第72話:ネコとネズミがケイオス
一つの天体の頂点たる神族との邂逅だったが、場の空気はどこか弛緩している。
その理由はひとえに、相対する神族の態度によるものだ。
「オミャーら、我が楽園のイキモノじゃニャいニャ? そんニャ怪しい連中をウチの可愛いフレンズに会わせるワケにゃーいきませんチュ。さあさあ! どっからやってきたか、ゆーてみ」
キャウス・アヴァタルトゥー=ケイオス。そのように名乗った神族の外見はヒトに似てはいたが、この花園に多数生息する猫か鼠のような小動物の特徴も備えていた。具体的には、体つきと顔立ちこそ人間の少女と言える姿だが獣のような耳が頭頂に立っている。
アニエスは口を開かない。神族が持つ力の威容さに気圧されている――のではなく、純粋に、心の底から目の前の生き物と会話をしたくないと拒絶しているためだった。隣にいる親友の表情から拒否の意志を感じ取ったフィーネは代わりにとぼけた表情の神族と対話を試みる。
「はじめまして。ボクの名前はフィーネで、こっちは友達のアニエス。キミが言う通りボクたちは旅人だよ。レティシア大陸って知ってる? “歓喜の大地”とも言うらしいんだけど、ボクたちはそこから来たんだ」
「知らね。つかニャんだぁ、オミャー? ニャにゆえ当園のルールをスルーしてるチュ?」
「ルールって、ニャンとかチューとかのこと?」
「然りニャチュ! そして我が定めし神聖ニャる掟を破るおバカちんに生存権はねぇ!!」
怒号と共にキャウスは猛り、臨戦態勢を取る。
アニエスがそのように認識した瞬間、既にネコとネズミの神は攻撃動作に移っていた。
「チューわけで死ねオラァ! ネコパン――ちくわぁ!?」
突然襲いかかってきたキャウスに対しフィーネは瞬時に“終焉星装”を纏い、相手が拳を振りかぶっている間にその顔面に百発の打撃を加えた。
ご丁寧に殴られたキャウスが吹き飛ばないよう、背後に体を固定するための障壁まで設けている。そのおかげで、ネコとネズミの神は彼方まで強制移動する事無くその場で前のめりに倒れる程度で済んだ。
フィーネはすぐに普段の姿に戻り、先ほどと比べ顔の形がかなり変わったキャウスに問う。
「反省した?」
「はい……私が愚かでございました……もう二度と逆らいません……」
「ならいいよ。というかキミはニャンとかチューとか言わないでも喋れるんだ?」
口笛を吹きながら顔の歪みを修復したキャウスはフィーネの正体について推測を述べた。
「むむむ。この凄まじいまでのパウワァ~……汝、もしやこのキャウスと同じゴッデス?」
「一緒にしニャいで。ぶち殺すわよ……ニャ」
フィーネ本人からではなく、なぜか横にいるアニエスから届いた激しい怒りが籠った抗議にもキャウスはふざけた態度のままだ。
「ニャんだこの凶暴な蒼いの……所詮ヒューマンのメスの分際で、神たるネコネズミのメスに勝てるとでも思ってるのかチュー? おぉん、ザコがよぉ~?」
虚空に拳を振りながらのキャウスの挑発にフィーネが警告を返す。
「油断しない方がいいよ、キャウスちゃん。アニエスと戦ったらなんだかんだあって最後は負けるみたいなことになりがちだから」
「ンニャわけあるかい。こやつごとき、我が必殺のネコパンチ一発で乳ごと爆散するチュー」
「でも、仮にそうしようとしたらキャウスちゃんの存在も消えちゃうよ?」
「……ニャんで?」
「次やったらボクがキミを消すから」
「そりゃオミャーがつえーだけじゃんかよぉ! くだらねぇ~!」
『このサカナのフンめニャチュ!』と悪態をつくキャウスに対し、アニエスは不快さを隠さなかったが反論もしなかった。
一方、会話のコツを掴んだ気になったフィーネは念話を用いてアニエスにのみ話しかける。
(やっぱりケイオスの子にはいったん力を示すと話が早いね)
(……いっそもっとボロクズみたいにしちゃえばいいのニャ)
(ふふっ。念話でもニャって言ってるー)
(笑わニャいで! そんニャことより、さっさとメモリーの話をしましょう……ニャ)
二人が星々を旅する中で目標の一つに“星の記憶”を複写するというものがある。フィーネは特に許可を得ずとも星の中枢に進む権限を持っているが、二人は状況によっては現地の者に断りを入れるようにしていた。
「ねえキャウスちゃん。この星のメモリーを写したいんだけど、いいよね?」
フィーネの直球な交渉に対し、キャウスは体をくねくねと気持ち悪く動かしながら答える。
「えぇ~、タダはイヤっチューかぁ。星の情報を提供する以上はそちら様にも誠意を見せてほしいっていうかにゃあ~。具体的にはオミャーの神格を分け」
「なんで? タダでいいでしょ?」
