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第51話:生誕の時、来たれり

 翌日――正確にはアニエスが眠ってから七時間後で、日づけが変わった直後。まだ周囲には夜の闇が広がっている。


 この星の一日は五十時間以上あるらしく、もうしばらくの間は陽が昇らない。しかし十分な休息は取れたため、アニエスは身支度を整えてキャンプを出た。


「……あなた達、まだいたのね」


 巨狼と仔狼はアニエスが休んでいる間も立ち去っておらず、二人のキャンプの傍にいた。仔狼は腹を出して親の近くで寝転んでいるが、巨狼は二人の動向を見張っていたらしい。


 力関係においてフィーネに敵わぬと判断しているはずだが、それでも矜持かそれ以外の理由か、威容の獣は放浪者からまだ目を離すつもりが無さそうだった。


「おはよー、アニエス。ちゃんと眠れた?」


 一方、フィーネもアニエスが眠ったすぐ後にキャンプから出てそのまま外にいた。巨狼は隙があれば二人を殺すつもりでいたようだったが、フィーネがアニエスの睡眠中ずっと親子を眺めていたため、対処されるだろうと断念したのだ。


 入眠直前までは巨狼の殺意を感じていたため、アニエスはフィーネに礼を言う。


「おはよう、フィー。おかげでちゃんと眠れたわ。ありがとう」


「どういたしましてー」


 フィーネはめげずに巨狼と親睦を深めようとしている様子だが、相手からは完全に拒絶されている。仔狼からは特に悪感情を持たれていないが、親が近づけさせようとしない。


  “星を渡る舟(プラネテス)”から持ち込んだパンに好みのペーストを塗った簡単な食事を済ませ、二人はさっそく星の中枢へと向かうための準備を始めた。


 星の中枢は、物理的な中心部であると同時に異界でもある。その到達にはただ地面を愚直に掘り進むだけでは足らず、中枢を覆う魔力の層を幾重にも突破する必要があるのだ。


 それも以前別の星で中枢へと進入した際はフィーネの魔法で到達が可能だったのだが、いざ実行の段階になってフィーネは首を横に振った。


「んー。やっぱりダメそうだね」

「駄目? 中枢まで行けないの?」


 予想していたという調子のフィーネに反し、アニエスは少なからず驚く。


「うん。普段のボクだと出力不足でムリ。この星、魔力層がすごく分厚いよ」


 フィーネの説明を受け、アニエスは思考を巡らせる。まだ数える程度とはいえ既に複数の星を巡ってきたが、こんな事は初めてだった。


 補足するように、フィーネは一応存在している打開策の提案をする。


「どうする? “終焉星装(ノヴァ)に戻れば(を使えば)通れるけど」


「……さすがにそこまでするのは抵抗があるわね。星の環境を荒らしてしまうでしょう?」


「細かい調整はちょっと難しくなるかな。まあ、頑張ればできるよ」


「いい。フィーにそこまで負担をかけたくない」


 星の中枢へと赴き、“星の記憶(アストラル・メモリー)”を複製する。それは二人の旅というよりもアニエス個人の努力目標でしかない。フィーネに余計な苦労をかけてまで押し通すつもりは無かった。しかし、原因の究明については行っておきたいというのが研究者肌としての性だ。


「中枢へ転移出来ない理由は、普段のフィーだと地殻の魔力層を突破不能だから。けれど、層の厚さって星の大きさと直接関係する事じゃないわよね?」


「そうだね。星の核が持ってる魔力量と星の状態次第だから」


「じゃあ、フィーから見てこの星は魔力量が多い星かしら?」


「ううん。レティシア大陸の魔力の方が強いと思う」


 フィーネから話を聞き、アニエスは考察を整理する。現状、中枢には行けない。その理由は途中にある魔力の層を突破出来ないためだが、しかし星そのものが持っている魔力の量で言えば故郷の大地よりも少ないという。


 二人は宙を廻る旅を始める前、星の中枢へ至る方法を考えた際の基準としてレティシア大陸の魔力層を通れるかどうかの検証は行っており、問題は無いと結論が出ている。つまり、中枢へ届かない理由はこの星の魔力量に由来するものではなく、現在の状態の方にあるという事だ。


「やっぱりこの星、何かおかしいわよね?」


 状況をまとめたアニエスはそう判断せざるを得なかった。


 その確認に対し、フィーネは顔を逸らして何も言わない。


 アニエスが再度追及する。


「フィー。もう何が原因か気づいてるんでしょう?」


「どうかな。そうかもしれないし、そうでもないかもしれないよ」


 そんな調子でフィーネは誤魔化し続けた。何かある事についてはもう認めたも同然だったが、詳細については頑なに口を割らない。


 それから数時間後、川の畔。星の中枢へと向かえないと判断した二人は、周囲の探索を再び行った。そうして近場の環境については理解を深めた上で、現在はフィーネが“星装(アルマメント)”で武装し、アニエスの所持している戦闘用の魔法器と格闘している。休憩中に退屈したフィーネが申し出た魔法器の調整だ。


 アニエスはそれをやや遠巻きに見ており、今は手頃な岩に腰かけていた。


 金色の少女と相対するのは四体の蒼い騎士。ゴーレムと呼ばれる魔法仕掛けの自動人形であり、フィーネの戦闘方式を模倣して組み込まれているため近接戦闘の技量はアニエス本人よりも遥かに優れている。


