第86話:白銀の来訪
獣の討伐後、フィーネは消滅地点を見つめていた。ほどなくして、フローラの魔法映像からその姿が消えるのと同時、戦闘を終えたフィーネが転移魔法によって帰還する。
「さすがでございます! あれほどのお力を容易く振るわれるとはっ」
フローラは自分達の故郷を救った《秩序の御子》を讃えた。
その賞賛に対し、“終焉星装”を封印したフィーネは自身の率直な見解で答える。
「まだまだだよ。今のボクだと最涯を倒せないのもそうだけど、勝てない人間までいるもの」
「《宿命の巨光》ですか……かの者をヒトと数えるべきかと疑問は覚えますが、向上心に満ちているのはよいことかと思います。戦いによる消耗などはございませんか?」
「大丈夫。あれくらいなら膨張って感じにはならないから」
ひと仕事終えたフィーネは魔法で水筒を用意し、管を差して中身を飲み始めた。
そんな生態的には不要な給水中の御子の元に、近場にいた星の寵児が集う。やはり一同を代表するように、フローラが口を開いた。
「あらためまして、フィーネ様。危機をお救いいただきありがとうございました。恥ずかしながら我々の手持ちの魔力資源ではあの獣を討ち果たすのは困難だったようです」
フローラに倣い、周囲の星の寵児らもフィーネに謝辞を述べる。
アニエスが直感した通り、この星の戦力では厳しい戦いだったようだ。
だが、それならばそれで別の疑問が生じる。
「フローラさん。一つお聞きしたいのですが」
「はい、なんでしょう?」
「この星の運命観測にあの獣は映らなかったのですか?」
アニエスの問いに対し、フローラは少し戸惑った様子で答える。
「ええ。今日のところもこの星に事はなし、という予見でした。ですので迎撃も可能だろうと踏んでいたのですが……それもフィーネ様のご助力が前提だとすれば情けない話です」
「最初の一体の後は連鎖的に転移してきたように見えたので……読み違いも仕方がないかと」
「そうそう、みんなは悪くないよ。というか――」
フィーネはそこで一度言葉を切り、水筒を霧散させて続きを述べる。
「あの怪獣、ボクを目がけて襲ってきたみたいだし。誰が考えたかは知らないけど実力テストのつもりだったんじゃないかな。こっちこそごめんね、巻き込んで」
「……フィーを狙っていた? 神族でそんな事を考える輩がいるの?」
「ううん、古き混沌の神であればそのようにお考えになられるかたもいるかもしれません。とはいえ、二柱の御子に宙の運命を委ねるのは総意となっているため、抹殺しようなどとは振る舞わないはずですが。……いえ、しかし」
フローラは真剣な様子でフィーネに警戒を促す言葉を発した。
「呪虚にはお気をつけください。古く尊き力を持つ神さえあれなるものに冒されることがあります。この世界そのものを呪うあれらは、それこそフィーネ様を害そうとするでしょう」
「そう大層なものなのですか? 私達が見かけた呪虚はせいぜい異常に強い人間でしたが。足手まといの私はともかく、この子が遅れを取るなんて事は――」
そこまで口にして、アニエスはフローラの言わんとする事に思い至った。
「ご想像の通りです。呪虚に冒された事象醒命は神としても異常なほどの力を得ます。今のフィーネ様はまだ成長途中ですし、御子の全力はそうみだりに振るってよいものでもありません。旅先で危険を感じられたら、すぐさま退く勇気を持っていただきたく思います」
それはアニエスにとって意外な警告だった。フローラの補足によると、フィーネの能力は神族としてもほぼ最上位に位置するが、使命に臨む前である現状、最強ではないのだとか。
同じく、それまでさほど会話に参加しなかったフィーネがやや前のめりにフローラに問う。
「フローラちゃん。今のボクの限界値って知ってる?」
「はい。二柱の御子の成長は我々に共有されていますので」
「それでもボクが負けるって思うんだ?」
「畏れながら……少なくとも今しばらくは及ばないかと」
「ふーん。そうなんだー。今日どころか当分は勝てないんだー。へぇー」
「……対抗心を燃やされませんように。本当に、お願いですから。アニエスさんも、どうか」
「ええ、わかっています。戦おうとしたら他の事で気を引いて止めるようにします」
「ねえ。ボク、もしかして二人におバカって思われてる?」
フィーネは不満げな表情をしつつも、話の内容については了承した。先ほど本人も語った通り、彼女の力でもまだ及ばない相手がいるのは既知の事実だったからだ。
そして、混沌の神獣の襲来から十時間ほど過ぎたのち。アニエスとフィーネは名残惜しく思いつつも、星を発つ事にした。それをフローラに告げると彼女は既に予知していたようで、見送りの支度をしているところだった。
「すぐに準備しますので、少々お待ちくださいね」
待っている間、二人は休憩所で硝子のような魔力結晶を弄っていた星の寵児に声をかける。
「色々見せてくれてありがとね。楽しかったよ」
「結晶の加工、趣味とは思えない精緻さで勉強になりました」
「うっす、どーも。そっちこそお達者で」
この星で過ごす間、フィーネに絡まれたりと何かと交流のあった蜂と獣の中間のような姿の星の寵児はぶっきらぼうに答えた。すぐにフローラに咎められたが、どこ吹く風だ。
