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第64話:今日あった事

 夕暮れ、アニエスとフィーネが宿泊している宿の一室にて。


「……ちょっと。荷物多くない?」


「どれにしようかなって迷っちゃった。で、じゃあ全部買えばいいやって」


「人のお金だと思って勝手な……」


「まあまあ。どうせ明後日までしか使えないんだし」


 夕食の時間の間際になってフィーネが戻って来た。図書館や魔法商店を巡ったアニエスは少し前から部屋で休んでおり、フィーネが買ってきた大量の土産を軽く眺めて微妙そうな表情を浮かべる。並ぶ品は工芸品、食器、安物の武器に加え、この宿謹製の菓子まである。


「どれがいいかな? こう、これぞこの星のお土産って感じのオーラのやつ」


「どれも街の特産じゃない。ただのお菓子まであるし。選ぶのは後でいいから、先に夕飯をもらってきましょう」


 二人は食堂へと移動する。個室に配膳を頼む事も出来たが、今は他に客がおらず空いていたため利用する事にした。二人掛けのテーブルにつき、アニエスの魔法工房に飾る品について議論していると料理が運ばれてくる。


 夕食のメニューはあらかじめ希望を聞かれ調整された内容だった。近くの河川で採れるという高級魚のソテーが主菜で、副菜にはそれを引き立てるスープやサラダといった品々が出される。普段は舌の肥えた商人を相手にしている宿だけあって料理人の腕も良いらしく、二人は振る舞われた美食の出来栄えに感心し舌鼓を打つ。


 コースの最後であるデザートが運ばれてきた後、フィーネは世間話として先ほど別行動をしている間に見聞きした街の情勢を話題にした。


「この星――というか国も戦争をしているみたいだね。辺境伯の叛乱がどうのって」


「そうみたいね。どこの星も人間はやる事が一緒なのかしら」


 アニエスはこの星や街の事情にさほど興味が無さそうだった。図書館で概要を調べた結果、ありふれた歴史であると判断してしまったのだろう。実際、アニエスとフィーネが育った故郷の星においても広義のヒト同士の争いは延々と繰り返されていた。


「それより、フィーに聞きたい事があるんだけど」


「? なに?」


 アニエスは質問の前に、先ほど会ったアルケーという少女についてフィーネに伝える。


 当人から聞いた話とアニエスの所感を交えた内容を受け、フィーネは興味深そうにした。


「ふーん。ボクたち以外に(そら)を旅する人かぁ。まあ、いてもおかしくはないんじゃない?」


「そう軽く済ませていい話なのかしら……」


 軽い調子のフィーネに対し、アニエスは懸念を拭えない。


「ただの人間が星々を渡る……そんな事ってあり得るの?」


「あり得なくはないと思うよ」


 アニエスの疑問に、フィーネは実例を元に仮定を語った。


「例えばどこかにいる大きな力を持った神様がそのための魔法器をあげたとかそういう理由ならね。アニエスだって“星を渡る舟(プラネテス)”と燃料があれば一人でも旅はできるでしょ?」


「まあ、そうだけど……」


「なにか気になるの?」


「その人の名前がアルケーっていうらしいの。思念が読めなかったから本当かは判らないけど。何か重要な意味があったりしない?」


 聞かれたフィーネは首を傾げる。


「うーん、知らないなぁ。まあ一応調べてみようか」


 そう言って、フィーネはあらゆる事象、その記録が収められた“(そら)の書庫”に自らの意識を繋ぎ《アルケー》という名について調べる。だが、彼女はすぐに首を横に振った。


「やっぱり別になにもなさそうだね」


「ただの人名ってこと?」


「うん、変わった意味だねとは思うけど。秩序にも混沌にもそんな名前の神様はいないし、そういう概念(ルール)も無いみたいだよ?」


 その後、フィーネは『念のため』という事でアニエスに対し何か魔法やそれにまつわる力が行使されていないか確認したが、特に何も変わりが無かった。さらに彼女としては珍しくやる気を出して星の全域に渡って脅威の検知まで行ったが、それでも何も見つからない。


 少なくともフィーネの力に伍する者はこの星に存在しない。


 結局、アルケーという少女については正体不明だが、二人にとっては旅先ですれ違った相手でしかないという結論に落ち着いた。


 アニエスの疑問が一旦解決した事で、フィーネ側にあった出来事に話題が移る。


「で、そっちは?」

「こっち?」


「さっき結界を使ってたでしょ。図書館で歴史書を眺めてたら、街中で心域(しんいき)でも開くのかと思って驚いたわよ」


「さすがにそこまでする相手じゃなかったかな。ただ、またどこかで出てくるかもしれないからアニエスにも話しておくね」


 フィーネは喫茶店で遭遇した《呪虚(カタラ)》という存在について調べた事をアニエスに説明した。


 曰く、それはこの宇宙における病のような魔法現象であると。《呪虚(カタラ)》という概念がある事は秩序と混沌の神族に周知されているものの、起源や法則性は定かではない奇怪な現象で、秩序(コスモス)が原初の混沌(ケイオス)から分かれる以前で既に存在していた可能性が高いという。


 それに冒されたものはそれ以前の性質に関わらず非常に凶暴化し、周囲の全てを敵視して呪う反面、状況に応じて計画的に行動するなどの多面性が見られるとか。


 そして、何よりも特筆すべき点として、過去に上位の神族ですら《呪虚(カタラ)》の端末を名乗り暴走した事例があるという。


 初耳だったアニエスは、純粋に興味をそそられた様子だった。


「宙に満ちた呪いね……コスモスとケイオスはそんなものも許容しているの?」


「この宇宙から生まれたものだからね。病原菌だって世界に必要な可能性だよ」


 そう言われ、アニエスも納得する。人類にとっては有害であっても世界を変化させ続けるという視点においてはその価値は他の生命と変わらないのだと。


「私達は今まで知らなかったわけだけど。レティシア大陸には起きない現象ってこと?」


「わからない。どこにでもあるってわけじゃないみたいだけど、直接見ないとわかんなそうだから、ボクやレティシアちゃんの眼の届かないところに実はいたかもしれないし。ただ、ものすごく強い呪虚(カタラ)が暴れてたってことはないと思う」


 かの大地には南北を別つ二つの大国があったが、南側にはフィーネが、北側には大地と同じ名の少女がいた。派手に動いていれば自分達が気づいていたはずとフィーネは言う。


「確かにあいつなら自分の国の問題に気づかないはずもないか……」


 そう口にしてから、アニエスは若干眉をひそめる。


「どうしたの? デザートが口に合わなかった?」


「違うわよ。そうじゃなくて、あいつの話と大地の話がセットで出るとややこしい。何か他に呼び方は無いの?」


 アニエスの要望を受け、フィーネは以前調べた際に見つけた故郷の大地の異名を話す。


「“宙の書庫”には“歓喜の大地”って書かれてたかな」


「じゃあそれで。今までの呼び方と違って慣れないけど」


「オッケー。じゃあレティシアちゃんの方は今まで通りね」


「あいつはアレとかでも十分よ」

「そっちの方がわかりづらいよ」


 今日あった出来事の共有も終わり、二人は給仕係に食事が済んだ旨を伝える。


「アニエス、今日は早く寝る? 起きてるならジャイビーしようよ」


「いいけど。わざわざボード持ってきたの?」


「ううん。だって遊ぶ時に“耀光(クレアツィオーネ)”で創ればいいでしょ?」


「違法な複製じゃない。権利侵害でジャイビーの製作者から訴えられるわよ」


 夜の過ごし方が決まり、アニエスとフィーネは食堂を後にした。

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