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第85話:星を喰らう獣

 アニエスとフィーネが“予言の星”を訪れて一週間。二人は滞在中、星の寵児(ちょうじ)らの暮らしぶりを見学させてもらったり、あるいはこの星独特の環境を検分するなどして過ごしている。


 その間に行なった二人の旅の努力目標である“星の記憶(アストラル・メモリー)”の複製には時間を要した。星そのものの歴史が長かった事に加え、運命観測というその役割から生じる情報量があまりにも莫大だったため一度では終わらなかったからだ。滞在の日数が比較的長くなっているのもそれが理由だった。とはいえその作業も完了したため、間もなく星を発つ頃合いではある。


 そんな日の朝。起床し、互いに身支度を整えた後、なんとはなしにフィーネが口にした。


「アニエス、楽しそうだね」

「……そんなに顔に出てる?」

「顔には出てないけど。雰囲気」

「まあ、私にとっては快適過ぎるところだから。人の国とは大違いだわ」


 アニエスの異能は周囲の思念を読み取るため、人口が多い場所への滞在は負担になる事もある。だが、この星は生命体の数が極端に少ない上に、この星の住民――事象醒命(イデア・プネウマ)に対しアニエスの異能による思念の読み取りはほとんど作用しない。


 この星は住民全てが事象醒命(イデア・プネウマ)であるため、人間の文明とは生活のほぼ全てが異なる。そういう面では不便もあったが、幸い、フィーネの能力を隠す必要は一切無いため、食料などその他の事情ははばかる事なく魔法で解消していた。


 今朝はフィーネから『たまにはアニエスが作ったご飯が食べたい』と要望があったため、アニエスが朝食をこしらえてそれを食べたのち。二人が天幕を出ると既にフローラが控えており、彼女と合流したちょうどその瞬間。星全域に魔法による警鐘が響いた。


「あら。混沌(ケイオス)の神獣が現れたようですね。特に予兆はなかったのですが」


 遠くに雨雲でも見たかのような気安さで、フローラはそう言った。


 一方、偶然にも同じ程度の感度でアニエスも脅威を察知していた。自らに迫る危機の度合いだけを基準にして警戒を促す異能が激しくざわつく。故郷の大地を旅した頃と宙を旅した時を合わせてもなお、これほどの怖気はごく少数の例外を除き今までに経験した事が無かった。


 アニエスの異能が推定した巨大な魔力との接触まで、あと十分。


 仮に、これが神族の加護の届かない星での出来事ならば終末に絶望がよぎっただろう。


「……この星に向かって来ている獣の魔力量は少なくとも恒星界層(かいそう)以上です。今すぐにでも星ごと退避する準備をした方がいいかと」


「ご心配なくです。フィーネ様から星晶核(せいしょうかく)をいただきましたし、元からこの星自体に恒星相当の魔力量があります。いざとなったら周辺の星を弾丸にして撃ち込めば――」


「いや、ボクが倒すよ」


 フローラの検討を退け、フィーネがそう言った。


 フローラにとって慮外の提案だったらしく、彼女は狼狽える。


「ですが、我々の事情にフィーネ様のお手を煩わせるのは……」


「この星はコスモスに必要な存在だし、あんまり魔力を使うとみんなの役割が滞っちゃうでしょ? ボクは戦うことが使命だから気にしないでいいよ」


 フローラはアニエスに意見を求めるように視線を送る。

 アニエスは短く所感を述べた。


「フィーが決めたのなら、私に異論は無いわ」


「うん。それじゃあ、行ってくるね」


 言うが否や光よりも速く飛び立ったフィーネは既にアニエスの感覚で追える場所にはいない。


 呆気に取られていたフローラだったが、成り行きを理解して魔法で光球を創り出した。


「せっかくですし、フィーネ様のご勇姿を拝見させていただきましょう」


 透き通るそれは宇宙空間を映し出し、少し時間をかけてからその照準をフィーネに固定した。今はフィーネを中心とし、遠くの景色までが映る。また、ご丁寧に映像だけでなくフィーネが発する思念の言葉も拾っているようだ。観られていると気づいたフィーネが視点となる座標に向かって『やっほー』と呑気に手を振ってくる。


