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第38話:差し入れ

 島から遥か遠い海での一件の後、フィーネは島の方々を飛んで回ってから滞在する町へと戻った。


 まだリデルとの約束には早いと見た彼女は、これまで訪れていなかった町の墓地へと向かう。


 その霊園は町から見て農地とは逆方向に同じ程度の広さで設けられており、木で造られた墓標が所狭しと並ぶ。それらの中に人影が一つあった。


「やあ。レジェくん」

「よお、金ぴか宇宙人」


 あんまりな物言いでの挨拶だったがフィーネは特に気にしなかった。


 墓の手入れをしていたレジェは作業の手を止め、フィーネの方を向く。


「お前、さっきなんかやったか?」


「なんかって?」


「地面が揺れてないのに俺たちの体が震えた。聞いた限り町中の全員……ヘタしたら島中全員がだ。しかも俺たちだけじゃなくて角馬もビビって巣まで逃げてった。なんかしただろ」


「あー、ごめん」


 フィーネは先ほど自身が行った戦闘が原因だと理解した。


 星の裏側での出来事とはいえ、アニエスのように魔力に敏感な者であれば感知し得る。


 アニエスが事前申告を求めたのも異変に身構えるためだと事が済んだフィーネは理解していた。とはいえ、島の住民がその変化に気づく事は彼女にとっても想定外だ。


「驚かせてごめんね。みんなに影響があるとは思ってなかったんだ」


「お前が何かしたかもって思ってんのは俺とリデルだけだ。まあ黙ってりゃ平気だろ。で、なにしたんだ?」


「アニエスに騙されて怪獣退治」


「なんだそりゃ。頂上以外にもそんなんがいたのか? 詳しく聞かせろよ」


 フィーネは先ほどの出来事をかいつまんでレジェに伝えた。誇張は無く、ありのままに。


「腕が沢山生えた海のバケモノねぇ……」


「すごく強かったよ。急に出てきたから驚いたなぁ」


「その割にはお前、かすり傷もねえじゃねーか」


「それはほら。ボクの方がもっと強いから」


「またそれか。崖より頑丈云々といい……まあ、実際そうなんだろうけどよ。お前、宇宙でボクが一番強いとか言わねえだろうな」


「さすがに宇宙一じゃないかな。ボクだって戦って負けたことくらいあるよ」


「ふーん。じゃあ、お前と青色のはどっちが強いんだ?」


「ふふ。それ、アニエスに聞いてみると面白いよ」


「どう面白い?」


「聞かなくてもわかるでしょってぷんぷん怒るから」


「じゃあ聞かんわ」


 レジェは肩を竦め、作業に戻る。

 特にする事が無かったフィーネは作業の様子を眺めていた。


「お墓の手入れもレジェくんの仕事なの?」


「いいや。それは町での仕事になってない。順番なんて決めなくても誰かが知らん内に済ませてるからな。今日は俺が勝手にやってるだけだ」


「そっか。本当にみんな働き者だね」


「ふっ。大昔にそう仕向けられたってんだから笑えねえけどな」


「ね。レジェくんは笑ってるけど」


 せっかくなのでフィーネは墓の掃除を手伝う事にした。


 この島では石材が無尽蔵に採れるわけではない。そのため墓標は比較的余裕のある木材で出来ており、老朽化してしまった場合に取り換えているとの事だ。


 今レジェが行っているのはその点検と墓標に汚れが無いかの確認作業だった。


「ねえ。その内お墓がいっぱいになったならどうするの?」


「悩みどころだな。昔は墓場を広げりゃよかったが。どこか近場に新しく作るかもしれん」


「そうなんだ。じゃあ、ここは昔からあるんだね」


 話を聞いたフィーネは辺りを見渡し、他とは異なり石で作られた古い墓標を見つけた。


 墓碑銘などは刻まれていない。レジェはフィーネがここへ何をしに来たのか察し、彼の知る事を説明する。


「そいつが俺の先祖、伝承者の始祖の墓だ。頂上の魔法使いの子供もこの下だろうな」


「そっか」


 フィーネは手を組み合わせ、既にここには無い、かつて生きた者達の魂の安息を祈った。


 そんな少女を見て、レジェが一言。


「黙ってりゃそういうのもサマになるんだな」

「あはは、よく言われるよ」


 しばらくして。作業も終わったようで道具の片づけを始める中、レジェが問う。


