第92話:小さな魔女
ゲーム遊びが終了し数時間後。“星を渡る舟”で基準としている時刻で夕方を過ぎた頃、船内の疑似庭園にて。フィーネは鼻歌混じりに最近作ったばかりの畑の手入れをしていた。
やや離れた位置に浮かぶ椅子から退屈そうに作業を眺めるレティシアが口を挟んだ。
「それ、面白いのか?」
「面白いよー」
「魔法でパッと済ませればよかろう」
「それじゃ畑を作った意味が無いよ。レティシアちゃんだってゲームを自動で作ろうとは思わないでしょ? 自分でやるのが楽しいんだから」
「では舟にいない間はどうしているのだ。その時間の方が長いくらいではないか?」
「その間はオートでお世話してるから」
「じゃあ魔法使ってんじゃん」
「ボクの魔法じゃないからセーフだよ。ほら、あっちにいるアニエスに作ってもらったフィールドシッターくん。お留守番はあの子にやってもらってるんだ」
「あやつの魔法器も人間どもからすれば大概のインチキだろーに」
畑の端に設置された名前に反し無機質なゴーレムを見やりながら、レティシアは伸びをする。
彼女はしばらくの間この“星を渡る舟”および二人の旅への同行を申し出ており、アニエスから反発があったものの最終的には許容され、ひと時の間ではあるが行動を共にする事となった。次なる星への出立は明後日を予定しており、今日のところは準備以外にする事は無い。農作業を眺めている時間に飽きたレティシアが文句を言う。
「うおーい、この余がヒマしてるぞ由々しき事態だ。そら、なんかゲームすっぞ」
「もうちょっとで終わるから待っててよ」
フィーネの作業が終わり、二人の御子は疑似庭園を出た。
「どーする? タイマンゲーするか? 余としては頭数が欲しいのだが」
「そうだね。アニエスももう一度誘ってみようか」
「んじゃ、あやつの部屋集合な。余はゲーム取ってくるぞー」
「迷わないようにね」
「ふははは、馬鹿じゃあるまいし。リビングはこっち!」
「そっちは機関室、逆だってば」
フィーネがアニエスを呼ぶべく魔法工房を訪れると、そこには違和感のある光景が広がっていた。主たるアニエスの姿が無く、何やら辺りに魔法の煙が舞っている。また、『こほこほ』とせき込むような音が聞こえた。何か魔法の不手際かと思案したフィーネの足元に、ランプのようなものが転がってくる。魔法器であるそれの口からは部屋に満ちているものと同色の煙が吐き出されていた。
フィーネは魔法で煙を一か所に収束させる。そうして開けた空間には幼い少女の姿があった。年齢は六歳ほど。特徴的なのは明らかにサイズの合っていない服を着ている事と、美しい蒼い髪と瞳をしている事だった。何より、フィーネはこの少女に対し正体を探るまでもない強い既視感を抱いている。
フィーネがどういう事態かと思案し始めるのと同時、遅れてレティシアがやってきた。
「よっす根暗、余の新作ゲームを遊ぶ権利をくれてやるぞっと――やべっ」
「まあ待ちなよ。ねえ。今『やべっ』って言ったよね?」
フィーネは逃げようとしたレティシアの肩を掴んで拘束する。
「これは、どういうこと?」
「さ、さあ? 知らんな~、あのちっこいの誰だろな~」
「アニエスでしょ。この魔法器、レティシアちゃんのイタズラ?」
「おいおい一体なんの証拠があるというのだ、言いがかりはやめてもらおうか!」
「確かに、ごめんね。あ、見て見て。このランプ、エンブレムが入ってるよ。うわー、レティシアちゃんの顔にそっくりだなー、なんでだろー」
「いててててっ! 肩を握るな! ちょっ、すんませんしたッ!!」
途中から肩を握る力を強めていたフィーネにレティシアがあっさりと降伏した。
その様子を見ていた蒼い髪の少女が不安げに言葉を発す。
「あの。おねえさんたちは誰ですか?」
換気が済み、ようやく落ち着いて会話が出来る状態となりフィーネが蒼い髪の少女に問う。
「アニエスだよね?」
「……はい。どこかでお会いしましたか?」
