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第55話:大いなるものと歩む星

 アニエスが巨狼との短い会話を終え牙の回収方法について思考錯誤していた頃、フィーネと仔狼は断崖に移動していた。仔狼がついてくる必要性は無かったのだが、フィーネが飛行したところ愉快そうに追いかけてきたためそのまま放っている。


 結局この星を立ち去るまでの間に巨狼の親子としっかりとした友情は育めなかったと残念がるフィーネだが、それはそれとこうして出向いた理由の相手を探す。


 フィーネの目当てである星の統児(とうじ)ジェアンテは、崖のふちに座って景色を眺めていた。フィーネは仔狼に先行し陸路は通らずジェアンテの元へと降り立つ。


「やあ、ジェアンテちゃん」

「オマエか。なんのヨウだ」

「ちょっと聞きたいことがあって」


 先ほどフィーネに斬られ消滅したジェアンテの腕の見た目は既に元通りになっていた。秩序の力によって断たれた傷は星の統児であれ自然と治りはしないものだが、ジェアンテは自身の形を再定義する事で斬られた腕を捨て、新しい右腕を増やしたようだ。実際のところ右腕分の力を丸ごと喪失してしまった事になるが、特に気にしている様子は無い。


 フィーネはジェアンテのすぐ隣に腰かけ、彼女に問いかける。


「ジェアンテちゃんはこの星をどうしたい?」


 問われたジェアンテは一瞬フィーネの方を見てから即答した。


「わからん」

「そっか。難しいよね、ボクもやったこと無いから聞かれたら困るだろうなぁ」


 そのまま、ヒトならざる二人の言葉は途切れた。フィーネの視界の外で回り道して追いついてきた仔狼が何やら吠えており、そちらへと目線を動かすと親である巨狼が駆けていた。巨狼は少しの間アニエスの近くに留まっていたが、結局様子を見に来たらしい。


 星そのものを俯瞰するかのように遠くを視るジェアンテが、ぽつりと呟いた。


「みな、ハラいっぱいタべてアソびたいといってる」


「お腹が空くのは辛いことだからね。我慢はできてもそのうち死んじゃうし」


「だが、みなタべられたくないともいってる。イタいのはイヤだと」


「うん、それも生き物は大体みんなそうなんじゃないかな」


 フィーネの指摘にジェアンテは疑問を呈する。


「だが、われはイタいのもなんともないぞ。オマエにテをキられてもヘイキだった」


「ジェアンテちゃんはケイオスの子だからね。そういうのに強いんだよ」


「なら、オマエはイタいのがキライなのか?」


「まあ。別に好きじゃないよ」


「そうか」


 ジェアンテは意外そうにする。そうして、フィーネを見て抱いていた印象を率直に述べた。


「オマエはずっとイタそうにしていたから、イタいのがヘイキなのかとおもったぞ。ガマンしてるだけだったんだな」


 自身が抱えるものを見抜いた巨神の言葉に、御子(みこ)はいつも通りの穏やかな表情を浮かべたまま、何も答えなかった。小さな体の巨神は立ち上がり、座っている御子の頭を撫でる。


 御子はそれを拒む事なく、巨神の慧眼と才覚を讃えた。


「ジェアンテちゃんは強くなるよ。どれくらいかはわからないけど、きっとすごく」


「あたりまえだ。われはこのホシでいちばんつよいのだから」


 それきり二人の会話は終わる。それが合図だったかのように、仔狼が崖に続く道へと再び吠えると別行動を取っていたアニエスがどこか浮かない顔でフィーネを迎えにやって来た。


「フィー。そろそろ」

「そうだね」


 フィーネは立ち上がり、アニエスに近づいて出発を準備した。


 最後に、アニエスはジェアンテへと自分達の行動を許容した礼を言う。


「“星の記憶(アストラル・メモリー)”の複写を許してくれてありがとう。不快でなかったかしら?」


「べつに。ムシがとまったようなキがしたくらいだ」


 事実上最初で最後の会話で虫扱いされたアニエスは思わず苦笑した。彼女からすれば極めて妥当な評価だと受け入れると共に、『いつかは』という想いが少女の胸に宿る。


 その会話を傍目に、フィーネは通常の飛行に使用する光の翼よりも一つ階梯が上の魔法を励起させた。通常飛行では非常に時間がかかってしまうため、星の中枢へと進入するのと同じ要領で転移魔法を連続して使用する事で“星を渡る舟(プラネテス)”まで一息に帰還する。


 それを見て別れの時と気づいたジェアンテが、フィーネに声をかけた。


「いくのか」

「うん」


 この星にはアニエスとフィーネを見送る人間はいない。しかし、星の統児と狼の親子は二人の旅人の出立に立ち会った。巨神のそばには仔狼がおり、巨狼は離れたところで成り行きを見守っている。飛び立つ際、混沌の分身たる少女が別れの言葉を口にした。