「例の頂上の魔法使いの子供……親と争って、自分も死んじまってまで俺たちの先祖を助けたのはなんでなんだろうな」


 その問いかけが正答を求めるものと解釈したフィーネは、少しの間考える。


 思考の末、少女に浮かんだ回答はとても淡泊なものだった。


「わからないよ。ボクはその人たちじゃないから」


「そりゃそうか」


 そう答えてから。金色の少女は朝出かける前に見た光景を思い返す。そして。


「今言った通り、ボクに正解はわからないけど」


 彼女自身に浮かんだ答えではなく。

 他者を見て得た経験から生じた所感を付け足した。


「イヤだったのかもしれないね。みんなが苦しんでいるのを見過ごすのが」


 墓地を後にしたフィーネはリデルと約束した通り町の住民との交流をした。


 みなが興味を持っている頂上の話については時期を見てレジェやリデルから話すと族長が決めたとの事で、尋ねられる事は無かった。


 リデルもレジェも族長も旅人たる二人に過度な負担をかける事は望んでおらず、住民達もその方針に理解を示したという事になる。


 加えて、旅人の片割れであるアニエスが何やら数日に渡って引き籠って何かをしている事についても取り立てて問われはしない。『お客さんの故郷ではそうするのが普通なんだろう』と受け入れられていた。


 フィーネはそれらある種の従順さが彼らに植え付けられた習性であると判断していた。だが、そうなった理由について彼女自身が思うところは無い。友が違う答えを持ったとしても。


 それが星に生きた者達の選んだ答えなのだから。


「それじゃあみんな、また明日ね」


 日が暮れた頃。フィーネは小さな手荷物を持って町の中央から伸びる道を歩く。


 すれ違う住民達はみな朗らかであり、旅人に対し邪険に接する者はいない。


(いつか、この人たちの子孫から悪が生まれたらどうなるんだろう)


 もしかするとこれまでの世代においてもそういった事例はあったかもしれない。


 そんな時、基本的に悪性を抱けないよう調整を受けてしまった彼らは同胞にどう接するのか。


 フィーネにとって興味が有るか無いかで言えば『ある』事柄だったが、それを彼女が見る事は無いだろう。自分に関わりの無い思考を打ち切り、アニエスの元へと歩き続けた。


「ただいまー」

「おかえり」


 借家では当然ながらアニエスは作業を続けていた。


 フィーネが出かけた時と体勢すら変わっていない。


 そんなアニエスが、数日ぶりに挨拶と確認以外の言葉を発した。


「…………ごめんなさい、フィー」


「ああ、海のこと? 驚いたけど楽しかったし別にいいよ」


 フィーネの言葉に微かにアニエスは視線を動かした。


 その仕草を見たフィーネはこれまでの付き合いで、友が少し安堵したのだと察するが特に言葉では触れない。


 代わりに、自分の用件を伝える。


「差し入れ持ってきたんだ。あとで食べてよ」


「作業の前に食べた」


「それって三日前でしょ」


「代謝調整はしたから作業が終わるまでは食べる必要が無い」


 アニエスの返答はつれない。

 それに対し、フィーネはわざとらしく肩を落とす。


「そっかー、残念だなぁ。せっかく作ったんだけど」


 そんな駆け引きとも言えぬ言葉に、アニエスは作業の手を止め視線を向けた。


「……フィーが作ったの?」


「うん。町の真ん中に釜があってね。そこを借りてメーピーってあの甘い木の実で作ってみたんだ。ほら」


 フィーネが焼き上がった菓子のようなパンを取り出すと辺りに甘い香りが広がった。


 あの独特な果実のものだけでなく、島で見つけた香草を用いたものだ。


 元から島で作られていたレシピに改良を加えており、試作品を食した住民達にも好評だった。


「食べる?」


「…………置いておいて」


「わかったよ。あ、食べる時は間隔に気をつけてね。アニエスの分にはちょっと魔法をかけたから。一個食べた後は六時間くらい空けないとダメだよ」


 フィーネの注意にアニエスは小さな首肯で応えたあと、ぽつりと声を漏らす。


「…………ありがとう」

「どういたしまして」


 小さな礼に、フィーネは穏やかな笑みで応えた。

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