第93話:解決策と悲嘆
事態解決を図る前に、差し当たってフィーネはサイズの合わない服を着ている幼いアニエスに急ごしらえで服を用意する。デザインは彼女の記憶にあるものと寸分違わぬものにした。
その後、フィーネは椅子に腰かけ、幼いアニエスにも同じように席を勧める。
そのまま事態の解決手段を考えていると、先ほどまで他人事気分でいたレティシアが何を思ったか手を打った。
「しゃーない、全てを解決する世紀の大発明としゃれこむか! しばし待っておれ!」
フィーネはそう意気込んだレティシアを見送り――あるいは無視してアニエスに話しかける。
「気分は悪くない?」
「はい。だいじょうぶです」
フィーネが検討している間。幼い姿になってしまったアニエスは、本来自分のものである工房を興味深そうに眺めている。各所には魔法器や魔法薬、その素材が整然と並べられており、魔法使いの目から見れば宝の山のようなものだ。
「ここ、大きくなったボクのお部屋なんですよね」
「そうだよ」
「なら、見てもへいきですよね……?」
「大丈夫。もしも何か壊しちゃってもボクが直しておくから安心して」
幼いアニエスは何かを探るようにじっくりと時間をかけて工房を眺めて回った。
彼女が特に興味を示したのはやはりというか作業途中の魔法器の類であり、その様子は年相応にオモチャに心躍らせているようにも映る。
「……この魔法器、すごくキレイな術式」
「ふふ、キミが作ったんだけどね」
「……信じられないです。でも、言われてみれば描きかたはボクと似てるかも……?」
工房内の見学をひとしきり見守ってから、意見をまとめたフィーネが口を開いた。
「元に戻る方法だけど、二つ考えてみたんだ」
フィーネは指を一つ立て、思いついた手法を話す。
「一つ目はアニエスから魔力を抜いちゃうってやり方」
「……ドレインですか?」
魔法において“ドレイン”とは他者から魔力を吸収する行為を指す。
人間にとっては特殊技能に分類されており習得も困難だが、フィーネからすれば特に難しい技術ではない。本来は対象者の耐性などによって結果が左右されるが、最悪、幼いアニエスが抵抗したとしてもそれを無視して強行する事も可能だ。
魔力を空にしてしまえば“万象定める秩序の威光”を用いずともアニエスにかかった若返りの魔法は解除出来る。しかし、この手法にはささやかな問題があった。
「でも、ドレインは……」
「うん、イヤだよね。血を抜かれるみたいな感じするだろうし。だから試してみたいのはもう一つの方」
フィーネは新たに立てた指先に金色の炎を灯し、自信満々な笑みを浮かべる。
「――名付けて、キミ自身が魔法を使って魔力をムダづかいしちゃおう作戦!」
幼いアニエスはわかったような、わかっていないような表情を浮かべる。
そんな彼女のために、フィーネは具体案を語った。
「要は魔法を使えないくらいにくたびれちゃえばいいんだよ。元のキミが鍛えた魔力は多いからちょっとやそっとじゃ使い切れないけど、なんとか頑張ってみよう! 大丈夫、きっと色んな魔法が使えて楽しいよ」
「そういうことなら……」
少し不安げな幼いアニエスに、フィーネは首を傾げる。そこで、フィーネはここまでアニエスを元の姿に戻す前提で話を進めていたが、本人の意志を確認していない事に思い至った。
「もしかして、元に戻るのイヤだった?」
「いいえ。やらなくちゃいけないことがあった……って思うので。だから、イヤとかじゃないです。ただ、うまくやれるかはわからないなって……」
「そこはボクがしっかりサポートするよ。それじゃあさっそく移動しようか。ここで危ない魔法使ったら、それこそ大きくなったキミに叱られちゃうからね」
手狭な部屋ではなく、広い空間へと移動するための工房を出る間際。
不意に、幼いアニエスがどこか寂しそうな表情を浮かべた事にフィーネは気づいた。
しかしそれも束の間。幼いアニエスは工房を出るなり“星を渡る舟”に興味を示した。
移動中、フィーネは“星を渡る舟”について説明する。
星間移動が出来る魔法器という人類の魔法使いにとってはもはや理解の範疇を超えた存在ではあるものの、その理論があまりにも力押しな形式であると理解した幼いアニエスは『……これはあんまりキレイじゃないですね』と率直な感想を述べた。
『宇宙を旅している』という触れ込みは幼いアニエスの常識からすればあり得ない絵空事同然のはずだが、彼女の魂に『旅をしていた』という実感が残されているのか、フィーネの説明を素直に受け入れている様子だ。
そんな幼いアニエスを観察するフィーネの内には、小さな疑問が浮かんでいた。
(――何か、気になっているのかな)
先ほど魔法工房を出る際に浮かべていた表情は、見知らぬ所にやってきたがゆえの緊張とは異なる。未来の自分の部屋を見て、その去り際に抱く寂しさとは何か。
フィーネはアニエスとは異なり、他者の思考を読む能力を獲得していない。その気になれば出来る事であっても、それを行う意志が無い。
疑問に対し答えを出せないまま、フィーネはいつもと違う姿の親友を自身の疑似庭園へと案内した。




