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第66話:崩れる営み

 アニエスとフィーネがこの街、延いては二人にとっての“ありふれた星”を訪れて二日目。


 昨夜の夕食の後しばらくゲームに興じていたものの無事に早朝に目を覚ましたアニエスとフィーネは、今日は二人で街を観光する事にした。


「アニエスはどこか見たいところある?」


「昨日の内に回ったから特には。今日の行き先はフィーが決めていいわ」


 都市防衛部隊と交わした滞在の際の取り決めとして街の南側以外の地域には足を踏み入れてはいけなかったものの、幸い数日過ごすのに退屈する事は無かった。


 市街でフィーネが興味を抱いた場所は大きな時計塔、少し古びた美術館、そして住民が利用する商店街だった。


 それらを巡り、街の空気を肌で感じ取って過ごす。


 やがて日が傾き始めた時刻。

 アニエスとフィーネは噴水が設置された広場を通りがかった。


「……!」


 不意に、アニエスが足を止め振り返る。


 彼女の視線の先には精悍な顔立ちをした男がいた。路地裏の方から往来へと出てきた彼はそのまま二人とは逆方向に足を進めている。


 アニエスはその男を見据え、険しい表情を浮かべていた。


 一方、遠くから見られている事に気づいた男は、去り際二人に向けてひらひらと手を振る。


 それらを観て、フィーネは不思議そうにアニエスに問う。


「あの人がどうかしたの?」

「……なんでもない。私達には関係無い話よ」


 アニエスはそれ以上男の件には触れない。

 二人はそのまま広場を後にした。


 その後、徒歩で宿に戻ったアニエスとフィーネは出かけている間に購入した品々を並べる。


「うーん。結局これって感じのお土産は見つからなかったなぁ」


「この街の一部しか回ってないんだからこんなものでしょ」


「仕方ないね。アトリエにはこの宿のお菓子を飾っておこうか」


「私のアトリエは文化博物館じゃないんだけど?」


 そして、夜となって。夕食や入浴を済ませた二人が持ち込んでいたカード遊びに興じていたところ、アニエスが耳鳴りにでもあったかのように苦々しげに顔を歪めた。彼女が異質な思念を読み取ってしまった際の反応だ。


「夕方もヘンだったけど、どうしたの?」


「……さっきのとは違うわ。強い殺意が籠った思念を感じる」


「ボクたちに?」


「街の人達に」


 アニエスはベッド脇に置いていた帽子から縮めた杖を取り出し、いつでも魔法を使えるように身構える。フィーネも友の警戒を受けて感知能力の精度と範囲を通常よりもやや広げ、確認出来る情報を伝えた。


「――街の中に兵隊がいるね。アニエスが昨日燃やしたのと同じ魔獣も外にいるけど、こっちは囮かな。先に潜入した本隊が街を壊そうとしてるみたい」


 フィーネからの報告を受け、アニエスは深く目を瞑る。


 フィーネは補足を続けた。


「この宿まで攻撃されることはなさそうだね。たぶん、次はこんなものじゃ済まないぞって脅しなんだと思う。逃げる準備もちゃんとしてるみたいだし」


 つまり、残り一日の観光予定が台無しになる事を除けば二人の旅に影響は無い。


 思考を整理し、自身の行動を定める結論を出したアニエスは、瞼を開いた。


「……出かけてくる」

「ボクも一緒に行くよ」


 アニエスとフィーネは従業員に気づかれないよう、密かに宿屋を出る。フィーネはそれまで気にしていなかったが、監視者達がなぜか今は不在にしているようだった。遅まきながら異変に気づいたフィーネはおそらく事情を把握しているであろうアニエスに尋ねる。


「ボクたちを見張ってた人たちは?」


「四人の内の三人は夜までに殺されてる。やった一人が辺境伯の手駒」


「ああ、さっき外で見かけた人? スパイだったんだ?」


 魔法で速力を上げて走り出したアニエスにフィーネが追従する。


 ほどなくして遠くから魔法を由来とした爆発が何度も起き、人々の絶叫が上がった。


 平穏は崩れ、戦いですらない虐殺の時間が始まったのだ。


 無差別な魔法による攻撃は続いており、建物や人間を容赦なく壊してゆく。


 血煙と悲鳴が立ち上る夜の街。アニエスは他の一切に目をくれず、幾つもの民家が崩壊した地点で足を止めた。すぐに彼女は瓦礫を魔法で弾き飛ばし始める。何度かその作業を続けていると、若い男女の死体とそれに庇われるように埋もれた少年が見つかった。


 少年の容体も芳しくない。素人目で見ても死にかけていると判る傷を負っている。


 辛うじて片目は見えるようで、アニエスに運び出された少年は弱々しく、うわ言を発す。


「………………おねえ、さん……?」


「喋らないで」


 少年の具合を診たアニエスは、すぐさま手持ちの魔法薬を取り出して少年に使用する。


 魔法による呪いに冒された傷は、抵抗力を持たない少年の命のほぼ全てを奪い尽くしていた。今も呪詛によって死に近づいており、生半な対処では回復が追い付かずに灯火も消える。