 だが、弛緩したやり取りはそこまでだった。光に近い速さでの混沌の獣達の接近に際しフィーネはすぐさま本来の姿へと回帰し、敵と定めたものを待つ。


 迫り来る脅威は星を統べる神すら脅かすもの。今のアニエスでは秘められた魔力の実数は掴めなかったが、一つの星を喰い尽くすに足る力を持っているのだろうと予感した。


 獣と相対している御子が実測情報を口にする。


「魔力量測定――二等恒星界層」


 それは一つの星系、その中心たる恒星と同規模の力を持った獣だった。


 より平易な言葉で表すのならば、巨大な太陽に相当する魔力量だ。


 その分析結果に応じ、《終焉の神星(しんせい)》は自らの力を解放する。


「“原初回帰・終焉星装(アルマメント・ノヴァ)”、界層調律。対象討滅のため、出力を三等星団界層へ」


 星団とは、数多の恒星を含んだ天体の集団を指す。


 御子の右腕に耀う大剣が、左腕に輝く大砲が身に纏われた。


「討滅、開始」


 剣が振るわれ、彼方から襲来する惑星を喰らう大きさの獣が両断された。


 その光刃が断ったのは物質ではなく、存在そのものである。


 物理的な切断から数舜の間をおき、獣の体が消滅していった。


 あまりに圧倒的な力の差だったが、それもそのはず。神族以上の存在に対し用いられる力の尺度である界層は一つの位階につき、力に応じ五つの等級に割り振られる。すなわち惑星界層であれば五等から一等までの五つ。その等級が一つ違う時点で魔力量には大差があり、界層が一つ異なれば次元を異にする。


 二等恒星界層と三等星団界層では、天地の差がある。


 御子と獣の力の差は、人間と羽虫のそれよりも遠い。


 だが、戦いはまだ終わってなどいなかった。


 彼方の星から見守るアニエスは親友が見据える脅威に戦慄する。


(まだ沢山いる……!?)


 神獣は一体限りではなかった。

 たった今消滅した獣と同等の力を持った獣が万を超す群れを成し星へと迫る。


 それこそが測定した獣の魔力量に対し、御子が過剰な程の力を振るう理由だった。


 先兵が攻撃を受けた事で、獣の群体に変化が生じる。


 群れを広く散じた形態ではなく密集させ、限界まで小さく、強力な個体となった。


 同じ魔力量であっても拡散しているか収束しているかでは事象としての強度が違う。


 これにより先ほどまでの戦況とは大きく様相が変わった。


 人間と羽虫の力関係以上に開かれた力の差は、人間と獣程度にまで縮まっている。


 混沌の獣が迫る中、御子は輝く大砲へその力を流し込んだ。


「“厄災穿つ(カンノーネ)神星の砲光(・デラ・ノヴァ)”」


 その存在を強く世界に刻むべく、武具の銘が示された。


 左腕の砲口から生じた無数の光条が神獣の体を貫き、削いでゆく。


 穿つ光の一つ一つが惑星はおろか恒星をも破壊してしまう魔力を秘めていた。


 しかし、その凄絶な攻撃に晒されてなお獣は進撃を果たそうとしている。


 それをも予測していた御子は、敵を確実に滅する次手を打った。


「“厄災祓う(スパーダ)神星の光剣(・デラ・ノヴァ)”」


 銘を呼び振るうと、右腕の耀よう光刃から因果を断ち切る斬撃が放たれる。


 存在そのものを否定する、宙の秩序による断罪。


 星を喰らう獣の統合体は、その残滓すら遺すことなく消え失せた。


 星からその始終を見届けていたフローラを始めとする少数の星の寵児から歓声が上がる。


 だが、アニエスに驚きは無い。星団界層にまで能力を向上させたフィーネの力をこうして観測するのは初めての事だが、宇宙に滅びを齎す厄災を退けるために生まれた彼女ならばこの程度の力くらい持っていて然るべきだ。


 しかし。


(……どうして)


 あの輝きこそ少女が心から隣に立ちたいと願う先。


 その望みは限りなく叶う見込みが薄い。どれほどもがいても差は広がる一方で、次元を隔てるほどの壁がある。たった今見届けたあの境地に追いつく事すら不可能に近く途方も無い道のりなのに、既にフィーネは遥か先にいるとアニエスは知っていた。


 なのに、フィーネはアニエスを対等の友と見る。友情だけが理由ではなく、彼女だけが確信する極めて曖昧な理由で。そのせいでアニエスは『可能性はある』と諦念をも許されない。


 いずれにせよ、アニエスには自らが抱く願いが酷く滑稽で分を弁えぬものとしか思えなかった。


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