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第53話:神星と巨神

「――ん」

「ああ、やっと起きた。おはよう、ジェアンテちゃん」


 生まれてすぐに入眠したジェアンテ・アヴァタルトゥー=ケイオスは、十時間ほど経ってから目を覚ます。


 それまでの間に、アニエスとフィーネはこの後の予定を話し合った。星の統児(とうじ)の誕生を見届けた事でフィーネの目当ては果たされており、もうこれといった用事は無いという。


 また、普段はふらっと別行動を取る事も多いフィーネが珍しくアニエスのそばを離れなかった。アニエスは周囲の巨獣らへの警戒かと考えたが、しかし狼の親子を除き遠巻きに見守る彼らはジェアンテが眠る近くで争いを始める気配は無い。


 ジェアンテは自分の周囲を走り回る仔狼を目で追っていたが、視線をフィーネへと向ける。


「オマエたちは、なんだ?」


 唐突に、ジェアンテはフィーネにそう問うた。質問の内容は複数形であったが、答えを求める対象はフィーネに限定されるのかアニエスの事は見ていない。


「ボクたちはよその星から遊びに来た旅人だよ。もう少ししたら帰るつもりだから、会ったばかりだけどあとちょっとでお別れだね」


「そうか。だからコイツらとはちがうケハイがするのか」


 ジェアンテは座ったまま自身の体を軽く動かし、検分する。その姿形は人間に似ているが、頭部の角など差異はあり、なにより質量が全く異なっていた。アニエスはその様子を伺いながら自身の異能を用いて巨神の存在を読み解こうとする。しかし、全く上手くいかなかった。


(……やっぱり読み取れない。神族相当の力を持っているなら誰が相手でも機能しないのね)


 自身にささやかな失望を抱いたアニエスはさておき、フィーネとジェアンテが会話を続ける。


「われはオマエのカタチをマネした」

「そうだね。アレンジは入ってるけど」

「オマエはつよい」

「うん。ボクはけっこう強いよ」


「だが、オマエのヨコにいるのはよわい。おなじカタチなのに、なぜだ」


「アニエスは人間だから。ボクと見た目は似ているけど、生き物としては別の種族なんだ。この星にはいないみたいだし気になったら“(そら)の書庫”で調べてみて。寝てる間に繋ぎ方は覚えたでしょ?」


 似た形の違う生き物であるという説明を理解したジェアンテは、問いを重ねる。


「なぜソイツといっしょにいる?」

「友達だからだよ」

「トモダチ……ナカマということか」


 ジェアンテは自身の誕生を祝福していた獣達を眺める。

 そして、不思議そうにつぶやいた。


「つよいイキモノとよわいイキモノでもナカマになれるんだな」


 そう言ってまた視線をフィーネへと戻したジェアンテは、彼女が最も重視しているらしい事柄を尋ねる。


「われとオマエ、どちらがつよい?」


 その問いかけに対し、フィーネは表情を変えないまま答えなかった。焦れたジェアンテが問い直す。


「なんだ。いえ」

「うーん、どうしても知りたい?」


 首肯したジェアンテに対し、嘘をつかないフィーネはやや気乗りしない様子で正直に応じた。


「ボクの方が強いよ」

「そうか」


 フィーネの言葉に、ジェアンテは小さく頷く。

 そして。立ち上がり、覇気の無い声で言った。


「たたかえ」


 その布告と共に、辺り一帯が凄まじい重圧に包まれた。


 大いなるものの誕生を祝っていた獣達は即座にその場から逃げ出した。これまで一度も巨神から離れる事が無かった巨狼ですら仔を咥えて遥か彼方へ駆けている。すぐそばにいるアニエスも必然、息苦しさ程度では済まない怖気に包まれる。ヒトの域を遥かに超えたものがその力を振るおうとしているのだから、当然の事だった。


 ジェアンテは自らが闘争を望む理由を述べた。


「われはこのホシでもっともつよくあらねばならない。オマエにかてないようでは、だめだ」


 それは星を統べるものとして生まれた者の矜持だった。


 それに対し、フィーネは悠然としたまま答える。


「イヤだよ。ボクに戦う理由が無いもん」

「そうか」


 すげなく断られたジェアンテは、アニエスの事をじっと見つめた。


 その瞬間、アニエスの背筋に凍りつくほど冷たいものが走る。ジェアンテはこの星に本来いない生命であるヒトの個体を正しく見分け認識する能力をまだ持っていないだろう。にもかかわらずアニエス個人に注視したのは何かしらの理由があるはずだ。


