第84話:あなたに贈る予言/秩序の御子へ
アニエスが目覚めぬまま、三十時間近くが経過した。その間、フィーネはアニエスのそばを離れずにいる。二人が基準とする時間において丸一日以上が過ぎても何をするでもなく、親友の目覚めを待ち続けていたフィーネの元を、フローラが訪ねてきた。
「失礼します。その後、ご友人の様子はいかがでしょう?」
「まだ起きないね。体にはなにも異常が無くて眠ってるだけだから、たぶんこの子が持ってる力が暴走しちゃってその回復のために寝てるんだと思う」
「左様でございますか。間もなく目覚める頃合いだろうと視えたのですが、いま少し気が早かったようですね」
フローラの言葉に、フィーネは首を傾げる。
「視えたって、なんのこと?」
「失礼しました、私を含むこの星の者が持つ予知の力です。私の場合は任意での発動が基本ですが、それによりますとご友人は間もなくお目覚めになるようで。出過ぎた真似、ご容赦いただけますと幸いです」
「ふーん。けど、未来がわかるならボクが別に怒らないことも視えたりしたんじゃない?」
「……ええと、はい。少なくとも私が死ぬようなことは無いとは。ただ、平素の私の観測能力では断片的な情報のみですので、こうしてご指摘を受けることまでは予期できませんでした」
他者の未来も読めるというフローラの未来測定についての説明を受け、フィーネはこの星が存在する意義でもある予言に興味を持った。せっかくなのでアニエスが目覚めるまでの時間潰しにとフローラに依頼すると、快く了承される。ただし、彼女は魔法を使用する際に対象と一対一の空間でないと都合が悪いという事だったので一時的にこの場を離れる必要があった。
外に出る前に、フィーネは眠るアニエスに声をかける。
「アニエス、すぐに戻ってくるからね」
一日ぶりの外の世界は変わらず、平静かつ魔力の行き交うおとぎ話のような空間だった。フィーネは自身が育った大地とは全く異なるその景観の初見を友と共有出来なかった事をそれなりに残念に思いつつ、フローラの案内に従う。とはいえ、目的地はあまりに近かった。
フローラはアニエスが眠る天幕の隣に新しい同じような形の天幕を創り出す。中には机を挟んで椅子が二つ並べられており、フローラはだいぶ豪華な造りの方をフィーネに勧めたが断られてしまったため、両方を素朴なものへと作り直した。
机越しに御子と星読みが対面し、占いの準備が整う。
「では、僭越ながら。あなた様の未来を視させていただきます」
そう言って、フローラはフィーネを注視した。
一分ほどが経ち、フローラは彼女がこの星や宙の秩序を通じ観た情報を告げる。
「あなた様の使命は、必ずや果たされます。我々だけでなく、大いなる混沌と秩序も確信を持っていることでしょう。……それがフィーネ様にとって重要なことかはわかりませんが」
この星の運命観測において提示されたフィーネの可能性は『使命を果たす』というものだった。ただし、使命の内容は『宙の厄災を祓うこと』と曖昧であり、その正体は未だ判明していないようだ。また、使命を果たした後にフィーネ自身がどうなるかも言及されていない。さすがにその点にまったくの無関心というわけではないフィーネが吉凶を尋ねる。
「使命が終わったあとにボクがどうなるかはわかる?」
「……畏れながら、確定はしておりません。御身が無事な可能性もあれば、あるいは……」
「やっぱりかー。ちなみに確率は――ああ、聞かない方がよさそうだね。ごめんね、イヤな質問しちゃって。ほら、そんな悲しい顔しないで。ボクは平気だから」
その答えはフィーネ自身、予想がついていた内容だった。使命を果たす事は《秩序の御子》としてそうであって然るべき内容だったため、彼女は別の事を尋ねる。
「そんなことよりボクの友達――アニエスのことを占ってほしいんだけど、できる? あの子は大丈夫かな? 今の話じゃなくて、もうちょっと未来の話でさ」
そう求められたフローラはいま一度星の核へと接続し、今も眠り続けているアニエスについて情報を手繰る。やがて、彼女は観測された情報をやや歯切れ悪くフィーネに伝えた。
「短命……ということは、ほぼ無いように見受けられます」
「代わりになにか悪そうな未来が視えたの?」
「いいえ、逆に視える運命が少な過ぎるのです。不確定要素の塊のようにも思います。ヒトの域に留まるやもしれません。カミの域に踏み込むやもしれません。あるいは、さらに別の道へと進むやもしれません。ご本人が目覚められたのち、また改めてとは思いますが……現状何とも申し上げられず。ご期待に沿えず忸怩たる思いです」
