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第76話:解脱

 ひとつ息を吸って。

 ひとつ息を吐いて。


 またひとつ息を吸って、またひとつ息を吐いて。


 続けるたびに、体が軽くなります。

 生まれ変わったような気分です。


 どのテントにおジャマしようかと考えていると、ひとが出てきました。


 キャラバンのリーダーを務めていたひとの息子さんです。


 彼はそんな気分だったのか、出会いがしらにわたしの顔を殴りつけました。


「ぐひいっ!?」


 悲鳴をあげたのは息子さんのほうです。

 わたしの顔を殴ったその手は、ヘンな方向に曲がってしまいました。


 イタいイタいと、泣いてわめいています。


 その気持ちはよくわかります。

 わたしも腕を折られた時は、いたかったです。


 その様が、とてもとても。みっともない(つらそうな)ので。


 もう手も足もいたくならないよう、苦しみを終わらせてあげました。


 物音を聞きつけたのか、眠そうなひとがやってきました。


 そのひとは今お亡くなりになった息子さんといい仲の女の子で。


 わたしと同じくらいの歳の、いつもイジワルをしてくるひとです。


「……!? あ、あんたなにをし――ごぼッ」


 彼女は大声でひとを呼ぼうとしました。


 まだ、そうされては困るので。

 わたしは右手の人差し指を口元に当て、『しー』とお願いします。


 わたしの左手でノドを貫かれた(おさえられた)女の子は静かにしてくれます。


 手を捻ると頭と体が離れたので、二度と憎まれ口を叩くこともないでしょう。


 今はとても夜遅くです。よい子は寝る時間。


 わたしは、ワクワクしながらテントで眠るひとたちの元を回りました。


 一瞬だけ起きてもらって。

 そのあとですぐに死んで(ねむって)もらって。


 ぜんぶで二十四人。ひとりも余さず。


 わたしを勝手に使っていることをみんなに秘密にしていた用心棒さん。


 リーダーさんへの不満を暴力でわたしにぶつけた太った奥さん。


 わたしを故郷の妹のようとか言いながら、結局はわたしで遊んだおにいさん。


 わたしと同じように連れ去られ、毎日死にたいと言って今は病気のおねえさん。


 おねえさん以外はちょっぴりおどかしましたが、あまり長引かせず。


 てっとり早く、お行儀よく。

 みんな、ビックリしてくれたみたいで。

 とても、たのしかったです。


 お世話になったお礼のご挨拶もすんで。

 さてどこへ行こうかなと考えていると。

 うしろから、ひとの気配がしました。


 わたしはまだ残っていたんだと思って、振り向きました。


 そこにいたのは例の蒼色のひとと金色のひとです。


 わたしは、また会えたのが嬉しくなって飛びつこうとしました。


 ――けれど、踏み込む前に。

 蒼い火花が見えた気がして。恐ろしくなって。


 わたしは、後ろに大きく飛びました。

 まるで、怖気づいたどうぶつみたいに。

 震えが、止まりません。


「意外ね。覚醒しても踏み止まる理性は残っているの?」


 飛び込まなくて正解でした。

 蒼色のひとは、魔法の杖に蒼い炎を灯しています。


 わたしはあと一歩で死ぬところでした。

 このひとは、わたしをいつでも黒コゲにできるのです。


 彼女の横にいる金色のひともです。

 さっきはちっとも気になりませんでしたが。

 今は信じられないくらいに恐ろしい生き物に見えて。


 ■そうとしたら、逆にわたしが死んでしまうとわかりました。


 走って逃げたい気持ちになりましたが、そうはしません。


 そんなことをしても逃げられません。ぜったいに。


 もうなにもかもが遅いです。


 このひとたちは、わたしよりもずっと強い。

 ■したくて堪らないのに、それができない。


 おなかがすくよりも、のどがかわくよりもずっと辛い地獄。


 さっきまでステキな気分だったのが、ウソみたい。


「アニエス、どうする?」


 金色のひとが言いました。

 なにをどうするのか。

 聞いてみなくてもわかります。


 このひとは、わたしを殺すかどうかをお友だちに相談したのです。


「さっきは見落としてごめん。この子、まだまだ強くなるよ。もしかすると――」


 金色のひとの言葉を、蒼色のひとが止めてしまいます。


 わたしに聞かせたくないんでしょうか。


 蒼色のひとは、わたしをどうするかという質問に答えます。


「私が肩入れする理由が無い。この星にも、この子にも」


 そう言って、背を向けてしまいました。

 これ以上、わたしには用がないみたい。


「もう結末は決まっている。私達がいようがいまいがどの道こうなる運命だった。なら……あとは、せめてより大きな可能性が残る事を願うだけだわ」


「そっか。わかったよ」


 そう言って、蒼色のひとと金色のひとはいなくなりました。


 わたしはひとり残されて。

 なんだか可笑しくなって。

 久しぶりに、元気よく声を上げて笑います。


「……ふ。ふふふふふふふ。アハハハハハハハハハッ! ほんとうにヒドいひと!」


 なにもかも見捨てていくなんて!

 みんなみんな、あのひとのせいで死ぬんだわ!


 わたしは自由になりました。

 もう怖いものなんてありません。

 やっと、ずっとしたかったことができます。


「―――ああ、可哀想に。みんなみんな、わたしに(ころ)されて死ぬんだわ」



          ***



 かくして、運命の天秤は少女(ケモノ)に傾いた。

 その魂を憎悪と狂気に塗り潰されし者。

 これより星の生命に明けぬ冬が訪れる。


 二人の旅人が星を去ったのち。


 彼女らが訪れた地域にある町を、災禍のごとき凶刃が襲った。


 その次は、また近くの街へ。そのまた次は、大きな都市へと。


 殺戮の本能に酔った、ヒトの姿を取るケモノは殺め成長する。


 一つ殺すごとに、一つ身体を鍛え。

 一つ殺すごとに、一つ技巧を増し。

 一つ殺すごとに、一つ衝動を強く。


 そして、やがては――







 二人は星の運命の行く末を見届けず、次の星へ。


 次の物語は『無礼な話』。

 礼儀を重んじるとある星のとある国での話で、更新は四月から(の予定)。


 それでは、今後とも二人の旅をよろしくお願いします。

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