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第37話:御子の冒険

 アニエスとフィーネによる島の未来の予見から三日が過ぎ、二人が島に滞在し始めて六日目の朝となった。


 珍しく自分で長い髪をまとめたフィーネがアニエスに声をかける。


「それじゃあ出かけてくるよ。暗くなる頃には戻るね」


「わかった」


「あ、そうだ。海でやってって座標を渡されたアレ、今日済ませておくから」


「……そう。よろしく」


 魔法による自動書記に加え自らも机に向かってひたすらに書き物をし続けているアニエスを流し見て、フィーネは部屋を出る。


 伝承者の石版の内容を見た日以降、アニエスはまとまった睡眠を一度も取っていない。魔法で体を酷使して自らが定めた作業をひたすらこなし続けている。


 手順が判明している物量が多いだけの作業であるためフィーネが手伝えばあそこまで苦労する必要は無いのだが、アニエスは自分で決めた事だからと申し出を断った。


 フィーネの概算では今のペースで続ければ辛うじて十日目の夜辺りには作業が終わるだろうという見込みだ。


 労働としては非人道的と言える計算だが、フィーネは友がやり遂げる事を確信していた。


(今頃頭の中は泣き言でいっぱいなんだろうけど)


 金色の少女はその努力を美徳とは感じない。

 しかし、好ましくは思っている。


「今日もいい天気だなぁ」


 外に出たフィーネは軽く空を見上げた。

 作業を始めるに当たりアニエスからフィーネへの頼み事があったのだが、それも既にほとんど済んでいる。


 彼女は友人とは違い、暇だった。

 フィーネが用事を終えた後はどこへ行くかと思案していると、リデルが自宅から出てきた。


「フィーネさん、おはようございます」


「おはよう、リデルちゃん」


「今日もアニエスさんはお部屋ですか?」


「うん。集中してるから最後の日まであのままかも。ごめんね」


「いえいえ、お気になさらず」


「町の人からお願いとかがあったの?」


「それが……はい。また外のお話を聞きたいとか、そういうのが色々と……」


「そっか。お昼までちょっと出かけようと思うんだけど、そのあとでよければボクは平気だよ」


「本当ですか!? わがままを聞いてもらってありがとうございます!」


「いやいや。お家を借りていることだし少しくらいお礼をしないと。よそだったらもっとお金取られたりするしね」


「おかね、ですか……?」


「みんなで決める交換専用の道具みたいな感じ。あると便利だけど無くて困らないなら無くてもいいと思うよ」


 のちほど会う約束をしたリデルと別れ、フィーネは町を出る。


 アニエスから依頼されていたのはこの島で見つかる魔法用素材の調査とサンプルの採取であり多岐に渡っていた。


 とはいえ、飛行を含めて自由な移動方法を持ち、なおかつ優れた探知能力を持つフィーネにとってはそう難しい事ではなく、残りの作業は経過観察が主だ。


 そんな中、アニエスからの頼みで一つ奇妙なものがあった。


 それを実行するためフィーネは一人で海に出る。アニエスに指定された座標は島から見て広大な星の真裏側だったが、目的地が判っていれば彼女にとって遠いものではない。


 光の翼で飛んで辿り着いたのは、当然ながら海のただ中だった。


「ここで“砲光(カンノーネ)”を撃てばいいんだっけ」


 この座標で“星装・(アルマメント・)砲光(カンノーネ)”もしくはそれ以上の威力の魔法を海に向けて放つ。それがアニエスからの依頼だ。


 なぜそんな事をするかの説明は無く、撃った後の指示も無かった。


 ただ、アニエスは『この星に滞在する間ならいつでもいいけど、実行する当日になったらそれだけ教えて』とだけ付け加えた。


 その事を思い返しつつ、フィーネは何の意味があるのかと考える。彼女の視界に広がるのは多少かつての地上たる海底が近そうではあるものの、特に代わり映えしない海面だ。


 フィーネが頼み事をされた際にアニエスに理由を問わなかったのは何か考えがあっての事だろうという友人への信頼と、詳細については尋ねないで実際に体験した方が面白そうだという好奇心からだった。


