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第94話:その願いを胸に旅を

 両開きの扉の先には船内に在るとは信じ難い広く美しい庭園が広がっている。フィーネが管理するこの疑似庭園は魔法で作られた異空間に各種自然物を創造し配置したもので、人の域を超えた魔法によって生み出されてはいるものの、人工物と呼べるものは一部の例外を除き多少の装飾しか存在しない。


 その他に目立ったものを挙げるのならば、高い天井から周囲を照らす光源がある。日光のように感じられる暖かな光もまた魔法で生み出したものであり、光球を浮かべてそれを点灯し続けているものだった。


「どう? 結構キレイでしょ」


 フィーネは疑似庭園を趣味の産物としてそれなりに気に入っており、その成り立ちが人から見れば特権に等しい彼女の能力に依るものだとしても、ある種の愛着を抱いている。


 一方、幼いアニエスは舟の中に庭園があるという美しくも異質な光景について、子供らしからぬが、しかし実にアニエス・サンライトらしい好奇からなる質問をした。


「さっきのお部屋もそうですけど、舟の中にこんな異界を作って大丈夫なんですか……?」


「事故で魔法を解除されたらって話? それはもう、すごいことになるよ。ボーンってなるか、グッチャグチャになるかどっちか」


「……大きくなったボクは壊されない自信があったんですね」


「うん。舟にかけている魔法もかなり強くしているし、ちょっとしたお城くらいの耐久力はあると思うよ。それでもダメな時はボクがなんとかする約束だし」


 フィーネの言葉に、アニエスは今の彼女が持つ常識から外れた魔法を不思議がる。


「フィーネさんっていったい……それに、さっきのレティシアって人も……」


「キミの友達だよ。大きい時のキミはレティシアちゃんは違うって言うかもしれないけれど」


 二人は庭園の片隅に移動し、そこで魔法の準備を進める。アニエスの魔力量は人類としてはほぼ最上位に位置する規模であり、子供が使う程度の魔法では消費よりも回復の方が早い。現在は若返りの魔法によって一定魔力を消費し続けている状態だが、それでも幼少期のアニエスが知り得ていた魔法では魔力を使い切るのにかなりの苦労が必要となるだろう。


 そこで、フィーネは本来のアニエスが用いていた魔法を幼いアニエスに使わせる事とした。もちろん、考案者本人と言えども魔力の制御など子供の身で扱える術式ではないため、フィーネが常に細心の注意を払って補助をする前提ではあったが。


「呪文はあった方がいいかな? 大きい時のキミはあんまり使わないんだけど」


「教えてほしいです。はじめて使う魔法なので」


「オッケー。それじゃあこの炎の魔法からいってみようか」


 フィーネは指先に金色の炎を灯し、アニエスが得意とする魔法を再現して見せた。まずは初歩の炎弾。次に放射状の形態。さらに応用として、剣や槍といった派生形態を幼いアニエスの前で展開してく。


 幼いアニエスは見本を見たのち、術式の解説を受ける事で自分でも実際にそれらしい形で魔法を実践する事が出来た。フィーネの指導は続き、彼女が知る術式を一通り伝える。


「最後は大きい時のキミが使う魔法の中で一番強いやつで――」


「……爆発とか大砲ですか? それって、こういう?」


 幼いアニエスはフィーネの手本を見る前に火炎の圧縮から始まる術式の初期工程をやってみせた。“蒼旭(ブルーフレア)”という大規模な爆炎の魔法を圧縮した超密度の炎弾による砲撃を繰り出す術式であり、過去にアニエスが自身の魔力の暴走によって発現した魔法を洗練し、指向性を持たせたものだ。アニエスが使用可能な魔法の中で最も破壊力に優れた文字通りの必殺技でもある。


 不完全とはいえ、術式の全容を言い当てた幼いアニエスにフィーネは少なからず驚く。


「わ、すごいね。昔のキミがこの術式を考えた時はもうちょっと収束に苦労していたのに。もしかして、もともとの記憶とか感覚が体に残っていたりするのかな?」


「だと思います。こんな魔法、昨日まで使えるとは思いもしませんでしたから」


 幼いアニエスに残されていた『魔法を使っていたという感覚』からフィーネの想定よりもスムーズに術式の伝授は済んだ。頭の柔らかさか、魔法を発動させる上での細かいコツも幼い少女はすぐに吸収していく。


 そして、魔法の無駄撃ちというあまりにも贅沢な作業が始まってしばらく。少し息を切らした様子の幼いアニエスを見て、フィーネは手を叩く。


「よし、ちょっと休憩にしようか。魔力を使い切るって言っても倒れちゃダメだし」


「はい、わかりました。……ふぅ」


 二人は庭園内の休憩所まで足を運び、フィーネが紅茶を用意する。元のアニエスが気に入っていた茶葉から淹れた茶を振る舞うと『……お砂糖もらっていいですか?』との感想が返ってきたので、フィーネは甘味を調整した。


