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第35話:そっとしておいて

 星の中枢から脱して海上に出て、アニエスとフィーネは何食わぬ顔で島へと戻った。


 滞在している町に戻った頃には昼下がりの時刻となっていたため、借り家には戻らずそのまま事前に場所を聞いていたレジェの自宅へと向かう。


「やっほー、レジェくん」


「よお、戻ったか。用事ってのは上手くいったのか?」


「ええ。思ったよりも遅くなってしまったけど。待たせたかしら?」


「別に構いやしねぇよ。それより、だ」


 レジェは来客の内、招いていない人物に呆れ気味の視線を向ける。


「なんでお前も来てんだよ、馬鹿リデル」


「だって……気になるから」


 事前に伝えられていなかったリデルの同行にレジェはアニエスとフィーネへ苦々しい表情を送ったが、問題は無いと思い直したらしく鼻を鳴らす。


「まあいい。どうせ俺が読める部分は昨日頂上で見た話の一部、もうお前も知っちまってる」


 三人は伝承者の家へと通される。族長やリデルが暮らしている家と比べて少し古いようだが、造りはほとんど同じだった。


 異なる点としては、他の家よりも小さな部屋が一つ分多い。その部屋の入口の前に立ち、レジェが説明を始める。


「この奥の部屋の床に石板は埋まっている。石板のことは基本的に俺たち一族と当代の族長しか知らない。うちは代々この場所に住んで家が古くなったら作り直してんだ」


「へえ、そうなんだ。それじゃあさっそく――」


「その前に」


 レジェは逸るフィーネを制した。


「石板を見せるのはいい。俺が読める部分は最初に会った時に大体話したし、俺が読めない部分をお前らが読めるか確かめるのも構わねえ。ただ、その前に……青色の。今朝、お前らに聞きたいことがあるって話はしたよな?」


「そうね。それで、あなたがしたい質問は?」


「尋ねたいことは腐るほどあるが……一番気になっているのは」


 レジェは自分の疑問を一言、端的に表した。


「お前ら、()()()()()()()()()()()


 同胞がした旅人への質問を、次期族長のリデルが窘める。


「レジェ。集会所でのお話を聞いてたんでしょ。お二人は海の向こうの陸から――」


「だから、それはどこにあんだって聞いてんだよ」


「どこって――……あっ」


 レジェの念押しにリデルも沈黙する。


 アニエスの異能はリデルもレジェと同様の疑問に至った事を感知した。


「前はこの島よりもデカい陸を旅してたって言ったよな。しかしそいつは一体どこにある? あの頂上にこびりついてた魔法使い曰く、この島以外の陸はほとんど沈んだって話だった。だったら海の中に陸があってお前らはそこから来たのか。それか」


 アニエスとフィーネはレジェの答えを待った。


 続く伝承者の少年の言葉は、確信を持って告げられる。


「―――空の向こう。違う(せかい)からやって来たのか、だ」


 それは問いというよりも確認のためのものだった。


 リデルは信じられないという様子でレジェの言葉を否定する。


「……なに言ってるの? 空から人が来るなんて、そんなばかなこと……ある、わけ……」


 すぐにリデルの語気は弱まった。アニエスもフィーネもレジェの言葉を否定しない。


 レジェは自身の推論を続けた。


「頂上の魔法使いは水が溢れた時に高いところへ逃げた。なら、魔法使いも普通は水の底では暮らせないってことだろ。それにこいつらの見た目や匂いは湖の生き物より俺たちに近い。水ん中で生きてきたとはとても思えねえ。なら、海ん中じゃなくて空の方だろ」


 頂上の魔法使いの記録に陸地はほぼ全てが沈んだとあり、外から来たはずの二人もそれを否定しなかった。ならば、この二人はどこから来たのかと問題になるのは自然だ。


 朝の時点でレジェの問いを予期していたアニエスは小さくため息をつく。


「ほとんどはあなたの想像通りよ」


「……!」

「……やっぱりか」


 星を渡る旅においてアニエスとフィーネは訪れた先で自分達が異星の出身であるという事を明言しない方針を持っている。


 しかし、二人も全ての星で徹底出来るとは考えていない。魔法が発達した天体であれば宇宙からの来訪者に気づく事はあり得るし、今回のように他の要因で露見する事も考えられる。


(アニエス、任せて平気?)


