第71話:ニャンとチュウ
アニエスとフィーネが訪れたその星は、混沌の領域にある天体だった。
比較的小さな星だが明確に知性を持った生命が多数存在しており、二人は接触する前にまずは遠巻きに人里らしきものの観察を行う事にした。色とりどりの花が咲き乱れる園で、猫か鼠のような小動物に囲まれながらフィーネは見たままの印象を口にする。
「足元のこの子たちも含めて妖精種がほとんどでヒトは少しだけかな。エルフなんかはノクトでちょっと見たくらいだからボクたちからすると珍しいね。けど、みんな付いてるあの頭の耳は飾りなのかな? アニエスはどう思う?」
意見を求められたアニエスが至って真面目な表情で応じた。
「あの人達にとってあって当たり前のものみたいニャ。それよりみんニャ変ニャ口調で――」
「――え?」
フィーネは思わずアニエスの方を見る。
アニエスは自分の口元を押え、信じ難いという表情を浮かべていた。
「どうしたの?」
「ニャんでもニャい……ニャ」
「――ふっ」
二人の間で言葉が途切れる。
一瞬こらえたフィーネだったが、すぐに大笑いし出した。
「あははははっ! ニャっだって! なにそれ~!?」
失笑と呼ぶには些か大き過ぎるフィーネの笑い声に、アニエスは渋面を浮かべる。
さらに、アニエスは普段通りに話そうと試みるが、さっぱり上手くいかなかった。
「違っ、わざとやってるわけじゃニャい――くっ、ニャによこれ、ムカつくニャ……!」
「あははははは! ちょっとやめてよ、おなか痛くなりそう!」
口調がおかしくなったアニエスはさておき。二人が遠見の魔法で覗いた集落にはアニエスが属するヒトとは異なる妖精種という、彼女らにとっては珍しい種族が多く暮らしていた。
妖精種は神族を筆頭とした事象が個と成った存在とは異なり、物質による肉体を持つが精霊に近い性質も併せ持つ。二人の故郷ではエルフという呼称も存在していた人型の妖精である彼らは、いずれも猫のような耳、もしくは鼠のような耳の飾りを頭に付けていた。また、少数ながら存在している人間達も同様だ。
加えてアニエスが読み取った思念によれば、彼らはみな話し言葉のあちらこちらに動物の鳴き声のような『ニャ』か『チュ』、およびその派生形を交えて喋るらしい。
「なにそれ。そういう風習ってこと?」
「違う……ニャ。ニャんでか知らニャいけど、勝手にこうニャって……くっ!」
「ちょっと、笑わせないでよ~」
「わざとじゃニャい!」
口調の押し付けは星全域に対し魔法による法則として成立しているもので、そこに住まう生命は原則的に逃れる事は出来ず、強い魔力と干渉に対する抵抗力を持つアニエスも例外ではなかった。
一方、フィーネには特に影響が無かったのだが、彼女は面白がってアニエスとは逆の語尾を使い始めた。
「なんでこんなルールがあるんだろうねー。チュー」
「知らニャいわよ……あとあまり話しかけニャいで。自分の口調が馬鹿過ぎて死にたくニャるニャ」
「―――。ふふっ」
無遠慮に笑うフィーネをアニエスは強く睨みつける。
“星の記憶”を複写する前に住民達に接触するに当たり、フィーネは違和感を持たれないように付け耳を創造する。アニエスの分は口調の通りに猫で、フィーネ自身の分は鼠のものだった。
「ほら、アニエス。ちゃんと付けるチュー」
「……イヤ。“威光”でニャんとかしてニャ」
「普段は使わないでって言うくせに。ダメだよ、都合の悪い時だけ。さあ帽子を脱ぐチュー」
数分間の問答の末、アニエスは日頃慣れ親しんだ帽子の代わりに猫耳を付ける事を受け入れた。星を訪れてからの第一声以降は既に不機嫌だったが、苛立ちがさらに上乗せされる。
普段は現地住民とのやり取りは他者の思念を読み取る異能を持つアニエスが受け持つ事が多かったが、今回はアニエスが喋りたがらなかったためフィーネが代わりに行う事になった。
しかし、ようやく集落に向かうというその時。
フィーネは立ち止まって、空を見上げた。
「アニエス。来るよ」
『何が』とは聞き返す必要が無い。
既にアニエスも凄まじい魔力を知覚していた。
この星を統べる者が、唐突に二人の前に顕れる。
烈しい閃光が辺りに満ちた。
光が収まり、姿を現したものが来訪者たる二人に向け、重々しく名を告げる。
「―――崇め讃えよ。我が名はキャウス・アヴァタルトゥー=ケイオス。この星を統べるネコとネズミの神なり、ニャチュ」
その名乗りを受け、アニエスは虫唾が走ると言いたげな表情を浮かべた。
シリアスとダークは里帰り中です。
数話後(三月中旬)には戻って来る予定。




