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第45話:魔女のアトリエ

 “星を渡る舟(プラネテス)”の居住区画には多数の扉が並んでおり、それらの幾つかはそれぞれ別の空間に通じている。


 アニエスとフィーネにとってこの舟は所持している乗り物の一つという認識ではあるが、旅の途中で不測の事態があった際に船内で長期間生活する事になっても困らないよう様々な用意があるのだ。


 それらの内の一つに、アニエスの魔法工房もあった。


 魔女のアトリエ。そう表現すれば怪しげな品々が雑然と並べられたおどろおどろしい場が想起されそうなものだが、アニエスの工房の実態は異なる。


 室内は部屋の主の性格が反映されているのか物こそ多いものの整頓されており、魔窟の様相を呈してはいない。魔法に関係しない物品がほぼ存在しないという点においては魔法使いらしいだろう。


 部屋の広さはアニエスの私室とそう変わらず、大股に十数歩も歩けば端から端に辿り着く。これは船内スペースの都合ではなく、単にこの広さが彼女にとって居心地の良い空間だという理由からだ。


 その魔法工房で、アニエスは先日訪ねた星に滞在している間に使用した魔法器の調整と減った魔法薬の調合を行っていた。特に体調を整えるための薬は持ち込んだ分を全て使い切ってしまったため、備蓄分を新たに作っておく必要がある。


 魔法使いに限った話ではないが非日常的な場面に遭遇する事が多い人間は様々な耐性を獲得するため、体に魔法を染み込ませる習慣を持つ。


 もう少し身近な例を挙げるならば、薬売りの魔法使いがいる地域では性別を問わず体調管理が大分しやすくなっているなどがある。


 いずれにおいても、アニエスの場合は自身の魔法と手製の魔法薬とを併用していた。


 技量的には魔法のみでも問題は無いのだが、魔法薬の作成技術の向上を本人が望んでいる事と、有事の際に魔法のリソースを体調管理に用いなくてもよいという利点があるからだ。


 アニエスが薬の元となる素材に魔法をかけて変化を待っていたところ、先ほどから暇だという理由で工房についてきたフィーネが退屈そうに話しかけてきた。


「ねー、ボクも手伝うからなんかして遊ぼうよー。ノクトを出る時にレティシアちゃんからもらったゲームが色々あったでしょー」


 フィーネが口にしたゲームとは盤上遊戯やそこから派生した娯楽の事だ。二人の故郷では様々なゲームが作られており、古来から存在する普遍的なものや設計に魔法を用いた一風変わったものまである。


