第74話:隷従
荷物を運んでいる途中。
湖のほとりで立ち止まります。
なんとなく水面を覗いてみて。
亜麻色の髪の女の子が映って、今日もまだ生きているんだなと思いました。
昔は可愛らしいとか、キレイと言ってもらえて。
今は殴りやすいとか、マヌケと言ってもらえて。
わたしは、だいたいそんな顔をしています。
わたし自身、悪くはないお顔だと思ってました。
ただ、最近はすっかり疲れてしまって。
水面に映る自分の顔は、自分のものじゃないみたい。
「モタモタするな! さっさと運べ!」
『はい、ごめんなさい』。
叱られたのでそうお返事して、わたしは歩き出します。
わたしは、近くにキャンプを作って休んでいるキャラバンのお手伝いです。
毎日、言いつけられた仕事をこなすためにがんばっています。
ある日も。ある日も。ある日も。
同じことの繰り返し。
わたしは荷物を運んで、ご飯を作って。
他にも、いろんなことをします。
本当はこんなことをしたくはないのですが。
何年か前、おとうさんとおかあさんが殺されてしまって。
わたしは、このひとたちに連れ去られてしまったのです。
そんなわたしのたったひとつの宝物は、自分の髪です。
おとうさんとおかあさんと同じ、亜麻色。
あまりお手入れできていないので、昔と比べるとツヤが足りませんけど。
それでも。これだけは奪われず、自分のものだって胸をはれます。
おなかがすいて、のどがかわく日々。
いつもいつも、同じことの繰り返し。
けれど、その日はちょっぴり違いました。
キャラバンがよその旅人さんとお会いしたからです。
そのふたりの旅人さんは、わたしより少し年上の女の子でした。
ふたりともとてもキレイで、蒼色の髪のひとと金色の髪のひとです。
ふたりは商品に興味があったようで、なにか交換してたみたい。
わたしはお話のジャマにならないよう、物陰で静かにしてました。
けれど、どうしてか。
蒼色のひとがわたしに気づいて。
こっちへ歩いてきて。
わたしを、じっと見つめてきます。
わたしは驚いてしまって、なにも言えません。
キャラバンのリーダーさんが、蒼色のひとに文句を言います。
さっきまで機嫌がよかったのに、すっかりご機嫌ななめです。
「……おい、お嬢さんよ。妙な気は起こしてくれるなよ?」
「妙な気とは?」
蒼色のひとはわたしを見たままです。
それが面白くないのか、リーダーさんは乱暴な言葉を使います。
「そいつはうちの所有物だ。ちゃんと国に手続きもしている。だからあんたにとやかく言われる筋合いは無いし、俺たちを攻撃すれば付き合いがある兵団も黙っちゃいないぜ」
「なるほど」
蒼色のひとはお話に興味がなさそうです。
リーダーさんを怖がっている様子もありません。
ですが。少しして、蒼色のひとはわたしから離れていきました。
蒼色のひとと金色のひとは用事がすんだので、いなくなるみたいです。
別れ際、蒼色のひとがわたしにだけこっそりと話しかけてきました。
たぶん、魔法を使ったんだと思います。
昔、絵本で見た魔法使いみたいな恰好ですから。
【あなたの境遇には同情するわ】
……それは、あまりやさしい口調ではありませんでした。
真面目なひとなんだろうなと思うものの。
なにを考えているのかは、よくわかりません。
【……けれど、私があなたを救うわけにはいかない。天秤の動きが大き過ぎる】
そんな、意味のわからないことだけを言って。
それきり。ふたりはいなくなりました。
……ヒドいひと。
たすけてくれないんだ。
あなたなら、わたしを連れ出せるのに。
***
キャラバンから立ち去ったアニエスとフィーネは、未だ彼らの比較的近くに留まっていた。
ここは、アニエスの異能があのキャンプの人々の思念を感知する範囲の内だ。
即席の椅子で休息にしては長い時間を過ごしたのち、フィーネが口を開いた。
「よかったの?」
「何が?」
「あの女の子のこと放っておいて」
“星の記憶”は既に複写が完了している。先ほどの隊商との取引でこの星特有と言える品も手にした。端的に言えば二人は既にこの星に用が無いため、この場に残る理由も無い。フィーネは先ほど見かけた奴隷の少女をアニエスが気にしているのかと疑問に思ったのだ。
その問いかけに対し、アニエスはフィーネが想定したものとは異なる反応を返した。
「フィーこそ。あの子の事、ちゃんと視なかったの?」
咎めるようなアニエスの言葉に、フィーネは悪びれる事も無く応じる。
「うん、可哀想だし解析しないようにしてた。アニエスは何か気になったの?」
フィーネの疑問に、アニエスはしばし沈黙した。
そうして、表現を選びながら所感を述べる。
「魔法使いとして、あの子の存在は無視できない。でも、軽率に助けるわけにもいかない。今夜にも決着がつくだろうから、事が済むまではここに残るわ」
「でも、ここにいたら――」
アニエスはあの少女の苦しみを受け取る事となる。
当然それを承知しているアニエスが意見を変える事は無かった。
「彼女はもう限界だった。それを見過ごした以上、私には事の終わりを見届ける義務がある」
先ほど離れた方角を、アニエスは険しい表情で見据える。
この先の出来事を既に予見する彼女は、こう続けた。
「天秤がどちらに傾くのか。あの子になのか、それとも――」




