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第50話:大牙と小牙

 星の自然が舞台かつ主催の巨獣博覧会が一段落し、アニエスが先ほどの不思議な感覚について考えていたところ、巨狼がこれまでとは違う調子の唸り声を上げた。


【グァウ】


 唸り自体は具体的な意味を伴っていなかったため、その内にある感情を把握出来ないフィーネがアニエスに尋ねる。


「なんて?」

「ここまで全速力だったからちょっと疲れたみたいね。えっと……『もういい加減に解放するか殺せ。あるいは死ね』って」


「えー、まだダメー。けど、疲れたのは仕方がないね。もうちょっとゆっくりでいいよ」


「ジャイビーからの遠ざかり具合が酷い事になってない……?」


 “巨大(ジャイアント・)怪獣(ビースト)”は子どもが楽しむ事も考慮された道徳的な物語だ。主役が友たる魔獣へ向ける気遣いは全編通して厚く、重労働は課さない。


 アニエスは自分達の行いが果たしてそれに能うかどうなのかと若干迷うが、その最中に流れてきた巨狼の思念の続きによって引き戻される。


「――この狼、子供がいる」


 アニエスの呟きは巨狼にも伝わり、子を守るため、獣が纏う魔力の威圧感が増した。


 しかし、巨狼が強制を脱する事は無い。フィーネはアニエスに詳細を問う。


「そうなんだ。お父さんなの? お母さんなの?」


「強いて言うならお母さんかしら……。種族的には無性生殖らしいわ」


「ふーん。子どもってまだ小さい?」


「この狼の基準では。実際どれくらいなのかはわからないけど」


 そんな会話があって少しして。巨狼からアニエスの元にまた異なる思念が伝わる。


 焦燥にも似たその感情について詳細を考察するまでもなく、進路上にその原因となるものが現れた事にアニエスは気づいた。


「フィー、止めて」

「はいはーい。静止せよ(とまってねー)


 フィーネの命令を受け、巨狼は急停止する。速度が速度だったため止まるまでに周囲の地面に多少の被害をもたらしたが、背中の二人の少女には特に影響は無かった。


「ん? なにかいるね」


 フィーネもこれまで巨狼の背に乗っている間には見られなかった生物に気づく。


「ワウ」


 二人の視線の先にいたのは一匹の狼だった。そのサイズはこの星の生命の多分に漏れず大きく、体高がアニエスとフィーネの身長と変わらないくらいある。しかし、鳴き声が高くどこか愛嬌のある表情をしており、二人が乗る巨狼と比べると大きさ以上に幼い印象だ。


「ねえねえアニエス。あの子、もしかして、もしかしたりしない?」


「ええ、あの子がそうね。……思ったよりだいぶ大きいけど」


 尻尾を軽く揺らす仔狼は巨狼を見上げて首を傾げている。出かけて行った親が謎の珍生物と何をしているのかと疑問に思っているようだった。一方、当の巨狼は自らの子を危険から遠ざけようと唸る。その懸念を察したアニエスが親である獣に話しかけた。


「大丈夫よ。あなたの子供を傷つけたりはしないわ」


 しかし、巨狼は二人の少女を信用していない。今の言葉を虚偽だと考えているわけではないようだが、ふとした拍子に気が変わって殺される可能性を警戒するのは野生の本能か。


 フィーネは仔狼に触れようと地面に降り立ち、途中で動作を止める。さすがにこの状況でそうしては巨狼との信頼関係が修復不能になると考え直したからだ。代わりに、遅れて降りて来たアニエスに彼女が知覚していないだろう情報を伝える事にした。


「水がたくさん流れる音がする――川が近そうだよ。そこまでは歩いて行こうか」


 フィーネの発言通り、徒歩の移動は十分にも満たない内に終わり、アニエスとフィーネ、連行される巨狼、単に好奇心でついてくる仔狼は川岸へと辿り着いた。


 狼の親子が水場として利用しているらしい河川はやはりこの星の例に漏れず巨大なものであり、向かい側の岸辺が見えないほどに広い。


 時折水面から跳ねる何らかの魚もアニエスが思わず小さく悲鳴を上げそうになるほどの大きさで、それを屈強な肉体を持った熊が捕まえようとしていた。


「おー、クマもいるんだね」

「……そうね。あの大型アパートみたいなのも熊としてカウントするならいたわね」


 巨狼はこの辺り一帯の主ではあるものの、むやみやたらな殺生を行っているわけではないらしく他の魔獣達はすぐ近くに巨大な力を持った強者がいる事を気にしていない。アニエスはそれを見て呆れ半分、驚き半分という様子でこの星の生態への感想を口にする。