 だが、アニエスはフィーネの提案を聞き、露骨に嫌そうな顔をする。


「あいつが作ったゲームなんて二度とやらないわよ。どうせ馬鹿みたいなルールに決まってる」


 二人が言及したゲームは作り手の個性が出過ぎていた。その個性がアニエスの感性と相容れない事もあって彼女は乗り気ではない。


「そういう偏見は良くないと思うなー。十個あれば一個くらいは名作が――」


「ノクトで起きた厄介事の半分は私のせいだけど、もう半分はあいつのゲームが原因だって事を忘れてないかしら? それと散々絡まれてくだらない遊びに付き合わされた事も」


「うーん、ボクは結構楽しかったけど」


「冗談でしょ……」


 過去の出来事を思い返し、アニエスは辟易した表情を浮かべる。


 不快というほど突き放した感情を抱いているわけではないが、フィーネのように楽しかったという思いは無く、ただただ疲れたという印象だけが残っていた。


 とはいえ、アニエスとしてもフィーネとゲームに興じる事そのものを忌避しているわけではない。


「作業が済んでからなら遊んでもいいけど……もちろん乱数があるやつね」


「それならやっぱりレティシアちゃんが作ったゲームが」


「絶対に嫌。あいつが作ったのは運がどうこうじゃなくて演出がおかしいから駄目。魔法で異空間に飛ばして人間を駒代わりにして戦わせるのとかそんなのばっかりじゃない」


「あれは面白かったよね。魔物と戦って選択肢を間違えると服が一枚ずつ消えてっちゃうやつ」


「そういうところが論外だって言ってるの」


「でもアニエス、頑張ってクリアしてたじゃない」


「無駄に苦労させられた末にゴミのようなエンディングを見せられた私の気持ちがわかる?」


「わかんない。ボクはクリアできなかったし」


 アニエスの脳裏にゲームクリアまでに何度もあった腹立たしい戦いの数々が思い出される。


 そして、何よりも。


「……あのゲーム、フィーを裸に剥いたのは今でも許せない」


「別にいいじゃない、ボクたちしかいなかったんだし」


「よくないっ」


 最終的に遊びの相談は次に向かう星の座標を決めた後、二人の故郷で広く遊ばれていたゲームを行うという折衷案に落ち着いた。


 魔法薬の精製は素材の状態が整うまでは出来ないため、アニエスは先に魔法器の点検に入る。魔力を消費するタイプのものには補給をし、整備が必要なものには手入れをする。


 魔法薬にせよ魔法器にせよほとんどはアニエスが一人で制作したものであり、作る過程でフィーネの力を借りた品は少ない。協力してもらう場合も単純作業の効率化程度で、アニエスは友人の力には極力頼らない事を方針としている。


 フィーネも基本的にそれに同調しつつ、今回のように自分の都合で協力したいという場合や頼まれた場合にだけ手を貸すのだった。


 魔法器に関する作業が済み、アニエスは机の上に何も書かれていない紙を敷く。その隅にペンで幾つかの要項を箇条書きすると頭の中で考えが纏まったのか、図面を引き始めた。


 変わらず作業を見ていたフィーネが問いかける。


「今度はなに作るの?」

「見た目を誤魔化すための幻影迷彩。やっぱりあった方がいいかなと思って」


 訪れた星に住まう種族が自分達と異なる体をしていたり衣装が独特である場合は異邦人として目立ち過ぎてしまう。案の定ではあったが実際にそれを体感したアニエスは変装のための魔法器を設計していたのだ。


 みるみる描かれていく図面を眺めながら、フィーネが一言。


「言ってくれればボクがどうにかしたのに」

「確かにその方が早いけど。だけど、こういう物も作らないと私の腕が上がらないから」


 既知の魔法現象はフィーネに再現を求めれば彼女は即座に実現させる。


 だが、それではアニエスは魔法使いとして成長しない。二人で旅をする意味も無い。二人に共通しているその見解が理由と納得したフィーネはそれ以上何も言わなかった。


 代わりに、彼女は他に気になった話題を切り出す。


「そういえば、それはなんの魔法器にするの?」


 フィーネが指さしたものは作業机の隅に置かれていたユニコーンの角と短剣だった。


 先日訪れた星を旅立つ際に選別の品として受け取ったものだが、舟に辿り着くなりアニエスはすぐに意識を失ったのでまだ受け取った状態のままだ。


 アニエスはそれらを眺め、首を横に振った。


「確かに貴重な素材だけど、明確に作りたいと思う物があるわけじゃないから。よほどの事が無い限りはこのまま保存しておくと思う」


「そっか。じゃあこれも一緒に取っておいてよ」


 フィーネは指を鳴らし、どこからともなく小さな透明の箱を取り出した。


 中には硝子の欠片のようなものが入っている。それを受け取ったアニエスは軽く検分し、すぐにその正体に当たりをつけた。


「これ……この前の透明になっていた星の?」


「うん、星の欠片。魔力はほとんど無いし別に役に立たないと思うけど、せっかく行ったわけだし記念に拾っておいたんだ」


 二人が(そら)を廻る旅を始め、最初に辿り着いた星の欠片。


 全ての生命が死した後の世界だったが、思うところがあったのかフィーネはその一部を手にしていた。彼女が口にした通り見た目が多少美麗である事を除けば素材としての利用価値は薄く、せいぜい魔法薬の汎用素材として使えるかどうかというところで大した値打ちは無い。


