」
ホムラは俺を心配してくれているようだ。俺がホムラも巻き込んでしまったというのに。
今回の件であまりホムラに負担はかけたくないな。
「もし……万が一の話だが。
俺が捕まったとしても、すぐには行動しないでほしい」
「……!? で、ですが!!」
「お前に迷惑はかけられない。
大丈夫だ。両手両足拘束されてようと、カード召喚は使えるんだ。自分で何とかしてみる」
その後なおも食い下がるホムラの主張を押しのけ、何とか説得は終わった。
ホムラだけピュレと同じベッドに寝かせ、俺は壁に背を任せてそのまま就寝した。
ホムラがベッドを使うことに対してもホムラは拒絶を示した。
俺が譲らないのなら、二人ともベッドで寝ればいいとかも顔を真っ赤にしながら言ってきたが、俺は譲らなかった。俺は誇りある童貞。30まで貫いて魔法使いになるんだ。
……あれ? 目から塩水が……
……そんな馬鹿なことを考えているうちに、俺の意識は落ちていった___