フィーネが帰還の魔法の準備をする間、見送りにはこの近くを拠点とする星の寵児のみならず、来訪の時と同じように住民全てが集まってきた。当時気絶していたアニエスはその様子に驚く。数百名以上の事象醒命が集う場など、初見どころか聞いた事も無い。
「……本当に。この旅をしていると自分がちっぽけに思えるわ」
「そう言う割に嬉しそうだね」
「だって、こんな世界もあるんだって知れたから」
アニエスにとってこの星は彼女が探る世界の可能性について示唆に富んだものだった。
ヒトより遥かに優れた能力を持った生命体が暮らす世界。ただし、平穏であるがゆえに発展も少ない。これも一つの理想郷ではあるが、完成した世界は変化に乏しく、だからこそ秩序と混沌は不完全さを擁してでも新たな可能性を求めるのだと。
(……少なくとも、人間が創られた意図は実感できた)
間もなくフィーネの魔法の準備が完了する。
そんな時、フローラが大地から漏れる光に淡く照らされる空を見上げた。
「どうかしたの?」
「ふふ、いえ。ちょっとした運命観測の情報が届きまして」
フィーネの疑問にフローラは可笑しそうに笑うばかりで、その内容は話さない。
アニエスとフィーネが飛び立つ間際、フローラはいたずらっぽい表情で口を開いた。
「どうかお二人の旅路に幸多からんことを願います。それと、舟にお戻りになられましたらよろしくお伝えくださいませ」
『誰に』という主語を述べることなく、星読みは二人の旅人を見送る。
妙な含みを持ったその言葉を確かに聞き、魔女と御子は飛び立った。
***
アニエスとフィーネは“予言の星”を後にし、“星を渡る舟”へと戻った。
いつもであればそのままアニエスの魔法工房へと足を運び記念品を飾るようにしていたが、今回はフィーネが魔力結晶を大量に持ち帰ったためどれを飾るか選別を行う事にし、まずは広さのあるリビングルームへと移動する。
だが。過ごす事にも慣れてきた空間には異物――二人に見覚えのない豪奢な椅子があった。それもただの椅子ではなく魔法で宙に浮いている。アニエスとフィーネがその正体を探ろうとするよりも先に、それがぐるりと反転し座っている者が姿を見せた。
「―――遅い! 遅い遅い遅い遅い遅い遅い! おそぉおおお~~~いっ!!」
足を組んで大きな態度で二人を出迎えたのは、声量に反しアニエスやフィーネと比べるとだいぶ小柄な少女だった。年の頃は、見た目だけならば十歳かそこら。立っていればあわや床につきかねない長さで左右非対称な銀色の髪と、同じ色に照らされるような瞳。その衣装もまた独特で、彼女の故郷において浴衣と呼ばれていたものを着流しており、その上には極めて薄い羽衣を這わせていた。
来訪者を認識したアニエスは深くため息をつき、フィーネは笑顔を浮かべる。
一方、銀色の少女はひどく憤慨した様子だった。
「まったく! あまりにも待たせられるので余が自ら星まで出向いてやろうか迷ったわ!」
少女は二人の反応を待たず、矢継ぎ早に捲し立てる。
「よもや! この余――レティシア=ネビュラ・ルシファー・ノクトノワール・ケイオスを忘れていたわけではあるまいな!? 盛大な歓迎の準備をしておいてくれと超絶丁寧な手紙を送ったはずだが? なんだこれ、パーティー会場がさみしすぎて気絶しちゃいそうだったぞ!」
混沌から与えられたその名はレティシア=ネビュラ・ケイオス。《秩序の御子》と同じく宙の希望と讃えられる《混沌の御子》にして、彼女らの故郷の大地において《白銀の魔王》と呼ばれた少女。
魔女と御子はそれぞれ異なる態度で数年来の友人を迎える。
「ごめんごめん、どれくらい待ったの?」
「三十分!」
「……あんた、もう帰れば?」
「何を言う! いま来たばかりであろうが!」
二人きりだった宙を廻る旅に、旧友が訪ねてきた。
その運命は未だ不確かなれど、魔女と御子の旅に一時の休息を。
雑談ですが私は仕事や趣味の執筆をしている際、音楽をかけている事が多いです。
集中したい時は無音の方が良さそうなのですが、イメージを膨らませるのには有効なので。
そんな中、曲を聴いていてなんとなく物語や人物のイメージに合致する事があります。
せっかくなので、最近ちょうどいい雰囲気だなと思った歌を二つ記しておきます。
一つ目は『君の知らない物語(supercell)』。
二つ目は『ブルーバード(いきものがかり)』。
それぞれ、アニエスとフィーネにちょっと合っているなと(一方的に)感じました。
これらの楽曲は最近声優の花澤香菜さん、内田真礼さんが歌ったものが配信されているので興味がある人は探してみてください。
また、当然ですが『イメージが近いな』と私が一方的に思っただけであつらえてもらったわけではないため、曲の内容と実際の物語の内容は必ずしも全て一致とはいきません。今回の場合、『君の知らない物語』の方は特にそんな感じです。
他にも色々と作中のイメージに組み込んでいたりする楽曲もあるのですが、それらは遠い将来、また機会があれば触れます。
次の物語は『星を渡る舟Ⅱ』。
二人が珍客に応対する話で、更新は今週末から(の予定)。
それでは、今後とも二人の旅をよろしくお願いします。