アニエスは外見だけでなく、精神性や記憶までもが幼少期に退行していた。
警戒している様子の幼いアニエスに対し、レティシアが尊大に話しかける。
「おい。汝は余を見てなにか感じることは無いのか?」
「偉そうだな……とかですか?」
「このガキやっぱあの陰湿女になるだけあるわ。性格の悪さに片鱗がある」
「こら、そういうこと言わないの」
ある程度状況が整理され、フィーネは現状に対する推論を述べた。
「“事象解析”は眠った状態みたいだね」
「こやつの異能だっけか。なぜわかる?」
「昔、ボクと初めて会った時と反応が違うから。たぶんだけど、エスティンの森でボクと出会うちょっと前のアニエスかな。ルーンヒルにいた頃の」
「はあ……それはまたイジりづらい話が出てきたな。初対面のあの日、唐突にキレられたことを余は忘れん」
「まあ、あれはタイミングが悪かったね。初対面なのに絡み方も悪かったけど」
「余は自分のスタイルは崩さぬ。なんたってわたしは女王さまだし」
「はいはい。すぐにブレるってスタイルをね」
フィーネとレティシアが会話している間、幼いアニエスは無言で二人を観察していた。
彼女は元の姿と比べて幾らか雰囲気が異なる丁寧な調子で話す。
「よくわからないんですが、おねえさんたちはボクを知ってるんですね」
「そうだよ、アニエス。元のキミはボクと同じ年だったんだけど、今のキミはこっちの銀色の子がしでかした魔法のトラブルで小さくなっちゃってるんだ」
フィーネの言葉を受け、アニエスはレティシアを胡乱そうに見る。成長後と同じく、初対面の印象はあまり良くないものとなった。一方、異能は眠っている状態ながら態度から自分の味方だと判断したのかフィーネに対しては見解を仰ぐような様子だ。
フィーネは解決法を探るに当たり、まずは発端の人物に尋ねた。
「で、アニエスはなにをすれば元に戻るの?」
「知らん」
元凶たるレティシアは極めて無責任にそう言った。だが、フィーネに睨まれた事で、今回の事態を引き起こした魔法器を手に取り一応の情報提供を続ける。
「こいつは余がノリで作った魔法器で小突くくらいの衝撃で作動する。煙の効果は変身プラス記憶の封印で、本人の魔力を使って一時的な若返りを引き起こすのだ。まあ、魔力が切れるとかで魔法の維持ができなくなれば元に戻るだろう。放っておいても平気だと思うぞ」
「なんでそんなものをアニエスが持ってたの」
「持ってきたお土産に入れてたの忘れてた」
「じゃあ完全にレティシアちゃんのせいだね、了解」
フィーネはアニエスの魔力状況を分析する。確かに魔力の総量が減っているわけではないようで、その魔力量は元のアニエスと変わっていない。が、魔法の効果で減少していると思われる魔力量が微小なため、時間経過を待つならば数日は変身が解除されないだろう。
検分して同じ所感を持ったのか、レティシアが手っ取り早い解決策を提示する。
「気にいらんなら権能を使えばよかろう。情報操作じゃなくとも状態回帰で戻せるぞ」
「使わない」
「なら余がやるか? バグってすげーブチャイクに成長するかもしれんが」
「ダメだよ」
フィーネは彼女にしては強い調子でレティシアの提案を却下した。
「アニエスに“威光”は使わない。ボクだけじゃなくて、ボク以外にも絶対にさせない」
「じゃあもしうっかり誰かにやられたら?」
「させないって。そう言ったでしょ」
フィーネは断言した。すなわち、彼女にとってそれは遵守すべき秩序という事だ。
その意向を理解したレティシアは肩をすくめる。
「まったく、めんどくさいヤツらよ。ではどうする気だ?」
「わかんない。というかレティシアちゃんがやらかしたんだから一緒に考えてよ」
二人が話す間、当事者の幼いアニエスは不安そうにフィーネを見ている。
そんな友に、フィーネはいつものように笑いかけた。
「アニエス、待っててね。すぐに元に戻してあげるから」




