第59話:街角にて/蒼炎の魔女
教えられた宿へと着いたアニエスとフィーネは手早く宿泊の手続きを取る。宿屋としては近頃苦境に立たされていたようで、客として手厚く歓迎された。なお、料金については先ほど滞在を認められた際に賊の捕縛と魔獣の撃退分としてそれなりの額の報酬が支払われており、それを宛がっている。
二人用の個室に案内され、アニエスとフィーネは軽く部屋を検分する。備品がやや高級ではあったが特に不審な点は無かった。
この星での目的はこれと言って無いため、二人はそれぞれ観光の予定について話す。
「ボクはお土産探しに街を探検するけど、アニエスはどうする?」
「とりあえず魔法器の店と図書館でも見てみるわ。夕方くらいには戻ると思う」
「了解。なにか面白そうなものがあったら教えてね」
二人の興味関心の向き先が必ずしも同じとは限らない。そういった場合は、今回のように旅先で別行動を取る事もままあった。話が終わるなりフィーネはすぐに街へ出かけてゆき、室内にはアニエスだけが残される。
(外にいる見張りは四人……部屋の中までは覗こうとしていないみたいだけど、さすがに使い魔を多角に置いてはいるわね)
アニエスは周囲の思念を読み解く事で自分とフィーネを監視する人物の情報を把握した。
さらに、フィーネが単独で宿を出た事で、四人は二手に別れる体制に変わる。監視者達が二人に向ける感情は警戒が主だが、一名からは若干害意めいたものも含んでいた。あまり気の休まらない観光になると、アニエスは一人ため息をつく。
フィーネが部屋を後にして十分ほど後。
「私もしばらく不在にします。夕食の時間には戻りますので」
宿屋の主人にそう伝え、アニエスも宿から離れ街の散策に出かけた。
街の様子は穏やかではない。警備隊長が言っていたように国の一地方たるこの近辺を治める人物の暴走により戦いが頻発しており、幸いまだ外壁を越えられる事態には及んでいないようだが、いつそうなるやもしれないとみな気が立っているのだ。
戦争の脅威に波立つ人々の思念はアニエスにとって初めて受け取るものではない。
しかし、あまり好ましく思っているものでもない。
力の修練のために軽い解析は行いつつもさしたる関心も払わず、近場の魔法関連の商店を目指すその途中。
不意に、アニエスが足を止めた。
***
街路に一人の少年がいた。まだ幼い、五つかその程度の男子。
彼は道の片隅で行き交う人々から誰かを探しているようであり、非常に心細そうな表情を浮かべている。
この場所は人が多い往来だ。少年の事を視界に収め、多少気にかける者はいてもそれぞれ用事があるのか余裕が無いのか、彼の元に歩み寄る者はまだいなかった。
とはいえ、それは時間の問題だっただろう。もうしばらく経てば大人の誰かが独りでいる子供を不憫に思い、手を差し出したはずだ。しかし、誰よりも先に声をかけたのは大きな帽子を被った蒼い髪の少女だった。
「お母さんとはぐれたの?」
見知らぬ相手に声をかけられた少年は、不安さ半分、不思議さ半分といった面持ちで蒼い髪の少女を見る。
「一時間もそうしているくらいなら、誰かを頼りなさい」
「……なんでわかったの?」
「考えている事が顔に出ていたからよ」
少年はその言葉に納得した。年上の彼女が言う事ならば間違いないだろうと。
実際のところ年を取れば見ず知らずの他人の困り事やその詳細、さらにはぐれた人物を判るかと言えばそんな事は無いのだが、少年はまだ幼く良くも悪くも純朴な性格をしていた。
蒼い髪の少女はなぜかやや視線を逸らしながら、こう言った。
「私が探すのを手伝ってあげるわ。ついてきなさい」
そのまま返答を聞かず、少女は先に歩いてゆく。
少年は少し迷った末、彼女についていった。
多くの人がそれぞれの行き先へと目指す道を、少女はどういうわけか迷わずに進む。
少年は『どうしておかあさんの場所がわかるんだろう?』と疑問に思ったが、さほど深くは気にせず口には出さなかった。
数分後。最初に声をかけて以降、無言でいた少女が背中越しに少年へ話しかけてくる。
「あなた、名前は?」
「ジョシュアだよ」
「………………」
少年の名を聞き、少女は黙り込んだ。
その様子を疑問に思った少年が不思議そうに尋ねる。
「どうしたの?」
「……なんでもないわ。知っている子を思い出してしまっただけ」
少女は『……性質の悪い因果ね』と呟いたが、少年にその意味は伝わらなかった。
代わりに、少年は蒼い髪の少女が話しかけてきた時から気になっていた事を尋ねる。
「ねえ。おねえさんは魔法使いなの?」
「そうよ」
「おうちが昔から魔法使いなの?」
「ええ。私のお母さんの家が代々そうだったわ」
「じゃあお父さんは?」
「お父さんは孤児だったからわからないわね。本人は学者になっていたけど」
「がくしゃ?」
「お勉強をするのが仕事の人の事よ。私のお父さんの場合は、歴史のね」
少女の噛み砕いた説明に、少年はなんとなくだが納得した。
どちらかと言うと魔法の事に興味があったため、それについて尋ねる。
「おねえさんのおうちはどこにあるの?」
その質問に、少女は再び黙り込んだ。
数秒ほど間があって、少女は答える。
「私はこの国の人じゃないから。この辺りには無いわ」
「へー。おねえさん、外国の人なんだ?」
「ええ、遠いところから旅して来たの。すぐに次の所へ行くと思うけれど」
『旅』という言葉に、少年は心惹かれた。
絵本で読んだ冒険譚を思い出すからだ。
「いいなぁ。ぼくも冒険してみたい」
「大きくなったらすればいいじゃない。そんなに不自由な国でもないでしょう」
「でも、大きくなるまでは待てないよ」
「ついさっきまで自分が迷子だった事を忘れたの? そういうのは一人で生活出来るようになってから考えなさい」
少女からの至極真っ当な指摘に、少年は若干不満げに唸る。
僅かに振り返りその様子を見て何か思うところがあったのか。
少女は、短くこう付け足した。
「大丈夫よ。私と同じくらいの歳になれば、きっと旅くらいできるから」
少女はそれきり口を開かなくなった。
少年もなんとなく話しかけづらくなり、互いに無言のまま歩く。
街の南部区画において中心部と言える噴水がある広場に辿り着くと、少女が立ち止まる。それに気づかなかった少年がここまで誘導してきた相手を追い越してしまった。
少年が自分の前方に少女がいないと悟ったその時。
「あっ!」
少年の視線の先には、母親の姿があった。
彼女は我が子を見つけ、急いで駆け寄って来る。
迷子だった少年は母の元に案内してくれた少女に礼を言おうと振り返った。
「おねえさん、ありがとう――……あれ?」
しかし。振り返った先に、既に蒼い少女はいなかった。