「じゃあな」


 それに笑顔と手の仕草で応じたフィーネがアニエスを抱え、大空へと飛び立つ。手順通りの転移を行い、アニエスとフィーネは“星を渡る舟(プラネテス)”へと戻った。


 間もなく舟は“巨大な星”の宙域から離脱する。持ち帰った物を整理するために一旦魔法工房(アトリエ)へと向かう通路の途中、アニエスがフィーネの方を見ずに口を開いた。


「フィー。体、辛いの?」


「――聞こえてたんだ?」


 アニエスは小さく頷く。

 アニエスはフィーネの痛みを知っていた。


 それは魔力の膨張に伴うものであり、身を裂かれるという程度では到底表し足りぬ苦悶であると。


 決して病を患っているわけではない。

 死に至る事もない。

 そのような不出来(こと)はこの(そら)の秩序が赦さない。


 だからこそ、フィーネの苦痛は彼女が存在する限り永久に続く。そして、それは御子が使命を果たすために必要な成長(いたみ)だった。


 しかし、二人の旅は《秩序の御子》の使命に必要な事ではない。


「もしも、この旅のせいでフィーに無理をさせているなら――」


「大丈夫だよ」


 フィーネはアニエスの言葉を珍しく食い気味に遮った。


 そうして、偽りなき自分の心情を語る。


「ボクはアニエスと一緒に冒険したくてこうしてるんだから。お願いだから、そんなことを理由にやめようだなんて考えないで」


 いつになく切実な態度のフィーネから『お願い』と聞いたアニエスは言いかけた提案を撤回する。最も大切な親友の心からの願いを無下にする理由は、彼女には無い。


「……わかった。余計な気を回して悪かったわね」


「ううん、ボクの方こそ言わなくてごめん」


 些細な隠し事を謝罪したフィーネは、冗談めかして痛みの程度を口にする。


「本当に平気なんだ。ボクはなったことないから想像で言うけど、ちょっと重い生理痛みたいなのが毎日するだけだからさ」


「じゃあだいぶ辛いじゃない。私だったら対策の魔法無しで旅しようとは思わないけど?」


 アニエスは自分の体調管理は全て自分で製作した魔法薬で行っている。ある種の精神的な打たれ強さを持っているものの、肉体的な痛みは毛嫌いする性格のため月経などは無痛にする事を含め完全な制御をしていた。


 薬の効能は確かで、故郷にいた頃は少数の顧客に対し販売し、それだけで生計を立てる事が出来ていたほどだ。その事を思い出したフィーネが難題を発する。


「そうだ。いっそアニエスがボクにも効く痛み止めを作ってよ」


「無茶言わないで。そんなの作れるならとっくに大賢者名乗ってるわよ」


「ケチー」


 それぞれの痛みの話はそれで終わりとし、アニエスは立ち去った星へと話題を移す。


「実際のところ、どうなの?」

「どうって?」


「あの星の未来よ。正直、星の統児が生まれて安泰だとはとても思えないのだけど」


「まあ、そうかもね」


 フィーネは滞在中ジェアンテと接した所感を口にした。


「ずっと平和ってことはないんじゃないかな。でも、なんか能力は色々と恵みがありそうな雰囲気だったしずっと悲惨ってこともないと思うよ」


 それを聞き、アニエスは嘆息する。大きな力に振り回されるのはいつも小さなもの達だと。


「まったく……そういう気まぐれが一番困るでしょうに」


「本当にねー」


「フィーも人の事は言えないから」


 そうして二人は、巨神と共に歩む事となった“巨大な星”に別れを告げた。


 放浪者は次の旅先へ、あの星は未来へと歩みを進めるだろう。



          ***



 空の彼方へと飛びその先に浮かぶ星を渡る舟へと去った二人の旅人を、生まれ落ちたばかりの星の統児が見送る。遠見の魔法で舟が宙の彼方へと飛び立つまで見届けた彼女は自身同然の大地に目を向け、傍らで同じように空を見上げていた仔狼に語りかけた。


「ダレもがハラいっぱいタべられて、ダレもがタべられるイタみをしらないセカイを、われがつくってやるぞ」


 話しかけられた仔狼は首を傾げる。星の統児の言葉はまだ幼い獣には難しかった。


 一方、やや離れて佇む巨狼は星を統べるものの言うところを理解し、良きにしろ悪しきにしろこの星は今までの世界とは変わってゆくのだと、自らが旧くなる未来を予感した。


 巨神の少女が自らの腕を切り落とし、その形を樹木へと変化させる。


 それはすぐさま周囲の何よりも大きなものとなり、色も形も様々な実をつけた。


 偶然、仔狼の元にその果実が一つ落ちてくる。そうして、幼い獣は匂いを確かめたのちに美味そうに齧りついた。


 それをどこか愛おしげに眺め、星の統児は次に行う事を定めた。


「このホシはわれそのもの。オマエたちのネガいをかなえるくらい、カンタンなことだ」


 そして、混沌の巨神が創世を始める。


 そのカタチは彼女の神性に基づくものとなるだろう。


 どうあれ。原始の世界の歴史は、動き出したばかりだった。





 魔女と御子は巨神と眷属に見送られ、次の星へ。


 途中半年ほど音沙汰が無かった期間がありましたが、仕事などで手が塞がっていたりでした。更新ペースはある程度上げるつもりでいますが、また滞ったりしたらごめんなさい。


 話は変わりますが、ツイッターでたまに呟いている作中の設定周りの小ネタをまとめました。

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1077118/blogkey/2803054/


 これらは読まなくとも本編の理解に支障は無い(はず)ですし、必要な時に本編でも説明するものですが、本編で触れるかもしれない話を先出ししている事もあるので、興味があればご覧ください。これも最近忘れて更新していないので、そろそろ蔵出しします。


 それと、【プラネテスの魔女と御子】はアニエスとフィーネの物語以外のそれぞれの星のお話に関しては独立している体裁のため、どこから読み始めてもよいように近々登場人物欄みたいなものを復活させるつもりでいます。


 形式については迷い中で、序章のところにあらすじ含め最新情報として置いておくか、このあとがきでやったみたいに活動報告とかに記事を用意して作品のあらすじにリンクを貼るなどするかもしれません。


 本編内に置くのはイヤだなぁと思いつつ、置かないと誘導が大変だしなぁとも。難しい。


 次の物語は『ありふれた星』。

 二人が昔から知る風景に似た、よくある環境の星です。


 それでは、今後とも二人の旅をよろしくお願いします。


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