第73話:遅れ参じた者
半日ほど前に二人の旅人が立ち去ったとある星の花園にて。
「ざんねん、少し遅かったようですね。アニエスさんたちはお帰りになったあとみたい」
白い束が多く混じった黒髪と薄い琥珀の瞳に、頭巾の無い修道服姿の少女がそう口にした。
少女は屈んで、何となしに近くにいた猫か鼠のような姿の小動物に触れようとする。
しかし、彼らは少女を避けるよう逃げ去って行った。
「………………」
そこへ、この星を統べる神族であるキャウス・アヴァタルトゥー=ケイオスが現れる。
衝撃と閃光を伴う無駄に派手な魔法での登場に、先にいた少女は目を細めた。
「むむむ。ゴッデス・キャウスとして見過ごせぬ大事件が起きたと見て駆けつけてみれば、またもよそから我がネコとネズミの園へとお客様のご来園とは。これ如何に、ニャチュ」
「……ケイオス神族ですか。力は大したことがない最下級の個体ながら、珍妙な要素を継ぎ接ぎしている辺りはとてもらしいと言えますね」
この星の制約を受けずに喋る少女に、キャウスは首を傾げる。
「ンン……? ニャんだこの小娘、我が園の言語ルールを無視してるチュー? まさか、またも同類……!?」
「今、わたくしとあなたが同類と言いましたか? ここまでの侮辱を受けたのは初めてで、ちょっと眩暈がしてしまいました」
「いやオミャーの言ってることも大概だニャチュ」
少女は非常に胡乱げな表情でキャウスを眺める。
数舜の後、少女は意外そうに疑問を口にした。
「あなた、わたくしが怖いのですか?」
「はあ? いきなりニャニを言ってるのかこの若白髪ールは。このキャウス、恐れるものなどこの宇宙にニャに一つとしてニャいわヴォケ!」
「ですが、その割にあなたは先ほどから震えが止まらない様子ですけど。もしや、その見どころの無いお体に振動機能でも搭載しているのでは?」
そう指摘され、キャウスは自分の体を見下ろす。
確かに、彼女の全身はそう設定でもされたかのように震えていた。
「あ、あるぇ~……? ニャんでだチュー、ブレブレが、止まらニャい……?」
キャウスはこれまで恐怖という感情と一切無縁で過ごしてきた。
自分の庭を愛でる、それだけが彼女の使命であり意義だった。
自我が発生してから初めての衝動にただただ動揺が深まる。
「こ、こんニャのおかしいニャ……まさか、我が園始まって以来の大ピンチュー……!?」
狼狽えながらの一人芝居を見ていた少女は、深いため息をついた。
「はあ……なんというか。とてもつまらないですね、あなた」
「ニャぜ神格否定を!?」
「……失礼、つい本音が」
慎ましげに口元を押さえ、少女はこう続ける。
「こんなところでイラっとしてこれまでの忍耐をふいにするのも馬鹿らしい話です。わたくしはあなたを見なかったことにしておきますので、あなたも同じようにわたくしを忘れなさい」
「いや、こんな恐怖体験忘れられませんチューか……」
「――――」
「忘れますね。メモリーも五分以内に消しますし、“宙の書庫”に伝わらないよう外にも情報を漏らしません。この星は実質我が心域ゆえそれも可能……ニャチュ」
無言の笑顔から発された形容不能な圧に屈し、星を統べるケイオス神族――キャウス・アヴァタルトゥー=ケイオスは少女と出会ってからの記録の一切を破棄する事を誓った。
「結構。では、わたくしは先を急ぎますので。永遠にさようなら、さっさと閉園なさい」
辛辣な捨て台詞を残し、少女はどこかへと去っていた。
キャウスは努めて目を背けその行く先を見ないようにする。
正視せねばならないのに、それ以上の恐怖が行動を妨げた。
数分後、神族として保有する知覚から少女の気配が消える。
キャウスには手法が判らなかったが、どうやらこの星から退去したらしい。
ようやく身震いが収まったキャウスは安堵したように息を吐く。
「あー、怖かったニャぁ……ニャんニャのアレ……ファッキン弱そうなヒューマン? のクセに、ニャんかめっちゃガクガクして死んじゃうかと思ったチュー……」
キャウスは間もなく忘却する予定の出来事について考える。先ほどの誓いはただの口約束ではなくしっかりと魔法で誓約化されていたため、破ればどんな罰が下るかもわからない。
薄れ曖昧になる記憶の中、ネコとネズミの神は白骸の少女が口にしていた名を思い出す。
「あの蒼いの、あんニャんと知り合いニャんてこの先も苦労しそうだチュー……」
自己保身のための見て見ぬフリがまかり通った結果。
あるいは、世界の命運を左右しかねなかった事態は避けられた。




