第91話:魔女と御子と魔王と盤上遊戯
アニエス、フィーネ、レティシアは起き抜けの状態からそれぞれ身だしなみを整える。と言っても、今日のところは異星を目指す予定は無く三人とも服装は部屋着のままだった。顔を洗ってリビングに戻ったアニエスに、舟にやってきた時と同じく浴衣を着流すレティシアが問う。
「モーニングは?」
「無いわよ。自分で用意して食べれば?」
「なんと! このホテルは賓客を飢え死にさせる気か!?」
「発言内容の全てが間違っていて驚きね。まずこの舟は宿屋じゃないし、あんたは賓客でもなければ飢え死にもしないでしょう」
「まあまあ。簡単なの作るからちょっと待っててよ」
フィーネが挙手した事で本日は朝食が振る舞われる事となった。彼女はすぐに魔法で疑似庭園から食材を取り寄せて調理を始める。予告があった通り品目は簡素なもので、卵をとかずに焼いたもの、表面に焦げ目をつけたベーコン、適当に切り分けられた野菜のサラダ、妙に丁寧に焼き上げられたトーストと付け合わせのチーズだった。
三人はフィーネが作った料理を食卓に運んで着席し、朝食を食べ始める。
数口ほど会話も無く食事が進んでから、フィーネが思い出したようにレティシアに尋ねた。
「あれからそっちは大丈夫だった? ケイオスの怪獣とかさ」
「あのザコモンスターどもか。空が落ちてくると我がノクトの民もルクスの民もガクブルしておったが余裕でしばいてやったぞ。おかげで和睦が楽に済みそうでラッキーだったわ」
「……まさか、人前で“原初回帰”を?」
レティシアとフィーネが神族である事は限られた者しか知らない秘密だった。
アニエスの確認に、レティシアは肩をすくめて答える。
「しかたなかろう、急に降って湧いてきたのだから。言っておくが余が止めていなかったらなんもかんもぶっ壊されておったからな。むしろ余のがんばりに感謝しろ」
「あの神獣はフィーやあんたを目がけて突撃していたらしいけどね」
「……ガチ? それは言わんようにしとこ」
「真実の隠蔽じゃない」
「いんだよこまけーことは。大陸の救世主としてフルパワーバージョンのわたしの彫刻が作られることになったんだし」
アニエスは辟易とした表情を浮かべる。
一方、フィーネはレティシアの肩を持った。
「まあ、レティシアちゃんは実際がんばったよね。何百年もずーっと続いていた戦争だって止めちゃったし。そっちも力づくでだけど」
「……どうあれ、あの大地の人間に本物の神族がいたという確信を広く与えてしまったわけね。私が言えた義理じゃないけど、この先どうなるのやら」
「ふはは、そんなこと知らんわ。余は我が父の遺志で空白だった玉座をひと時預かっただけだしな。いつか汝が帰郷した時にでもなんとかしてやれ」
各々が朝食を取り終わり、フィーネが淹れた茶を啜る。
そんな中、レティシアがそれまでとは違い神妙な様子で話し始めた。
「そういえば、汝から聞いた歴史の資料やら研究屋どもの所在の件だが。ルクスの世論を変えるのにだいぶ役に立つと宰相めが高笑いしておったぞ。余の即位後は大戦が無かったのも合わせて、まあしばらくは平和にやっていけることだろう」
その言葉を聞き、アニエスの表情は変わらない。
だが、レティシアは見透かしたようにニヤリと笑う。
「父君が浮かばれるといいな」
「……そうね」
フィーネがポットから茶を注ぎ足した音が響く。
すると、レティシアが立ち上がりやかましい宣言をした。
「さあて、ちょっと湿度が上がったためここでリフレッシュ! ゲームを! します!!」
その大声にアニエスは顔をしかめ、フィーネは少し口角を上げる。
レティシアはそれらの反応を気にせず大きな化粧箱のような品を高々と掲げた。
「見るがいい! “巨大怪獣Ⅸ・宝探し編!!”」
「おお~! 新作だぁ!」
「ついに盗作に乗り出したの? 勝手にナンバリングして」
「黙ってろボケナスが。これは余とジャイビー製作者たる団体モンフリとの合作である。わざわざ余がお忍びでルクスまで足を運んで契約にこぎ着けたのだぞ。泣いて感謝しろ」
アニエスは受け取った説明書に目を通す。レティシアも制作に参加したという文言からその内容に不安を抱いたが、予想とは裏腹にこれまでのシリーズを踏襲したものとなっているらしく、遊戯用に使われている魔法も常識内のものだった。新規の要素を速読しながら、レティシアに重要な事を確認する。
「あんたの趣味も反映されているの?」