 フィーネはその処置をただ見守っていた。


 そこへ、襲撃者達の手によって呪いの魔法器が取り付けられた矢が放たれる。


 アニエスもフィーネも、それに応じるそぶりを見せない。


 近くで逃げ惑う住民が悲鳴を上げかけたところで、第三者が矢を打ち払った。


「よせっての、相手を見てやんな。迂闊におっかねえのを刺激すんじゃねえよ」


 槍の一振りで二人に向けられた矢を迎撃したのは夕刻に出会った監視者の男だった。


 阿鼻叫喚の修羅場に相応しくない、軽薄な態度で男は話しかけてくる。


「ウチのもんが失礼したね、お嬢さんたち。特に驚かれないってことは……どうやってかは知らんが、オレが閣下の手駒だってことはご存知だったかな?」


 アニエスは男に視線すら向けない。


 代わりにフィーネが槍使いに応じた。


「ボクたちのことは狙わないの?」


「キミらが襲ってこない限りはな。あれだろ? 自分からはなるべく手を出さねェとかメンドーな主義持ってるやつだろ。それとも、誘えば遊んでくれるのかい?」


 槍使いの挑発を受け、フィーネはアニエスを見る。


 彼女は今も男を一顧だにせず、少年の救命に全霊を尽くしていた。


 それを受け、フィーネは自分の行動を決定する。


「今は忙しいから。また今度ね」


「……そいつは助かるよ。オレもまだ死にたくないんでね」


 そう言いつつ、どこか拍子抜けしたような調子で男は部下に撤退を指示し、自らは残った。


 もはやフィーネも男に取り合っていないが、彼は一人で話し始める。


「その呪い、解くの大変だろ? 解呪ができたら大したもんだと思うぜ」


 槍使いの男は世間話程度の気軽さで一方的に語り続けた。


「そいつを作ったオレらのボス……辺境伯閣下は国崩しをお望みでね。領地の人間で従わんヤツは全員殺すと仰っている。今日のこれは、まあ見せしめだ。いよいよ後が無いぞお前らってな。明日中にいい返事がなけりゃボス直々に皆殺しにするつってる。過激だよなァ?」


 非難がましい事を口にしながらも、男はさも愉快と言いたげだ。


「キミら、閣下の魔獣をやっちまったんだよな。今回はオレも命令を受けてなかったが次に会ったら敵同士かもしれん。……ま、それまでに街を離れるか、ウチらの味方になってくれることを期待するよ」


 最後まで誠実さを感じさせない調子で言い残し、男もその場から姿を消した。


 槍使いが去って数分後。なおも解呪にかかり切りのアニエスにフィーネが告げる。


「あの人たちは全員街から出て行ったよ」


「そう」


 フィーネが手伝いを申し出る事は無く。

 アニエスもまた、助力を乞う事も無く。

 夜が明けるまで、二人はその場にとどまった。



          ***



 辺境伯の兵達によって街の南部が襲撃されて数時間後。


 既に夜も明け、現在は都市防衛部隊によって救命活動が行われていた。しかし、状況はあまり芳しくない。攻撃を受けて生き残っていた者が少数であった事と、その生存者に対しても凶悪な呪いが付与されており嬲り殺し同然の状態だったからだ。


 一夜にして多くの人間の命が失われた。既に市井には今回の一件に関して様々な噂が流れてしまっている。


 人々にとって何よりも恐ろしいのは、今回の攻撃は辺境伯からの最後通告であった点だ。


 街の指導者による公式発表はまだだったが、襲ってきた兵達はしきりに『辺境伯閣下に従わぬ者は、かのお方により死罪を下される』と声高に叫んでいた。


 元はそのような暴君ではなかった。善政を敷き、国家中央に(おもね)る事も無く自治を保つ名君だった。だが、ある日を境に辺境伯は豹変し、異常なほどの力を手にして自らに随わぬ者は滅ぼすと宣う。


 そんな緊張状態に街を訪れた旅人のアニエスとフィーネは、南門付近へと移動し警備隊長の元を訪れていた。


 彼もまた復旧の指揮に当たっていた様子であり、さすがに疲労は滲んでいた。


 アニエスは異能で隊長の思念を読む。幸い、昨夜アニエスとフィーネが襲撃に関与していたという疑いはかけられていないようだった。契約書の存在と、救命活動をしていたという情報が共有されたためだろう。


 隊長が口を開くよりも早く、アニエスは用件を告げた。


「辺境伯の所在を()()()()()()()()()()。私が討伐します」


 予想外かつ理解不能な発言に、隊長は硬直する。


 しかし彼はすぐに気を取り直し、討伐という提言に対し現実的な返答を繰り出そうとした。


「申し出はありがたいが、腕利きとはいえ魔法使い一人で、は……」


 隊長は、それ以上に言葉を発する事が出来なかった。


 目の前の帽子を深く被る少女から、焼けつくような魔力が発せられている。


「私の安全への配慮は不要です」


 魔獣達を倒した時よりも重厚な威圧感を纏い。

 蒼い火の粉を散らす魔女が言った。


「あなた方の歩みを妨げる害悪を、私が焼き払ってみせます」


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