「そっか」
友の将来について吉とも凶とも言えぬという結果を聞いたフィーネだが、彼女は不本意そうな表情はしていない。フローラはそれを疑問に思ったのか、口を開く。
「私の予知はなんのお役にも立てなかったのですが、よろしかったのですか?」
「うん? まあ、仕方がないよ。あの子は誰よりもすごいから」
要領を得ないながらもその言葉に安堵したフローラは、彼女が抱く思いを伝える。
「だとすれば、私にとっても幸いです。……おこがましいことなのですが。私は、フィーネ様の運命があなた様自身にとって少しでも良いものであればと願っております」
「ありがとう」
その後、フィーネとフローラは少々脱線し、互いの身の上話に興じる。
それも終わり、二人が立ち上がって天幕から出ようとしたところ。
突如フローラが足を止め、大きな声でフィーネを呼び止めた。
「……っ! フィーネ様、お待ちください!」
ただならぬ様子に、フィーネは振り返る。
フローラの体を膨大な魔力が包む。その量は下位の神族を上回るほどであり、彼女が有する力を遥かに上回っていた。本来の役割たる世界の命運を知るため、自動的に星の核へと接続したフローラが口を開く。
「フィーネ様がこの星を訪れた影響か……たった今ほど、運命観測が進みました。この世界に終わりを齎すもの。その厄災の形が、混沌と秩序により示されます」
フローラは深く目を瞑り、秩序から見出され、星から授かる予言に意識を向ける。
そうして《秩序の御子》へと“何時か来る全ての終り”のカタチが告げられた。
「――――其は、虚の孔。あらゆる物質を、事象を。近い未来において全てを虚無へと還すそれを、混沌と秩序は最涯なるものと定義しました。この虚孔を打ち破る事こそが、秩序の御子たるあなた様の使命にございます」
虚の孔。御子はその名を深く魂に刻んだ。
討ち果たすべき敵が示され、彼女はその所在を問う。
「それがどこにあるのかはわかる?」
「虚の孔は未だこの宇宙の外に在り、活動はしていないようです。その原因が定かでないので不気味ではありますが今しばらくの間、二柱の御子におかれましてはお力を高めるべきかと」
「その最涯の規模は?」
「現時点で宙にある全ての存在を焼べ力としぶつければ打ち消せる程度――言い換えれば、もしも今すぐ戦いを挑むのならば世界を維持しながら乗り越える事は叶いません。また、運命観測による推定にはなりますが、最涯の力が時間経過によって変動することは無さそうです」
「動かないならこっちが強くなってから仕掛けた方がいいってことだね。わかったよ」
今ある世界全てを懸けてようやく打破する事が叶う外敵を排除すること。
そのあまりの難題が御子としての使命と判っても、フィーネは怯まない。
彼女独りの戦いではなく、何よりも守り抜きたいものがあるからだ。
予言が終わり、フローラの魔力の脈動が収まる。どうやら核への接続も終了したようだ。
「ところで、ちょっと気になったんだけど」
「はい、なんでしょう?」
必要事項の確認が済んだフィーネは、単純な興味から浮かんだ質問を投げかける。
「虚孔と呪虚。なんとなく似た意味になっているのはただの偶然?」
“原初の言葉”において『ティポタ』は『無』を、『カタラ』は『呪』を意味する言葉だ。しかし、魔法によって刻まれた意味の内に『虚』という属性がそれぞれに内包されている。
フィーネの問いに対し、フローラは彼女自身もわからないという表情を浮かべた。
「それはなんとも。混沌も絡む予言は直感的なところがありますので。それぞれの在り様を指しての命名ではあるはずです。ですが、呪虚も不明点は多いですがあちらは明確にこの世界――原初の混沌より生じたものです。一方、虚孔はその由来が判りません」
「この宙の外にいるって言ってたもんね。じゃあ、違う世界から来たかもしれないんだ?」
「他の宇宙の存在を我々は別の可能性として仮定する事しか出来ていないので、答えは出ません。無数の並行世界が在ったとしてもそれらは並行存在。本来、交わる事は無いはずなのですから。……ですが、この世界そのものを破滅に導くであろう存在の由来がなんであるかは気になるところです。今後も我々を含め、秩序と混沌に仕える者どもが観測を続けることでしょう」
「そっか。それじゃあ、お仕事がんばってね」
「はい。なにか進展がございましたら、お知らせいたしますね」
以上がフィーネに向けたフローラからの予言だった。
アニエスが目覚めたのは、それからすぐの事だ。




