第75話:飢渇
いたい。
つらい。
くるしい。
――――■■たい。
ずっとずっと、もどかしい。
おなかがすいたようで。
のどがかわいたようで。
けれど、涙は出ません。
この生活になって、はじめのうちは泣いていましたが。
いつの間にか、どこかひとごとになったからです。
この日の夜も、そんな感じ。
いつもどおり、わたしで遊んだひとたちはわたしに文句を言いました。
つまらない。具合がわるい。
貧相だ。愛嬌もない。不良品。
こんな意味のことを、もっと口ぎたなく、ヒドい言葉で。
それなら、わたしを使わなければいいのに、と思います。
色々とおわって。
よごされたからだを引きずって、湖にむかいます。
今さらすこし臭いくらいなんて、もうどうでもいいですが。
次までにきれいにしておかないと、わたしが殴られるからです。
今夜の水場につきました。
夜ふけなので、わたし以外には誰もいません。
服をぬいで、体中をごしごしと洗います。
いつものように、下から順に。
ごしごしと。ごしごしと。ごしごしと。ごしごしと。ごしごしと。ごしごしと。ごしごしと。ごしごしと。ごしごしと。ごしごしと。ごしごしと。ごしごしと。ごしごしと。ごしごしと。ごしごしと。ごしごしと。ごしごしと。
お顔を洗う頃には、いつも通り、ケガはもうなおっています。
あのひとたちはわたしの唯一の取りえだって笑ってました。
だって、毎日毎日、いくらケガをさせてもいいんですもの。
さて。明日の朝も早いので。
水洗いしたばかりの服を着て歩き出します。
今夜のベッドを作ろうと考えていると、リーダーさんとすれ違います。
とても不機嫌そうで、ひどく酔っぱらっています。
そういえばさっきはいなかったので、おひとりでお酒を飲んでらしたのでしょう。
「おいクズ。どこへ行く気だ?」
どこへもなにも、もう眠たいのですが。
このひとは、わたしの話なんて聞きません。
いつもいつも、『お前は逃げる気だろう』とおっしゃるんです。
「こっちへ来い」
そう言って。乱暴な仕草で、わたしの髪を引っ張りました。
わたしはそれがとてもイヤでした。
おとうさんとおかあさんの子どもである証の髪だけは、大切だからです。
……本音を言うと、それ以外も大事でしたが。
そういうのは、もう、あきらめました。
「ちっ、クソガキが……! よくしてやりゃあつけ上がりやがって!」
怖いひとは怒って、わたしの髪をナイフで切り裂こうとしました。
わたしは目を瞑ってしまいました。
……その瞬間。
目を閉じているのに、不思議なものを見ました。
今までのわたし。これからのわたし。
そして、くろいひかり。
死んでしまう前に見るという、走馬灯のように。
それがおわって。
頭のどこかで、カチリとヘンな音がしました。
わたしは思わず手を突き出してしまって。
そして――
『ドン!』とすごい音がしました。
その音のあとには、なにも起きません。
自分が殴られた音だと思ったのですが、違うようです。
わたしは、ゆっくりと瞼を開きます。
「え?」
湖の岸辺に、怖かったひとが倒れていました。
意味はわかりません。
けれど、彼はピクリとも動かず。
顔をのぞいてみます。
「……死んでる」
よく見ると、手足はヘンな方向に曲がっていて、おなかもメチャクチャです。
このひとがどうして急に死んだのか、考えてみました。
考えてみて、もしかしてと思って。
試しに死んだひとの顔を手で叩きました。
死に顔は、フルーツみたいに潰れました。
息を吸って、吐きます。
「なぁんだ」
自分じゃない気がする、不思議な声が出ました。
ちょっと気になって水場を覗いてみると。
水面に映るわたしは、とてもしあわせそうに笑っています。