 蒼炎こそ纏っていないものの殺傷力は極めて高い攻撃の波濤をフィーネは受け流し、甘い攻撃に対しては破壊しない程度に加減した反撃を加えていた。


 フィーネはアニエスの魔法器との組み手を続けながら、言った。


「ボクたちはいいタイミングでこの星にやってきたと思う。きっとこの先旅を続けてもめったに見られないすごいものが見れるよ」


「ふぅん。何が見れるって言うの?」


「まだナイショ」

「またもったいぶって」


 これから起きるという出来事の詳細について、フィーネはそれ以上語らなかった。


 二人が会話をしている間も四体の騎士は連携しつつの攻撃を繰り返す。それぞれが剣や槍で武装しており、その戦闘力は人類に置き換えれば相当な上澄みと言える。


 制作者は、例によってアニエス自身だ。魔法器としては超高級品に当たるこのゴーレムだが、彼女は素材と時間さえ都合がつけば同じものを複数体作れる。


 手数の多さ、正確な連携。それらを以て、騎士達への積極的な攻撃を行わないフィーネが徐々に追い込まれていく。


「よっと」


 やがて格闘戦において詰んだフィーネは視えざる力で騎士達を弾き飛ばし、自身の魔法“星装(アルマメント)”を解いた。騎士達への学習用の模擬戦はこれで終わりだ。


「うん、いい感じなんじゃない。二つあれば正面からアニエスと勝負できる強さだと思うよ」


「なら四機あるからこれだけで私二人分って事ね。楽が出来ていいわ」


 そう言いながら、アニエスはぞんざいに魔法器を収納していく。四機合計であれば自分よりも戦闘力が高いと評価されたからではなく、戦闘用の魔法器の中でもこの騎士達が好きではないという理由で完成度に対し扱いが雑なのだ。


 アニエスは休憩を終え、この星の滞在に関する話をする。


「フィーとしてはまだ見たいものがあるのよね? どれくらいかかるかわかる?」


「どれくらいかなぁ。たぶんもうすぐなんだけど、細かい日数まではわからないや」


「どうしても見たいの?」


「うん、見たい。せっかくだしアニエスも見た方がいいよ」


「はあ……仕方ないわね」


 フィーネの提案を飲み、アニエスは友人の気が済むまで付き合う事にした。



          ***



 アニエスとフィーネが星に滞在し、現地の時間で二日が過ぎた。


 二人が普段基準にしている時間単位においては約四日以上であり、アニエスはフィールドワークに変化がほしいと感じ始めていたが、フィーネの目的はまだ果たされていない。アニエスが尋ねても彼女は相変わらず『もうすぐ面白いものが見れるよ』の一点張りでその内容がなんなのかは明らかにしない。


 ただ、初日と同じくアニエスにも何となく星の異変のようなものが感じられていた。


 具体的に何が起きるのか、アニエスには予想出来ない。しかし、何か前向きな事象の兆しが見え隠れしているのだ。これはアニエスだけが感じている事ではなく、アニエスの異能が感知する周囲の生物の思念もみなそうだった。さらに、二人が滞在し始めてから巨大な魔獣達がこの地に集結しつつある。


 アニエスが山脈と評した巨大な霊亀。要塞のような体躯を持った焔竜。地上に深い影を落とす凍鳥。金剛の毛皮を持った白虎。他にも、体の大きさも魔力の強さも規格外極まる生命が数多に。それらは各々で適当な場所を見繕うと、何をするでもなく空を眺めている。


 アニエスとフィーネが星を訪れてすぐに出会った巨狼と仔狼も例外ではなく、今は二人から離れどこか一か所に留まっているようだった。また、当初は縄張りへの侵入者を排除しにかかった巨狼が集結する魔獣達に不快感すら示さず、その行いを許容している。


 何かが起こり、星が変わる。

 漠然とした高揚がこの“巨大な星”を満たしていた。


 アニエスがその予兆をひと際大きく感じた朝、フィーネはこう言った。


「そろそろだね」


 キャンプでコーヒーを飲む支度をしていたアニエスは手を止める。


「やっとなのね。で、何が起こるっていうの?」


「それは見てのお楽しみ。大丈夫、危険はな――くはないかもしれないけど、ボクがいるから平気だよ」


 絶妙に不安になる事を言いつつ、フィーネは呑気に朝食の準備を続けた。今日のメニューは卵、ベーコン、チーズのホットサンドだった。それを食べた後、フィーネから見晴らしのいい場所への移動の提案があり、二人は森を歩く。道中、やはりアニエスにはどこか落ち着かない生き物達の思念が感じられ、彼女自身も何かが起こるという予感が鳴り止まないため浮つく。


 二人が森を一望出来る崖の上へと辿り着くと、そこには巨狼と仔狼がいた。親子も空を見つめており、以前であれば二人を敵視していた巨狼も今は眼中に無いと言わんばかりに何の反応も示さない。不安になったアニエスがフィーネに尋ねる。


「……これ、私達もいていいの?」


「どうだろう。怒られたら謝ればいいんじゃないかな」


 『誰に』とアニエスが問おうとした瞬間。星そのものが大きく脈動する。


 断崖から辛うじて見渡せた遠くの湖上に、星の中枢より天空まで貫く光の柱が生じた。


 それを見た巨狼が雄叫びを上げる。仔狼もまた親に倣って高く吠えた。


 ―――星から生まれ住まう全ての生命が予感していた、生誕の時が訪れた。

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