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第56話:魔女と御子と人さらい達

 この宇宙には無数の星々が存在する。

 生命の痕跡があるという条件に絞ってもなお、その数は限りない。


 これは、その輝きの内の一つ。

 魔女と御子(みこ)がよく知る風景と似た、二人にとってはありふれた星。



          ***



 高い木々が並ぶ林の合間を抜けるような道を、二人の旅人が歩いていた。


 膝丈のワンピースに大きな三角帽子を被り、装飾の付いた杖を持っている魔法使い然とした格好の蒼い髪と瞳の少女の名は、アニエス・サンライト。とても整った容姿をしているのだが少し冷めた雰囲気でもあり、さらに今はその端正な顔に不愉快さという感情を滲ませている。


 ショートパンツに襟付きのシャツという気安い服装に特に目立つ持ち物が無い、丁寧に結った長い金の髪と瞳の少女の名は、フィーネ=ノヴァ・コスモス。すぐ隣にいるアニエスが霞みかねない美貌であり、そばの友人とは違いそれなりに上機嫌そうだ。


 親友同士の二人の少女は当て所なく(そら)を旅して、様々な星を巡っては“星の記憶(アストラル・メモリー)”を眺め写している。この星での複写作業については既に密やかに終えており、あとは気の向くままに各地を観光して自分達の舟へと帰ろうという段階だった。


 そんな中、機嫌の悪いアニエスに対しフィーネがやけに間延びした声で話しかけた。


「アニエスー。街まであとどれくらいかなー?」


「……わかっている事を聞かないで。それと、連中にはどうせ聞こえてないからその棒みたいなセリフも要らない。本当、なんでもできるクセにどうしてそんなに芝居は下手なのよ」


 アニエスからの冷めた回答に、フィーネはやや残念そうな表情を浮かべる。


「ヘタかー。まあ、そうかも。それよりアニエス。イライラするのは仕方ないけど、せっかく初めて通る道を歩いてるんだから景色は楽しまないともったいないよ?」


「……まったくだわ。これ以上気を散らされ続けるのもムカつくし、どうせすぐにでも襲ってきそうだし。もう始末しちゃおうかしら?」


 他者を相手にした『始末』という物騒な発言に動じず、フィーネは状況の確認をする。


「大丈夫? ちゃんと全員見つけた?」


「見張りに二人、後ろに追手が四人。見張りはちょっと遠いけど、まあ届かせる」


「それじゃあ後ろはボクがやっておくね。アニエスが魔法使ったら始めるから」


「次通る人に迷惑だから、道を汚さないようにね」


「そっちこそ。なにするかは知らないけど、木に魔法当てないようにね~」


 そう言い残してフィーネは来た道を戻って行った。アニエスは友人の帰還を待つ間に事を終えるべく、目を瞑って精神を落ち着かせる魔法を用いる。


 一方、アニエスとフィーネからは目視出来ない距離の林中。


 アニエスが述べた通り、四人の男が隠れ潜みながら機敏に進行していた。全員周辺への迷彩を意識した服装で、魔法による視覚阻害と気配秘匿も行っている。それぞれが武装しており、慣れた様子から荒事に特化した集団であるとわかる。


 その賊四名に向けて、魔法器を利用した念話で仲間から連絡があった。


『見張り組から報告。子猫二人、なぜかバラけました。帽子の方は突っ立ってて、金髪の方は妙に速いスキップで逆走してます。そっちに接触するかもしれません』


 見張りからの情報を受け、四人は足を止めずに対応を協議する。


「ここまで街に近づいておいて忘れ物もねえだろ。たぶんバレてんぞ。どうする?」


「別れたならむしろ楽でいいだろ。一人は気絶させといてその後でもう一人も捕まえる」


「そうだな。小娘の二人旅とは腕に覚えがあるんだろうが、俺らの仕事が楽になるだけだ」


「おし、予定は変わらずってことで」


『了解です。魔法使いが何かしそうだったら報告します』


 交信を終えた四人は仕事を終えた後の事に想いを馳せ、内輪の会話を続けた。


「二人ともいい感じに売れそうだよな。あいつら捕まえたらどうする?」


「お前あんなガキどもが趣味なのか? フツーに先方に卸しちまえばいいだろ」


()()の方が高く売れるしな。女がほしけりゃ売った金で買えばいい」


「おいおい、知見が狭いな諸君。ああいうのもたまにはイイんだぜ? ま、依頼優先だけどよ」


 四人の間でならず者そのものといった雑談が行われる。


 他方、遠い高台に潜む見張りの男達も同じような無駄話に興じていた。


「臨時収入はいいけど、二人ってのはよくないですね」


「そうだなぁ。山分けするもんが売った金しかないしな。……まさかあの魔法使いの乳がほしいとか言わねえよな?」


「胸だけあっても意味ないですよ。保存するなら部位は揃ってないと」


「はあ……この仕事だから珍しくはねえが、つくづくオメーは最低だな」


 以上がアニエスとフィーネを狙う集団の現状だった。


 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「…………本当に腹が立つ。ぜんぶ聞こえてるのよ、ゴミ共め」


 道に一人立つ蒼い髪の少女――アニエスは、先ほどよりもむしろ苛立ちを強めていた。


 それもそのはず、アニエスの異能は遠く離れた男達の思念と会話を読み取り余さず伝えていたからだ。下世話な感情をここまで露骨に浴びせられれば不快感もひとしおとなる。


 自分自身と親友に対して害意を向けられているのだから気分を悪くするのは当然と言えた。しかし、その怒りは繊細な魔法を扱うには邪魔だと押さえつけ、アニエスは見張りの男達に背を向けて自身の魂の内で魔法を組み上げる。


(……殺さないにしてもどこか一、二発は蹴っとこう)


 アニエスは感情を整理しながらも器用に魔法の術式構築を終える。傍からすれば友人を待ってぼうっとしているようにしか見えず、見張りの男達はアニエスが魔法を発動させようとしている事に気づけなかった。


「座標設定完了。呪縛陣展開、術式転送」


 その瞬間、見張りの男の片方は自分達に背を向けたままの少女が魔法を使っている姿を目撃した。


『見張り組より連ら――ぐっ!?』


 すぐさま通信を試みようとしたが、それよりも早く見張りの男二人に蒼い魔力による錠の拘束が施される。身動きだけでなく口元まで封じられ、突然の交信に聞き返す仲間への返答も不可能となった。


 次いで、見張りの男達は魔法を放った使い手の元へと強制的に転移させられた。二人が突然拘束と転移魔法を同時に行使された事に動揺していると、通信の魔法器に蒼い炎が灯り、焼き尽くされた。


 身動きが出来ずに横倒しになった二人が視線を上げれば、明らかな殺意を隠そうともしない魔女の姿がある。



「―――よくも。フィーに下卑た真似をしようとしたな」



 それは、彼女の髪と瞳の色のように冷たく、そして烈しい怒りを燃やした声色だった。

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