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第79話:慇懃無礼者

 とある星の、とある小さな王国。

 ここは長きに渡りある一族が大権を抱え続けてきたところ。


 この国では礼儀が何より重んじられており、目上の者に対する非礼は重罪だった。特に王族に対する無礼は軽くて死罪、程度によっては一族郎党を巻き込んで苦痛の限りを刻まれたのちに滅ぼされる。口の利き方一つで一家が死に絶える、過去にはそのような事例が幾つもあった。


 しかし、直近のある出来事で人々に発生した奇跡により歴史が見直されつつある。


 そんな国へ、どこからか旅人と名乗る少女が現れた。


 黒い髪に白い束が混ざった修道服という不思議な姿で、来訪の目的は観光だという。


 彼女に対し、人々は起きたばかりの彼らにとって衝撃的だった事件をつぶさに話す。


 少女はその話を神妙そうに――あるいはとても退屈そうに聞いた。


「はあ。秩序の神の怒りによって王は驕りを糺された、ですか」


 熱心な語りに対し、少女の反応はとても淡泊だった。


 事の真偽を疑っているというよりは、出来事そのものに関心が無いらしい。


 そこへ、話題の中心でもあるこの国の王が配下を連れて足を運ぶ。変わった風体だが美しい旅人がいると話題になっていたからだ。ほんの数日前であれば品の無い色好みとしての用向きだっただろうが、今の彼にその意欲は無かった。


 現れた国家の君主に対し、少女は軽い会釈をしてから周囲に尋ねる。


「こちらのかたは? ずいぶんと肥え――いえ、恰幅がよろしいようですが」


「貴様! 我らの王に向かってなんと無礼な!」


 少女の失言に対し護衛の兵が声を荒げるが、当の王自身がそれを制した。


 縦にも横にも大柄な王は旅人の少女に語る。


「娘よ、貴様の無作法を許そう。このワシも心根を改めたばかりでな。人の身においては弁えるべき地平があったのだ」


 他国から暴君と称された男は鷹揚そうに言い、人々の話を補足する形で自ら体験を述べる。


 この国に暮らす人々は先日自分達が炎に焼かれ死亡した記憶を持っていた。正確には、その瞬間にあらゆる感覚器官が焼失していたのだが睡眠や失神とは異なる虚無――言うなれば死の感触を魂で知覚していたのだ。それを、大いなる力を持つ者によって救われた。


 発端は王の行いが旅する秩序の神とその道連れを侮辱してしまったからだった。この一件があり、もはやどこで似たような事が起きるか判らぬと人々は襟を正したのだという。


 それらの話を受け、旅人の少女はどこか遠くを見ながらぽつりと言った。


「はたして、あなたがたは本当に生き返ったのでしょうか」


 周囲の反応から己の発言が理解されなかった事を受け、少女は説明を足す。


「どこまで同じならばあなたで、どこが違えばあなたではなくなるのか……という話です。だって、みなさんの体は燃えて消えてしまったのでしょう?」


 少女の言葉を聞いた人々の背筋に、冷たいものが奔る。


 不穏さを隠さない少女はそれに構わず言葉を続けた。


「生命体としての形が崩れれば魂もまた散逸します。物質でできた体と同じように、世界を流転するのです。死が惑星上の出来事であれば魂は星の中枢へと引かれ還り、やがて地表へ戻ります。では、今のあなたがたと前のあなたがたは同じ魂を持った命なのでしょうか? ……失われたモノは戻らないとは人間(あなたがた)が好きな価値観でしたね。それに則るのならば、命を失ったあなたがたが蘇るはずはないのですが。ちなみに、高位の秩序の神であれば記憶や歴史の過程を捏造した存在をゼロから創造するくらいよそ見しながらでもできますよ?」