フィーネは普段通りの笑顔のまま、キャウスからの交換条件を遮った。
それに対し、キャウスはしかつめらしい顔で返す。
「……断ると言ったら?」
「こんな星なんて要らないなぁ――って思っちゃうかもしれないね」
「こんのファッキン・コスモスがよお!! あー、サイテーだニャチュ! オミャーのどこに秩序があるんだアァン!?」
かくして、限りなく恫喝に近いやり取りを経てアニエスとフィーネは星の中枢に至り、恒例となりつつある“星の記憶”の複写作業を過去最速で終えた。工程が早く済んだ理由は星の年齢が比較的若く核に刻まれた情報量が少なかった事と、アニエスがとにかく滞在を早く切り上げようと目論んだためだ。
地上に戻ったアニエスとフィーネは住民達の事を知るために集落へと赴いたが、アニエスはその間も一言も喋らない。ただし、キャウスを除く住民に対しても悪感情を抱いたわけではなく、基本的に争い無き日々を送るという彼らに複雑そうな視線を送るに留めた。
そうして、集落を出て最初に降り立った花園へと赴くと。
そこには誰もいない空間に向かって拳を繰り出し、蹴りを放つネコとネズミの神がいた。
「ネコパンチ! ネズミキック! そしてぇ! 我が混沌究極奥義、ニャンチュウ・ダイナミック!! ――おやおや、お客様。もしやお帰りで?」
「うん。アニエスがもう帰りたいって言うから」
「いやっほう! 二度と来んなよヴァ~~~カ!!」
「ところで、今なにしてたの?」
「対ファッキン・コスモス用の秘密の特訓。あ、それはそれとして、これお土産。あげるニャチュ。大事にしろよ、メスガキども」
キャウスから二人に手渡されたのは猫耳と鼠耳の装飾が二組だった。
アニエスは受け取る事なく焼却しようとしたが、フィーネに阻まれ回収されてしまう。
「ありがとう、キャウスちゃん。たまに付けて遊ぶね」
「付けニャいニャ!」
「ぷっ。この巨乳、ネコ耳つけて語尾に『ニャ』とか萌えキャラアピールかよ」
「“蒼旭・滅殲――”」
「まあまあ、落ち着いてアニエス」
城塞をも焼き尽くす蒼い旭を砲弾とする破滅的な魔法が放たれかけたが、フィーネが秩序の力によって掻き消した事で大火災は未然に止められた。
「おおう、こいつ今マジでぶち込もうとしおったチュー……ニャんだ、メンヘラ思春期か?」
魔法を阻止されたアニエスはキャウスに向けて杖を全力で振りかぶる。
ネコとネズミの神は余裕の表情でその打撃をかわし反撃しようとするが、見えざる力によって物理的にも魔法的にも一切の行動を封じられた。必然、無防備な状態で顔面を強かに打ち付けられてしまう。
フィーネの妨害によって顔に要らぬ痛打を受けたキャウスが不服そうに抗議した。
「ぎにゃあああぁ!? な、なぜ……?」
「いや、今のはキャウスちゃんが色々悪いから」
「ちょっと馬鹿にされたくらいで土地を焼き払おうとするイカれ女の方が悪くない……?」
「だから魔法は止めたでしょ?」
“星の記憶”の複製と土産ものの調達という最低限の目標を果たし、既に帰りたいという心情を隠さないアニエスの要望があったためフィーネは帰還の魔法を準備する。
出立をそばで見送るのはキャウスのみだったが、集落からも魔法で見学する気配があった。
「またのご来園、お待ちしてませんニャチュ~」
短い滞在が終わり、“星を渡る舟”へと戻って。二人は猫耳と鼠耳を外し、アニエスの魔法工房へと向かっていた。既に星のルールから外れ元通りの口調で喋れるようになったアニエスだったが、なかなか口を開かない。
「愉快な星だったねー」
そんなフィーネの感想にもアニエスは顔も合わせず何も答えなかった。
フィーネは帽子を被り直していないアニエスにもらった猫耳を装着する。
「かわいいと思うんだけどなぁ」
しかし、アニエスは猫耳を床に思い切り投げつける。
その表情は、怒りか羞恥かで、とても赤かった。
御子は土産を手にし魔女はこの星での一件をなかったことにして、次の星へ。
そろそろあった方が良いかなという事で、人物紹介の項目を作成します。場所は暫定的ですが活動報告にする予定です。次回更新時にあらすじにリンクを追記しますので、興味がある方はお手数ですがそちらから移動してください。
同ページにはそれぞれの星がどんな話かの導入(今まであらすじに置いていたもの)も記録してあります。追加予定の記事は『ニャンとチュウな星』までのネタバレ(フィーネの素性とか)が若干含まれているので、その点はご了承ください。
次の物語は『可哀想な話』。
とある少女にまつわる運命の話で、更新は次週から(の予定)。
それでは、今後とも二人の旅をよろしくお願いします。




