第62話:予期せぬ出会い
フィーネが《呪虚》なる存在と遭遇する少し前。
迷子だった少年と別れたアニエスは周囲の人々の思念から近場にある図書館を調べ、そこを目指し街中の道を歩いていた。相変わらず監視の目は外れておらず、戦闘能力を持った人員二名がアニエスを遠巻きに見張っている。
そんな中、予期せぬ人物がアニエスの前に現れた。
「お優しいんですね。旅先で見ず知らずの子供を助けるだなんて」
声をかけてきた相手は一人の少女であり、アニエスと年齢が近そうだが特徴的な容姿をしている。
彼女は美しいがとにかく色素が薄い。背にかかる長さの黒髪には白く色が抜けた束が幾つもあり、瞳も琥珀色のような透明感のある印象で、曖昧だ。
服装は何処かの主に祈りを捧げる教徒のようなものだが、アニエスが知る形式と違い頭巾やベールは付けていない。
少女の存在を認識したアニエスは、内心大きく動揺していた。
それは、見知らぬ相手から声をかけられた事や少女の外見の物珍しさに――ではない。
(――なに、この子。思念の波も魔力の気配も無い……?)
この少女の思考が、アニエスには全く読めなかったからだ。
アニエスの異能は思念を読み取る力を持つ。思念とは脳による電気信号としての思考だけでなく、意志宿る魔力の波も指すのだ。その読み取り対象は動物だけに留まらず、条件さえ整っていれば無機物に込められた残留思念すら知る事が出来た。
それが不可能ならば、そもそも一切思念を持たない存在か、アニエスの解読を阻害する要因がある場合かに限られる。
加えて、少女からは魔力の波動も感じない。魔力の気配が弱いという次元ではなく、魔法使いとして特別優れた感覚を持ったアニエスですら全く感知出来ないのだ。
だが、少女にはフィーネのように自身の魔力を抑えて活動している人物のような潜在能力も見られない。アニエスは、この少女が常軌を逸した秘匿手段を持っていたとしても、その魔力は神族やそれに類するものには届かないだろうと考えた。
相手に動揺を悟られぬよう平静を装い、アニエスは控えめに尋ねる。
「失礼ですが……あなたは?」
「ああ、いけない。突然話しかけてこちらこそ失礼しました。まずは自己紹介、ですよね」
少女は丁寧な仕草で一礼し、微笑みながら自らの名を述べた。
「わたくしの名はアルケー。あなたと同じ、旅人です」
少女の名乗りを受け、アニエスはすぐにその名の意味するところを“原初の言葉”で以て解読する。そうして示されたものは『始まり』など根源的な存在を指すものだった。
だが、それらの単語は宙の秩序による戒めの対象ではない。意味合いこそ珍しいものの個人名の範疇を出ているわけでもなく、秩序も混沌も関知していないようだ。
アルケーは続けて、アニエスに接触してきた理由を語る。その内容にはアニエスにとって聞き捨てならない部分が多々あった。
「わたくしの他にも誰かがこの星へとやって来ているなと気になっていたんです。そうしたら、その内のお一人が迷子を導いているではありませんか。心優しいかたなんだなと思い、つい声をかけてしまいました」
当然のように『この星へとやって来た』と語るが、それは只人に出来る行いではない。アニエスとて自分の力だけでは絶対に不可能なのだから。
加えて、アニエスは全く気づいていなかった状態でアルケー側はアニエスの存在を認知していたというのも決まりが悪い。別行動を取る前のフィーネが特に言及しておらず、今も連絡が無い以上、彼女ですらアルケーの存在を知らないのだろう。
当然の事ながら、アニエスは相手に対する認識を改め強く警戒してしまう。
「あなたは、一体――」
「うふふ。内緒です」
アニエスの疑問に対し、アルケーは疑われている事を意に介さず秘密とした。
「お互い珍しいもの同士、色々と言いづらい事情はあるでしょう? わたくしもあなたがたの素性は問いません。だから、どうかあなたもわたくしのことはお気になさらず」
そこまで言ってから、アルケーは配慮が足りなかったと思い至ったように付け加える。
「もちろん、あなたに害意があるわけでもありません。……だからそんなに張り詰めなくても大丈夫ですよ? 口調ももう少し砕けていただいた方が嬉しいです」
(そう言われてもね……)
アニエスにとって今のところ信用出来る情報の方が少ない状況だが、アルケーからは実際敵意を感じ取れない。
もっとも、思念全てがわからない以上、秘めた感情がある可能性は否定出来ないのだが。仮にそうだった場合、自力で宇宙を旅する事が出来る者がアニエスを殺める事など赤子の手を捻るようなものだろうと開き直る事にした。
「……わかった。少なくとも見た目は同じくらいの歳だし、お望み通り敬語はやめる。で、わざわざ話しかけてきたのはお喋りが理由なの?」
「ええ。せっかくですのでもう少しお話ししたいのですが、いかがでしょう? 立ち話もなんですし、あちらでひと休みしながら」
示されたのは街路に備え付けられた三人掛けのベンチだった。
アニエスは端の席に腰掛ける。
その時、『もしも隣に座ってきたらどうしよう』と若干気を揉んでいたが、その危惧に反し、アルケーは一つ間隔を開けて座った。