 少女の言葉は死から蘇ったという人々の認識に一石を投じるものだった。


 顔を青ざめさせた王は、それでも問わずにいられない。


「貴様……何が言いたい」


「二、三回ほど話して聞かせたつもりでしたが、まだおわかりではないと? まあ、あなたがたに期待されているのは物分かりの良さではないのでしょうから仕方ありませんね」


 少女の侮蔑に兵の一人が武器を振り上げる。


 これ以上は言わせておけぬと、旅人を斬り捨てるつもりだった。


 しかし、その切っ先は不自然に逸れて少女の近くにいた全くの別人を切り裂いた。


 斬られた者の苦悶の声と、突然の流血沙汰に悲鳴が上がる。


「……うふふ。これが八つ当たりというものでしょうか。わたくしったら、くだらない話を聞かされて気が立ってしまっているみたい」


 いかなる魔法を発現したのか少女の体は禍々しい半透明な鎖に覆われていた。また、彼女の容姿も変化しており、髪は白く染まり切り瞳も赤く輝く恐ろしさを秘めたものとなる。


 同時に。一度その感触を知った人々に、強烈な死の予感が生じた。


 ただし、炎に焼かれた瞬間と異なるのは、それがおぞましいほどの恐怖を伴っている事だ。


 そんな予感に反し、死の化身と見做された少女は朗らかに話す。


「わたくし、こう見えてもこれまで自分の手で命を奪ったことは一度もないんです。だって」


 旅人の少女は周囲の恐慌に目もくれず、一方的に語る。


 白い兇変は、民の代表たる王に顔を近づけ、どこまでもにこやかに言った。


「始めてしまったら、もう最後までやり遂げるしかなくなってしまうでしょう?」


 その言葉に誰も口を挟む事は無い。


 少女は幾らか機嫌を良くした()()()()()、自らが撒いた不安の種を払拭する。


「安心なさい。残念ですがみなさんは生き返っていますよ。秩序の御子が用いたのは事象の回帰のようですから。壊れたモノの時間を巻き戻したと言えば伝わるでしょう? 焼け死んだ記憶が残っているのは当てつけでしょうね。不用意に当代のコスモスを怒らせるからですよ」


 前言を撤回するような話にも誰も反応出来ない。


 過去の出来事がどうであれ、今も人々が死の恐怖に瀕している事実は変わらないからだ。


 そんな、怖じ惑う人々を見て、白骸の少女は吐き捨てるように言った。


「……本当に。こんな出来損ないの生命(いのち)を放し飼いにする混沌(ケイオス)秩序(コスモス)の感性は理解に苦しむわ。ただ存続すれば形なんてこだわらずなんでもいいのかしら。気持ち悪い」


 その真意も、表情も、何もかもが誰にも伝わらない言葉の後。


 少女は人々に向き直り、いっそ空々しい笑みを浮かべた。


「……と、いけませんね。ついつい不愉快になって。振り返ってみればわたくしも今日といい先日の滞在先でも偉そうな振る舞いをしてしまいました。短気なのは省みなければいけません。人のフリ見て、ですね。よい気づきをありがとうございました」


 少女はそう言いながら、懐から短剣を取り出す。

 そして、その刃を自身に向けた。


「それではみなさん、ごきげんよう」


 少女は別れの言葉を述べながら、手にした短剣で自らの胸を貫いた。


 鮮血が迸る惨劇を目の当たりにし、群衆から再度悲鳴が上がる。


 反射的に、倒れかける少女を支えようとする者もいた。


 しかし。白い少女の骸は、それを拒むように爆ぜて散った。



          ***



 かくして。この国には二つの伝説が生まれた。


 一つは秩序の神に傲慢な王が諫められた物語。

 一つは死の化身に理不尽な嘲弄を受けた物語。


 結果として、この国の人々は神を畏れるようになった。


 不敗の武力を持った国の教えはそのまま広まり、星を覆う。


 それは種の成長、その歩みを止めるに等しい行いだったが。


 以後、その歴史が終点に至るまで彼らは健やかな日々を綴った。






 魔女と御子はさらなる成長を誓い、次の星へ。


 次の物語は『予言の星』。

 宙の秩序に属す精霊達の星での話で、更新は次週から(の予定)。


 それでは、今後とも二人の旅をよろしくお願いします。


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