「本当にとんでもない……そこら中に化け物じみた魔獣が沢山。こんなのがルクスに現れたら国中阿鼻叫喚になっていそう」


「ね。さっきの大きいカメとかもすごかったよ。ぜんぜん動いてなかったけど」


「あの山脈みたいなふざけた生き物ね。魔力量もおかしかったの?」


「うん、百万くらいかな。なんか霊脈みたいな流れしてた」


「そこまで行くともうハイハイって感じだわ……」


 魔力の量を数値化した場合、巨狼は一万以上、アニエスと平時のフィーネはそれぞれ二千から三千といったところだ。二人の故郷においてはアニエスの魔力も人類屈指の強さだったが、この星の基準では弱小の部類になってしまう。


 あるいは、この星においては強いというだけでは個性足りえないのかもしれない。


「どうしようか。この辺でキャンプする? たぶん川が溢れることは無いと思うけど」


 通常、川岸に近い場所でのキャンプは雨などによる急な増水の危険があるためご法度だ。しかし、二人が使うテントを作成したのは他ならぬ魔法使いアニエス・サンライトである。


「場所は賛成。この辺りは色々と資源が豊富そうだし。あと、私が作ったキャンプセットは川に沈んだくらいじゃ浸水しないから」


「へー。じゃあ海に沈めたら?」


「障壁と結界の術式を仕込んでるから水圧程度じゃ潰れないし、中にさえいれば一般人でも死なないわ。フィーに砲撃でもされたら話が別だけど」


「ヘンな方向に凝り性だなぁ。携帯型コテージとかまで作っちゃうし」


「……さすがにアレは失敗したと思ってる。肝心の広げる場所が無いんだもの」


 その後、アニエスとフィーネは魔法器で拠点となるテントを立てた後、近場を探索して回る事にした。星自体の魔力が潤沢であるため、アニエスの好奇心を引く魔法素材の類も多く見つかる。


 その間も巨狼は解放されておらず終始忌々し気であり、逆に仔狼の方は親の心情と状況はさして気にせず二人の行いを物珍しそうに観察していた。


 そうして、二人が基準とする時刻において数時間後。テントに戻ったアニエスとフィーネはその日の探検は終わりとし、休息の準備を始めた。手始めに夕食の支度となるわけだが、その前にフィーネは巨狼と仔狼に対して分け前を振舞う。


「はいこれ、晩ごはん。それ食べ終わったらキミたちはお家に帰っていいからね」


 フィーネは周囲に生っていた適当な果実を多数魔力で複製し、親子に与える。


 未だ移動の自由は無いが食事の権利を得た巨狼は突如現れた食料の匂いを不審げに嗅ぎ、通常のものと変わらないと判断したのか不承不承という様子で齧り出した。一方、仔狼の方は相変わらず何も気にする事無く受け取るなりむしゃむしゃと喰いついている。


 フィーネはその様子を見て、アニエスに通訳を求めた。


「なんて考えてる? おいしー、とか?」

「子供の方はね」

「じゃあお母さんの方は?」

「何も。ただ不機嫌そうにしているだけよ。強いて言うなら『死ね』とか?」

「もう。そればっかり」


 獣の親子に渡した果物とは別に、フィーネは幾つかの食材を用意して簡単な料理を始める。周囲の森に余計な影響を与えないよう火気は用いず、調理は食材や調理器具を直接魔力で加熱する手法を取った。


「よ~し、できあがり~」

「…………じゅる」

「待ってフィー。嫌な予感がする――というか子供の方がすごい物欲しそうに見てる!」


 今日の主菜は香辛料を利かせた挽肉を練り上げ、鉄板で焼いたハンバーグステーキだった。その工程を傍で見ていた仔狼が大量の涎を垂らし出し今にも飛びかかって来そうだったため、フィーネは塩分を除いたものを複製して投げ与える。


 ようやく落ち着いた夕食の最中、アニエスは先ほど巨狼の背で揺られていた際に疑問に思っていた事をフィーネに尋ねた。


「さっきから気になっていたんだけど……この星、なんだか変な感じがしない?」


「ヘンって、何が?」


「上手く言えないんだけど……。私達が知る他の星とこの星とでは何かが大きく違うような……そんな気がするのよ」


 アニエスの言葉を吟じ、フィーネは所感を述べる。


「違いかぁ。まあ、大きいよね」

「大きいわね。けれどそれは星ごとの個性の範疇だと思う。そういう話じゃなくて、異変の前兆みたいなものを感じない……?」


 フィーネはアニエスの話を聞き、妥当ではあるものの非常に大雑把な答えを返した。


「中枢でメモリーを覗いてみればわかるんじゃない?」


「……まあ、そうね」


 フィーネは何かに思い至りつつもそれを伏せている。アニエスはそう感じつつも、それ以上の追及はしなかった。問うたところではぐらかされる事も理由だが、それ以上に、彼女が危険を警告しないという事は、知らない状態でその出来事を迎えた方がアニエスにとって良いと考えていると信じたからだ。


 もっとも、フィーネの直感は当たる事が多くても時々大外しをする。その意味ではアニエスの心境も期待半分、不安半分というところだった。


 食事の後、身の回りの些事を済ませ、アニエスとフィーネは滞在一日目の活動を終えた。

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