 アニエスが抱いた悪い予感はすぐに的中した。


 ジェアンテは瞬時に腕を変形させ、既に実行途中にある行動を宣言する。


「じゃあ、こいつをつぶそう」


 鱗を持った鞭のようにしなる形状に変化した腕部がアニエスに振るわれる。


 その動作の寸前、アニエスの異能は自身の死を観測した。


 神の鞭に触れれば肉片も残らない。

 回避も防御も不可能だ。

 死は避けられない。


 ――だが、その結末を認めぬものがあった。

 それがアニエス・サンライトへの過ぎた加害を看過しない。



「――――ジェアンテ・アヴァタルトゥー=ケイオス」



 どこまでも美しく、しかし無機質な声音で、誰かがそう口にした。


 何の前触れも無く顕れたそれは、巨神を除くこの星の遍く存在に畏怖を齎す。


「……?」


 なぜこの状況で名を呼ばれるのか。疑問に思った巨神だったが、直後、伸ばした触手が消滅している事に気づく。戯れに殺そうとした少女も無傷だった。幼き巨神が自身の名を呼んだものの姿を見直してみれば、それは先ほどまでと異なる装いをしている。



 その身に透き通る光を帯び。

  秩序の鎧に全き御衣(みぞ)を翻し。

   右腕には耀う大剣を纏わせ。

    左腕には輝く大砲を備える。



 光刃は友を庇い、砲口は巨神へ向けられていた。


 少女として在る身体そのものに変化は無い。しかし、身に纏う力の質は全くの別物だ。仮にヒトの魔法使いがこの場に居合わせたとして、存在の全容を理解する事すら出来ず、宙の秩序そのものが如き厳かさにただ魂を震わせるだけだろう。


 “原初回帰・終焉星装(アルマメント・ノヴァ)”。それは《秩序の御子(みこ)》の真の姿であり、《終焉の神星(しんせい)》と讃えられし(そら)の希望。生まれたばかりの巨神にはまだ理解の及ばない、比較的近縁であり、それでいて全く異なる存在意義を示すもの。


 だが、幼き巨神でも理解出来た事がある。御子が名を呼んだのは、警告なのだと。


「――――――」

「………………」


 時が止まったかのように誰も、何も動かない。


 御子と巨神だけではなく、蒼い少女を始めとする他の生命、そればかりか空気すら漂う事を止めているかのようだった。


 その静謐を、薄笑いが破る。


「……ひひひ。ふふハハハハハハ」


 巨神が嗤う。整った童女の顔を闘争本能で凶獣のように歪ませた。


 じわりと、仮初の小さな体から大いなる魔力が滲んだ。本来の星を覆う巨大な形態へと戻るつもりだと、狙われた蒼い少女は無意味と知りながらも身構える。


 しかし、変化は起こらない。魔力が辺りを満たす前に透き通る光がその予兆を掻き消した。


「んん……?」


 いつまで経っても自分の体に変化が無い事に巨神も気づく。


 巨神は状況を把握し、若干表情に不満を滲ませ、こう言った。


「そうか、まけか。ころせ」


 その言葉を受け、御子も普段の姿へと戻る。

 そして、元の穏やかな声色でこう言った。


「殺さないよ」

「……? なぜ?」

「ジェアンテちゃん、まだ生まれたばっかりだし。ボクは赤ちゃんがしたイタズラくらいでいちいちぶったりしないから」


 ジェアンテはその答えにすら不服そうな態度を見せる。


「だが、テをきられたぞ。しかもきえた」

「あっ」


 ジェアンテから肘から先が消失したままの腕を見せつけられ、フィーネは言葉を濁す。


「――ぶたなくても、斬ることはあるかもしれないね」


「叩くよりもっと悪くなってるじゃない」


 堪らず指摘をしたアニエスから露骨に視線を逸らし、フィーネはジェアンテを叱りつける。


「まったくもう。めっ、だよ。さすがに次は怒るからね」


「……わかった。もうしない」


 それは行動への懺悔というより無駄な事はしないという学習の言葉だった。


「ころしあいにもならないとは、おもわなかった。つまらん」


 あまりにも野性味が強過ぎるジェアンテに対し、フィーネは所感を率直に述べる。


「大きくなればもっと強くなれると思うよ」

「そうしたらオマエをつぶせるか?」

「それはわからないかな。ボクも成長期だし」

「そうか。まあいい、もっとおおきくなるか」


 ジェアンテはそれで納得したようで、それ以上二人に対し何もしなかった。アニエスとしては肝が冷えるどころの騒ぎではなかったが、ひとまず両者の間でこれ以上の諍いが起きる兆しは無いようだ。

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