 しかし、フィーネが意味を感じたのは別のところだ。


「これからも行った星のメモリーをコピーするんでしょ? それなら一緒に何か思い出になるものも集めようよ。そうしたらアトリエも賑やかになって楽しいよ」


 行く宛ての無い旅だからこそ、その歩みに証を。フィーネはそう考えた。


「別に見た目を賑やかにするつもりは無いけど……」


 アニエスは近い将来、自分の趣味ではない品々が増えていった工房を幻視する。フィーネと違ってそう胸が躍る光景とは思わない。


 だが、それを疎ましいとも感じない。


「まあ……それくらいなら」

「やった! ありがとう、アニエス! よーし、あとで棚作っちゃお」


 工房の主の了承が出た事で、記念品集めが二人の旅のおまけの目的として組み込まれた。


 それから。のちほど遊ぶ約束を取り付けたからかフィーネは作業に横槍を入れる事無くアニエスの蔵書から未読だった本を借りて読んでいた。


 フィーネが(ページ)をめくる速度はとても遅い。

 内容を把握するだけならば一瞬でも視界に収めれば完全に記憶する事が出来るが、彼女は一つ一つの文面、挿絵に対して必要以上の熟考をしてから次の内容に意識を向けるようにしている。


 魔法器の図面を引き終え小休止していたアニエスは、そんな友人の姿を眺めていた。


 不意に、フィーネが本から視線を上げ、アニエスに話しかける。


「あの透明になってた星のメモリーはちゃんと読めそう?」


 そう問われ、アニエスは作業机の一角に並べた二つの容器に視線を送る。その中にはそれぞれ不思議な光を帯びた小さな宝玉があった。


「今の私では細かいところまで把握するのは難しそう。でも、あの星がどういう運命を辿ってああなったかとか、そういう大雑把な歴史の流れを捉えるくらいはできると思う」


 現時点で二つ並ぶこれらの宝玉こそが“星の記憶(アストラル・メモリー)”、その複製だ。宝玉そのものはフィーネが用意した記録媒体となるもので、その内部に刻まれた情報こそが肝要となっている。


 “星の記憶(アストラル・メモリー)”とは星の核から抽出した情報の塊であり、星が生まれてから複製を行った時点までの全ての出来事、その情報が内包されている。


 ただ、アニエスが述べた通り彼女は現在この記録を完全に紐解く事は出来ない。解析作業についても“星を渡る舟(プラネテス)”に組み込んでいる魔法器が必要になる。星に滞在している間にその歴史を知れないのは少々不便だが、二人は現地での体験を重視しているので問題ではないとしていた。


 現在は“透明の星”に続き“遺り物の星”と、二つの複製がある。


 二人が“星の記憶(アストラル・メモリー)”を複製し集めている目的は旅の記念品集めとそう大差は無い。天体には悪影響を及ぼさずフィーネにとっては当然の権利を行使しているだけなのだが、現地住民の強い反発があるのなら諦めてしまう事もある程度の意識だ。


 一方、アニエス個人は“星の記憶”を集め巡るのも自身の成長のために必要な事だと考えていた。魔法使いとしてより多くの理を知り修める。それこそが純粋な魔法の腕を磨く事以上に重要になるだろうと直感しているのだ。


 そんなアニエスの答えを聞いたフィーネは進捗は特に気にせず、気安い調子で要望を出す。


「そっか。じゃあ時間がある時に読めたところの話を聞かせてよ」


「……歴史が知りたいならフィーにはもっと手っ取り早い方法があるじゃない」


 あらゆる事象、それらの情報が収められる“(そら)の書庫”を指してアニエスはそう言った。


 この宇宙において知識を求めるのならば、かの記録を閲覧する魔法よりも効率のよい方法など存在しないと。それ以外にもフィーネ自身が“星の記憶(アストラル・メモリー)”を解析すればすぐに判る事だ。


 その真っ当な指摘に対するフィーネの答えは、とても明快だった。


「別に星の歴史を知りたいだけじゃないよ。メモリーを読んでどう思ったのかアニエスの口から聞きたいんだ」


 確かにそれは、無限に等しい記録を閲覧するだけでは得られない体験だった。


 あるいはその感触すらも捏造する術がフィーネにはあったかもしれないが、彼女自身はそんなものを求めていない。


 アニエスは帽子のつばを押さえようとして、今は室内で何も被っていない事に気づき視線を逸らす。


 そして。ただの雑談に答えるにはずいぶんと時間をかけてから、曖昧な返事をした。


「…………その内、気が向いたらね」

「うん、楽しみにしておくね」


 そう言って、フィーネは再び読書に戻る。

 アニエスは作業の休憩時間を伸ばし、それを見守った。

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