「いや。あやつらこだわり強すぎて余には作業の効率化ばっかりやらせおった。なので開発期間三か月で超大作ができあがったが、代償として余の創造性がまったく活かせておらん」
「つまり良作以上ではあるってことね。安心したわ」
「ぶっころすぞテメー」
アニエスとレティシアが口論する中、一つしかない説明書を待つフィーネがせがむ。
「ねえねえ。そんなことより新しいシステムは? 変身とかさ」
「このペタスタルというのがそうだな。巨大化とは別枠でなんか結晶を身にまとうぞ」
「……ペタって単位の? 十の十五乗とか、どうしてすぐに数字を盛るのよ。前々作はギガシンカで前作はテラマックスだったでしょ」
「体表がツルツルペタペタしてるのペタなので数字の優劣はないのだ。ちなみに次の新システムはエクサなんちゃらを予定しているらしいが」
「じゃあ順当にインフレしてるじゃない」
話しながら、アニエスは説明書をフィーネへと手渡す。
すると、フィーネは百ページ近くあったそれを一瞬で読み切った。
「まだ作ってない次回作のことはいいから! それより今あるのを早く遊ぼうよ~!」
「ふははは、急かすな急かすな。ではゲームスタート――アアッ、手ガ滑ッター」
レティシアは“巨大怪獣”の起動魔法を行わずに別のゲームへとすり替え、そちらを開始した。期待と高揚を打ち砕く突然の事態にフィーネが愕然とした表情を浮かべる。
「え――」
「かかったなアホが! こっちはフェイクでこっちが真打! ジャイビー新作を遊びたければ余が作った闇黒のゲームに打ち勝ってみせよ! さあルールを説明してやろう!」
「――よくも騙したなぁ!!」
「……なんの寸劇よ」
そんなゲーム開始から、一時間ほどが過ぎた。
「馬鹿な、馬鹿な。この余が、敗れるかもだと……!?」
「いいよアニエス! その調子でレティシアちゃんをやっつけて!」
レティシアが個人的な趣味によって作るゲームは何かしら致命的な問題を抱えるものが九割以上を占めているのが通例だったが、今回は『闇黒のゲーム』と銘打たれた割には比較的一般向けに調整されており、諸々が市販される盤上遊戯の範疇に落ち着いていた。
ただし、二陣営に分かれ、女王陣営は私腹を肥やすために圧政を敷き、民衆陣営はそれに叛逆するという仮にも王位に就く者が作ったにしては些か皮肉が利き過ぎた内容だが。
いわゆる親番と子番の関係上、どちらかと言えば女王が有利に調整されているようだったが、現在の戦況は民衆へ大幅に傾いている。新作詐欺に激怒したフィーネの駒が特攻して王城への道を切り開き、本丸へはアニエスの駒が進軍し、今まさに革命が達成されようとしていた。
予想外の展開に取り乱したレティシアが難癖をつけ始める。
「ちくしょうっ、さてはキサマ、わたしの思考を読むインチキをしてるな!?」
「あんたには効かないでしょ。それとも嫌味のつもり? 相手を揺さぶるための精神攻撃ならちゃんと通る行動をしなさい。こんな風に」
アニエスの駒がレティシアの近衛の駒を集中砲火し無惨に破壊した。
いわゆる手損に近い行動だったが、アニエスの想定通りレティシアは大いに動揺する。
「あぁぁ~~~ッ!? わたしのナイトがぁ!? おいっ、オーバーキルだろ!」
「うるさい。そいつだけ無駄に美形に作ってあってイラつくのよ。まさかあんたの恋人役?」
「い、いいだろがっ。ちょっとくらい夢見ても――」
「なら夢と共に散りなさい。さようなら、女王陛下」
「こいつッ! ほんとに嫌いッ!!」
空々しい作り笑いを浮かべたアニエスが詰めの一手を打つ。
締まらない辞世の句を述べ、圧政を敷いた女王は蜂起した民の手で討ち果たされた。
途中で手駒を失ってからは観戦していたフィーネが勢いよく手を叩く。
「よしっ! それじゃこのゲームはおしまい! 今日はもうずっとジャイビーだ!」
「今ので疲れたからもう終わりにしたいんだけど」
「なにを言うかこのたわけが! リベンジだリベンジ! 開発者知識でボッコボコにしてやる! おまえの知らん新モンスターでボロ雑巾の刑だ覚悟しろ!」
「……これ終わったらしばらく付き合わないわよ。今日は魔法器の補充をする予定だったんだから。ああ、この毒持ちの防御型まだいるのね。じゃあ私はこれとあとは一撃必殺の試行回数を稼げるモンスターでいいわ。どうせ初見のばかりだし」
「この運だけ女がぁ! ほんっとうに性格が終わってる!」
結局、朝食後から開始されたゲームはそのまま昼食時を過ぎるまで続いた。




