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第96話:大きなお風呂

 アニエスからの指摘に、フィーネもレティシアもそれぞれ思うところがあったのかそれ以上の言い訳をしなくなった。二人は特別な装束から平服へと魔法で換装し、元の姿へ戻る。


「はー、疲れたらお風呂入りたくなってきた」


 再び浴衣姿となったレティシアがそのようにぼやいた。欲求に忠実な彼女はすぐに舟の持ち主に目当てのものの所在を尋ねる。


「そういえばこの舟、大浴場はどこにあるの?」


「無いわよ。私の部屋にシャワーとバスタブはあるけど、あんたには貸したくないし」


 昨夜のアニエスはフィーネとレティシアが遊んでいる間に一度自室でシャワーを浴びていた。フィーネについては衛生面で特に入浴の必要が無く、入りたい気分になった際はアニエスの部屋で借りて済ませる事が多かった。


 入浴の必要が無いのはレティシアも同様だったが、アニエスの回答に彼女は憤慨し出す。


「はあ!? なぜマトモな大浴場を作っておかなかったのだ!? 設計ミスであろうが!」


「普段は二人しかいないからよ。作っても持て余すだけでしょう」


「いいや、いるね! なぜならわたしが入りたいから! こうしてはいられん、今すぐにお風呂の用意をするぞ!」


「勝手に決めないで。この舟の所有者は私よ。もしも無許可で改造なんてしたらその時は――」


「じゃあ、ガーデンに作ってみようか。あそこはボクのだからアニエスも怒らないよね?」


 勝敗の話の後は物静かにしていたフィーネから予想外の提案がされた。突然の裏切りに絶句するアニエスに対し、レティシアは『よしっ!』と快哉を叫ぶ。


「では行くとしよう。晩ごはんの用意なんて後でいい!」


 やかましいレティシアを先導に三人は再び疑似庭園へと向かった。


 いつものレティシアの奇行であればアニエスは捨て置くところだが、自分の所有物に関連する事とあっては無視も出来ない。


 アニエスにとって最悪なのはフィーネが述べた通り、疑似庭園は彼女個人の場所であり、内装をどうしようがアニエスは口出ししないと取り決めしてある事だ。


(肉畑と生け簀だけでも大概なのに……せめてこれ以上イロモノを増やさないようにしないと)


 密かに、庭園の景観に癒しを感じているアニエスとしては切実な問題だった。


 疑似庭園に到着するなり、レティシアはさも真面目ぶった仕草で辺りを検分する。


「うむ、やはり広さは申し分ないな。これなら立派な露天風呂を作れるぞ」


「先に言っておくけど、デザインはフィーが一人で決めて」


「オッケー。さっそく始めちゃうね」


 準備に取り掛かるフィーネを他所に、レティシアがアニエスに陳情を垂れる。


「ああん? お風呂だいすきっ子の余の意見を却下とな? どういう了見だキサマ?」


「美観を損ねるような見た目になったら困るでしょう。あんたは口出しも無用よ」


「美観がどうとか言うなら、あの畑と水槽をなんとかしろよ」


「……それは本当にそうね」


 奇跡的に同意見となった二人の言葉を意図的に無視して、フィーネは作業を続ける。


 彼女は自らの思念を基に、魔法が稼働する道筋を形成し整えた。


「――うん、こんな感じかな」


 思い描いたモノを物質として創造する、文字通りの神業の魔法が他愛も無い事に用いられる。


 フィーネが有する魔法“万象彩る秩序の耀光クレアツィオーネ・デラ・コスモス”により、石造りの浴場が創られた。大きな湯船と、そこに浸かる前に体を清める洗い場。その設備はかつてノクトノワール連合王国の地で実際に体験したものを参考にしており、高級宿の施設と見紛う精緻さになっている。


 レティシアの故郷にして彼女が統べる地ノクトノワールには火山が複数あり、天然の温泉が多く見つかった事から入浴の文化が盛んだった。


 フィーネと同じく、レティシアも体の清潔さを保つという観点において入浴行為は全く必要無いのだが、彼女は好んで故郷の人々に混ざってはお湯に浸かって人間の文化を楽しむ事が多かった。


 増設された大浴場を見て、レティシアも満足げに頷く。


「まあまあだな。だが、デザインはもっと凝った方がよかろう。どれ、余がちょっくら……」


「これ以上余計な事をしようとするなら宇宙に叩き出して永遠に出禁にするわよ」


「ちっ、つまらん」


「もう、ケンカしないで。せっかく作ったんだし早く入ろうよ」


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