第77話:法悦
そこは小さな町でした。
ひとの数は、なん千人か。
近くで見つかる石を掘って売るひとたちで。
前にキャラバンがお仕事で訪れたとき。
わたしのことを、見なかったことにしたりもしました。
けれど。
そんなヒドいひとたちも、もういません。
みなさん、赤い塊とかに変身なさって。
わたしはそれらを踏みしめて歩いています。
正直に言うと、歩き心地はあんまりよくはありません。
ぐにょぐにょしていて、ちょっと気持ち悪いくらいです。
けれど、大雨の道を歩く時のように。
靴下まで濡れて、いっそ愉快になった日みたいに。
お酒に酔う気分もこんななのかしらとか考えながら。
ちょっぴりご機嫌に、最後のお家へお邪魔しようと進みます。
……今夜は自由になって、軽い夜のお散歩のつもりだったのですが。
わたしはまだまだモノを知らないようで。
まったく予想しないことが起きてしまいます。
なにがあったのかと言えば。
――そのひとが、最後のお家から出てきたのです。
「なんとまあ。凄い有り様ですね。こういうのを地獄絵図と呼ぶのでしょうか」
キレイな黒にステキな白い束が混じった髪の不思議なひと。
お上品に笑うそのひとは、わたしのことを楽しそうに眺めています。
「変わった魂のカタチをしていますね、あなた。体の方も見かけは人間ですが、性能にはずいぶんと差があるようで。事象醒命に進化したわけではなく、さりとてヒトでもない。……そういえば、稀にそんな突然変異が現れるという噂は聞いたような」
わたしは、動けませんでした。
きっと、このひともわたしとは比べものになりません。
けれど。動けないのは、この前のふたりとは違う理由です。
「うふふ、またも出遅れたと落胆していれば愉快な出会いがありました。こんな廻り合わせもあるのなら、一人旅というのもなかなか良いものですね?」
そのひとは、辺りの状況を見ても驚いていません。
ご自分以外の町のひとはみんな死んだのに。
まったく気にしてらっしゃらないご様子です。
「どうしてあなたが生かされているのか不思議でしたが……なるほど、彼女はあなたにこの星を天秤にかけてもよいと思うほどの可能性を見出したのですか。業の深い話です」
そのひとは『彼女』と誰かのことを口にするとき、少し親しげにしました。
……なぜだか、わたしはそれがちょっと気に障ります。
『あのひとのことかな』と想像がつくからでしょうか。
「今、あなたがどういう状態かご自分でわかっていますか? あなたはこの宙においても未だあまり掘り下げられていない可能性……だそうですよ。よかったですね?」
そのひとは、わたしに色々と説明してくれました。
わたしは、仙人というとても珍しい生き物になりかけているそうです。
ヒトからカミになるのではダメで。
それでは同じ路を辿るだけなので。
ヒトのまま新しいカタチに至ることが重要なんだとか。
正直、なにを言っているのかはよくわかりません。
わたしは、そのひとが話していることはどうでもよくて。
「予兆はあったのでしょうが、あなたの力の目覚めはつい先日のようですね。それにしても、彼女はどこでこんな知見を得たのかしら。神族に並ぶ可能性を持つ仙人など本当に希少だと思うのですが。……あら? 涙なんて流して、どうかしたんですか?」
わたしは、自分が感動して震えているんだと気づきました。
目の前のひとは、きっとかみさまに違いありません。
なぜかはわからないのですが、そうだとわかるんです。
このかたになら、わたしはどんな目に遭わされてもいい。
むしろ、ヒドい目に遭わせてほしいくらい。
痛いことも辛いこともキライなわたしが、そんな風に思ったのです。
かみさまは、そう言ったわたしをお笑いになって。
「もう少し、お話をしましょうか」
そんな、ありがたいお申し出をしてくださいました。
「たしか、こういう時に便利な魔法がありましたね。心域顕現なる世界を塗り替える結界が。自分で実際にやってみるのは初めてですが……こんな感じでしょうか?」
かみさまは、小さく、誰にも、世界にも聞こえない声でなにか呟かれました。
わたしとかみさまだけを包む小さなお庭ができました。
わたしは、そこにお招きいただいたのです。
外とは違う、閉ざされたところ。
真っ暗で、わたしとかみさま以外はなにも見えません。
けれど、周りをなにかが動いているような気配はあります。
とにかく、わたしではかみさまの心は視れないみたい。
ザンネンですが、幸運でもあるんだと思います。
「目隠しもしておいてと――ええ、よい具合ですね。これくらいの規模であればヒトが拓いたように見えることでしょう」
いつのまにか、かみさまの髪の毛が真っ白に染まっています。
瞳も今まで見たどんな赤よりもキレイに光っていて。
ああ、このかたはやっぱりかみさまなんだと思いました。
おとぎ話に出てくるかみさまとは違うのでしょうが。
それでも、わたしにとってはかみさまです。
「ここでなら時の流れはあって無いようなものです。あなたの気が済むまで、わたくしで練習をしていくとよいでしょう」
かみさまはわたしに練習をさせてくれました。
体の動かしかたや、物の見かた、力の使いかた。
わたしなんかよりもかみさまの方がずっと強いので。
はじめのうち、わたしはビクビクしていましたが。
すぐに、わたしはおサルさんみたいに。
夢中になって。興奮して。はしたなく。
何度も何度も、かみさまを犯しました。
かみさまは何度犯しても死にません。
どこを切ってもへっちゃらで。
どこを潰してもへっちゃらです。
わたしがなにをしても、悲鳴もあげません。
逆に、もっとこうした方がいいとアドバイスしてくれます。
どれくらい時間が経ったかわからない頃。
わたしは、かみさまにどうしてこんなに優しくしてくれるのか聞きました。
「あなたを物珍しいと感じたからです。こうしているのはわたくし自身の気分なので、あなたにとって必ずしもよいことであるとは限りませんよ?」
かみさまはそう言いました。
それでも、わたしは嬉しかったです。
かみさまのおかげで、わたしはとても強くなりました。
この前の蒼色のひとともう一度お会いしたいくらいに。
今なら、あのおすまし顔を涙でグチャグチャにしてあげられそう。
……まあ。そうすると今度は金色のひとに、わたしが泣かされるのでしょうけど。
世の中、いいことばっかりじゃあありません。
いろいろとできるようになって。
それでもムリなこともあるんだなと悟ります。
自由になったわたしは、結局からっぽでした。
元から大切な髪以外にはなにも残っていなかったのですから。
そう話すと、かみさまは慈悲をくださいました。
「それなら、そうですね。もしも、あなたがこの星で最も強い生命へと至れたのなら。その時は、わたくしがあなたに一つだけ望みのものを贈り捧げましょう。わたくしもあなたがどこまでの器なのか、観てみたいものです」
死の感触、血の逢瀬。
それを啜り、どこまでも昇る。
わたしはかみさまを犯し続けます。
ご期待に応えるために。
こんな星に用なんて無いはずなのに。
まだわたしのそばにいてくださる。
わたしに手を差し伸べてくださる。
その悦びに浸って。
より高みを目指して。
わたしなんかに目をかけなくてもいいのに。
からっぽのわたしに夢と希望をくれたかみさま。
だから。
わたしは、わたしのかみさまに誓ったのです。
―――この星の命をすべて、
あなたに捧げると―――