 果たして、何が起きるのか。


「まあいいや。さっさとやって帰ろっと」


 考えるのをやめたフィーネは“星装(アルマメント)”によって右腕に光の大砲を纏う。


「よいしょっと」


 気の抜けたかけ声と共に光弾が放たれ、海面を大きく炸裂させた。


 大量の水が衝撃によって爆ぜ散り、フィーネは魔力でそれを弾く。


 その瞬間、異変が起きた。


「あれ?」


 フィーネの知覚に突如、異質な魔力が割って入る。


 空間が歪み、荒れた海の深淵から巨大な影が浮上した。



【――――――――――!!!!】



 現れたのは巨大な触腕を多数持った怪物。人が蛸へと変じたかのような異形だった。


 怪物は海上に浮かぶフィーネを認識するなり、彼女に向けてその触腕の暴威を振るう。



「魔力量測定――52,115。なるほどー、そういうことかぁ」



 しかし、その暴力はフィーネに命中する事なく空を切った。


 怪物の背面に回ったフィーネは何事かに納得した様子を見せている。


 怪物は攻撃した対象がまだ生きている事に気づき、全ての触腕で追撃を加える。


 だが、再び伸ばした触腕は少女の体に触れるよりも遥か手前で停止させられた。


 フィーネは身動きを封じられ静止する怪物を観察する。


「グチャグチャな魂だね、キミ。元は人間だったみたいだけど」


 怪物はフィーネの感知領域の外から突如現れた。


 無知性かのように思える外見に反し、転移に類する魔法を使用出来るらしい。


 現在彼女の感覚には一つの膨張した魂に喰われた無数の魂が認識されている。


 フィーネはアニエスと違い思念を読み取る能力を習得していない。だが、この怪物の全てが悲嘆と呪詛で構成されている事は理解出来た。


 その有り様を見て、彼女は大公と呼ばれた魔法使いが碑に遺した言葉を思い出した。


()()()()()使()()()()()()()()()()()()、か。そうなってまで死にたくなかったんだ」


 それは過去の洪水において自らの体が死にゆく前、周囲に在ったあらゆる命を喰らい、莫大な数の死者の魂すらも呑み込み続けた魔法使いの末路。


 今なお成長を続ける、星の生命を滅ぼし得る災害の権化だった。


 フィーネが計測した怪物の魔力は量にしてアニエスの二十倍近く。


 比較対象のアニエスも通常の人類と比べて遥かに強大な魔力を持っている。この怪物を人間の力で打倒する事は極めて困難だ。


 まして、魔法を知らず、数も少ない遺された人々には。


【―――――!!!】


 触腕が動かぬと本能で理解した怪物は口蓋を開き、瘴気めいた魔力を収縮させる。


 単なる魔力の放出動作。だが、これほど巨大なものであればその威力も異次元だ。


 フィーネは特にそれに構わず笑いながらぼやく。


「まったく、アニエスは。ボクを利用するなんてヒドいなぁ」


 怪物のおぞましい叫びと共に放たれた破滅の魔力。


 しかしそれも金色の少女に届く事無く掻き消えた。


 怪物の出現そのもの以外には何一つ驚いた様子を見せず、フィーネは愉快そうに呟いた。


「やっぱり冒険は楽しいね、アニエス。知らないことがあるのは、嬉しい」


 数日前、フィーネは星の未来に対して何もしないと発言した。


 仮にフィーネがこの怪物の存在に気づいていたとしても、自分達に関わり合いが無いと放置していただろう。


 しかし、“星の記憶(アストラル・メモリー)”に触れたアニエスはこの怪物から漏れ出て核へと還った魂を見つめる事で未来の災厄を察知し、これを排除しようとした。


 その方法は、何も知らぬ友人をけしかけるというもの。


 結果、理由はどうあれ怪物はフィーネを攻撃してしまった。


 それも、三度までも。


 少女は穏やかな声色で、全てを封じられた怪物に声をかける。


「死にたくない想いだけでそこまで大きくなれたのはすごいことだと思うよ。ボクとしてはそれ以外のなにもかもを失くしちゃったのが残念だけどね」


 一度目は赦す。

 二度目は阻む。

 三度目で裁定を下す。


 それが御子の定めた、友が関わらない状況での自衛の方針だった。


「キミからすれば先に手を出したのはボクの方なんだろうけど。まあ、キミも急に攻撃してきたし三回やったからおあいこってことで」


 見えざる戒めを受け微動だに出来ぬ怪物に対して。


「それじゃあ。キミと、キミが食べた魂の苦しみを終わりにしようか」


 宣告と共に、透き通った光を纏う御子がその真体を顕す。



「――――“原初回帰(アルマメント)・終焉星装(・ノヴァ)”」



 直後。誰にも知られず積まれ続けた怨嗟の魂が、閃光に呑まれ消滅を迎えた。


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