 茶を啜る控えめな音以外には何も響かない静寂が過ぎる。


 そのまま数分が過ぎ、息を整えた幼いアニエスが口を開いた。


「フィーネさん。一つ聞いてもいいですか?」


「なに?」


 幼いアニエスは尋ねる事を少し躊躇した。


 しかし、気を取り直し――あるいは勇気を振り絞って、抱いた疑問をぶつける。


「……みんなは。ボクの家族がどうしているか、あなたは知っていますか?」


「――――」


 その問いに、フィーネはすぐに応える事が出来なかった。


 その反応だけで、幼いアニエスは全てを察し俯いた。


 フィーネは自身の対応が失敗だったと悟り、後悔から微かに目を細める。


「ごめんね」

「いいえ」


 謝罪するフィーネに、幼いアニエスは首を横に振る。


 しかし、哀しみは抑え切れなかったのかこう続けた。


「……お部屋にみんなの写真もないから。きっと、なにかあったんだろうなって」


 アニエスの家族は故国の騎士達に殺され、故郷ルーンヒルと生家は彼女自身の焔で燃え落ちた。もはや、自分自身以外に家族の縁を示すものなど残されてはいない。


 身に余る悲嘆に耐えながら、幼いアニエスは気丈に話を続けた。


「フィーネさんはみんなのことを知ってるんですね」


「キミから聞いたからね。キミのお父さんとお母さんの話とか、弟のヨシュアくんの話もたくさん。――それと、アナイスおばあちゃんとは会ったこともあるよ」


「そうですか……大きくなったボクにとってもみんなが大切なままなら、よかったです」


 自身の言葉と幼い姿の友の反応に、フィーネの胸の内に幼い日に抱いた感傷が蘇る。


 しかし、それは今のアニエスに伝えるべき事ではない。


 フィーネは嘘を言わず、しかし真実は伝えない事を選択した。


「色々あったんだ。だけど、キミは強いから今まで乗り越えてきたんだよ」


「……ありがとうございます」


 幼いアニエスはそれきり、家族の事については尋ねなかった。


 それを見たフィーネの心にある種のやましさが浮かぶが、彼女はそれを表に出さない。


 それからさらに十分ほど。先ほどまで試していた魔法の話をして休憩は終わり、再び魔力を使い切るために幼いアニエスは元の自分が使っていた術式を試行錯誤して発動させた。さすがに本来の状態と比べればだいぶ拙い面が目立ってはいたが、それでも一般的な魔法を使用する分には問題が無い。


 創り出された草木花々が彩る秩序の園で、何度も何度も蒼い炎が爆ぜては舞う。幼いアニエスは元の自身が扱えた多くの魔法を再現してみせたが、最大の術式である“蒼旭・滅殲光(ブルーフレア・カノン)”だけは炎の圧縮以降の工程をこなす事が出来なかった。


 幼いアニエスは残念そうに小さくつぶやく。


「……いちばん強い魔法、最後までできませんでした」


 魔法を撃つ姿をずっと観察していたフィーネの前で、幼いアニエスの体は淡い光に包まれていた。若返りの魔法が解けかけている合図であり、数百に及ぶ魔法の行使――言い換えれば魔力の無駄遣いという作業は無事に完遂された事を示している。


 アニエスはフィーネに向かって、頭を下げた。


「フィーネさん、ボクとお友達になってくれてありがとうございます。ボクが家族と()()()()()()()をしても生きていられたのは、きっとあなたのおかげですから」


「――――」


 何も返せないでいるフィーネに、蒼い光を纏った少女は瞼を閉じて続ける。


「旅をしてるんですよね。最後までボクたちにとって楽しい旅だといいですね」


「――そうだね」


 少女は微かに笑顔を浮かべ、光が強まっていく。


 フィーネの眼は光量の影響など受けないが、彼女は反射的に、数舜だけ視界を閉ざした。


 フィーネが再び辺りを見ると光は収まっており、アニエスも元の姿に戻っている。しかし、彼女は魔力を使い切った疲労から眩暈を起こし、その場に倒れかけた。


 即座に、フィーネはアニエスが地面に体を伏してしまう前に支える。


「大丈夫?」

「……ええ、へいき」


 意識はあるようだが消耗したのか、アニエスは立ち上がる事は出来ない。フィーネはアニエスを抱えるような体勢のまま現状を検分する。


(魔力状況――残量微小。身体状況――中度の疲労。他は――微かな動揺?)


 体を支えたまま、フィーネはアニエスに浮かんだ疑問を投げかける。


「もしかして。小さくなってた間のこと、覚えてる?」


 その問いかけに、アニエスは小さく頷いた。幼い姿のアニエスも元の記憶の影響を断片的に受けていた様子だったが、どうやら現在のアニエスは先ほどまでの若返り中の出来事を全て記憶しているらしい。


 疲労以上に何やら気まずそうにしているアニエスに対し、フィーネは言った。


「別に気にしなくていいでしょ。元はと言えばレティアちゃんのせいだし、ヘンなことは無かったよ?」


「……それは、そうだけど」


 気恥ずかしさと共にどこか不満も抱えている様子のアニエスに、フィーネがどう応じたものかと思案していると、庭園への扉が激しく開け放たれた。


「ふはははは! 余ったらやっぱ超天才! 見ろ、一瞬で全ての問題を解決する神がかった最強魔法器を作った……ぞ?」


 使用されれば新たな騒動を巻き起こすであろう新作の魔法器を持ってきたレティシアは、アニエスとフィーネを凝視する。アニエスがフィーネにしなだれかかっているような姿勢であり、傍目からその様子は恋人同士が睦まじくしているように見えなくもない。


 やがて、レティシアは白けた表情を浮かべて言った。


「……なにイチャついてるんだおまえら」


「あんたの! せいでしょうが!!」


 基準設定の時刻で夕暮れを迎えた庭園に、くたびれたアニエスの精一杯の怒号が響いた。

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