(ええ。聞かれるのはわかっていたし)


(そっか。だけど、やっぱり誤魔化すのも限界があるんじゃないかなぁ)


(……だからって全てを話すわけにもいかない)


(わかったよ。それについてはアニエスの好きにして)


(…………ありがとう)


 アニエスとフィーネの間で行われた内密の念話も短い。


 異星からの来訪者はおよそどの星においても異例中の異例。二人は何らかの形で現地の者に気づかれてしまった場合は、状況によって事後の振る舞いを変えると決めていた。


 この星においてどうするかはアニエスが示す事となる。とはいえ、現状二人の秘密に関わり合いになるのはレジェとリデルのみ。そして二人の追及もそう厳密ではない。


「お前ら二人は空の先からやって来た。つまり、よその陸どころかもっと別の世界で生まれ育った……それでいいんだな?」


「そうよ」


「頂上の魔法使いは自分達では空の彼方――宇宙って言うらしいな。そこへは行けないと言っていた。だが、お前らは違うわけだ。それはお前らが特別なだけか?」


「……ええ。正確には、私は含めないけど」


「そうか」


 アニエスの回答に、レジェはフィーネへ視線を送るだけに留めた。


 彼はフィーネの素性について既に一度アニエスに問うており、その際に答えを拒否されている。もう一度聞いたところで意味は無いと考えたのだろう。


 一方、リデルは聞かされた内容にただただ衝撃を受けていた。


「空の向こうから……人が……」


「隠しててごめんね。色々とめんどくさい事情があってさ」


「い、いえ……ただ、ちょっと驚いただけで……本当に、そんなことが……」


「俺たちからすれば島の外から人が来たってだけでも仰天だったからな。で、青いの。さらに俺がお前らのことを聞きまくったとして、お前は答えるか?」


「残念だけど、これ以上は」


「ならいいさ。あとのことは俺が面白おかしく想像して盛って後世に伝えてやるよ」


「あはは、もう伝承にする気満々なんだね」


「そりゃあそうだろ。なにせ本当の話だけで固めてもとても信じられねえ内容だぞ。伝承者の冥利に尽きるってもんだ」


 レジェはそう笑いながら、三人を石板が設置されているという部屋に通す。


 小さな物置のようなその場所の中央には人の腰ほどの高さの石が埋まっていた。


 形状については頂上の魔法使いが遺した碑とよく似ているが、大きさが異なっている。レジェは石を小突きながらアニエスとフィーネに確認を促した。


「こいつも魔法の道具ってことでいいのか?」


「そうね。作った手段は魔法で間違いないわ」


「刻んである文章が魔法で書かれたみたいだね。時間が経っても文字が消えにくくなる魔法と、文字を読めない人でも内容がわかる効果の魔法かな」


「なるほど。俺が読めるのはそのおかげってわけか」


 石板にはかつて島の頂上に暮らしていた魔法使いが島の住民を苦しめた事、それを救ったのは別の魔法使いである事、この話は伝承者の一族のみに継承し続けるようという願いが記されていた。


 つまり、石板に記された内容は集会所でレジェが語った内容の通りだった。


 アニエスは石板の裏に立つレジェに尋ねる。


「あなたに読めない部分があると聞いていたけど。それはどの辺りなの?」


「表に書かれていることなら俺たち一族にも読める。さっぱりわからんのは、こっち側だ」


 示された石板の裏側に回り、アニエスとフィーネは文面に目を通す。


「どうだ?」

「……読めるわね」

「本当か……!?」


「うん。同じ言葉だけどこっちには翻訳の魔法がかかってないね。昔沈んじゃったっていう国で使われてたものかな。ちゃんと意味がある内容だしボクたちの魔法でわかるよ」


「な、なんて書かれているんですか?」


 レジェとリデルの期待に満ちた視線を受けて、フィーネはアニエスに確認を取る。


「これ、二人に話していいのかな?」


「……書き出しからして、子孫に伝わる可能性も考えていると思う」


「じゃあいいか。えっとね――」


 伝承者に伝わる石板。その裏面に刻まれた文章。

 それは、伝承者の始祖が書き記した願いだった。



          ***



 ――――いつか。いつか、魔法を再び手に入れてしまった子孫へ。


 ここに記すのは、反対側には書けなかった秘密と、わたしの願い。


 わたしたちは頂上の魔法使いに運命を大きく歪められた。


 世界の滅亡に際して彼に命を救われ、そして使い潰された。


 わたしたちは彼に支配されていた。


 それを救ってくれたのは、あの魔法使いの子供である少年と少女だった。


 二人はわたしたちに何度も謝った。わたしたちも二人はなにも悪くないと何度も泣いた。


 二人は父である魔法使いを討ち、自分達も死んでしまった。


 二人の亡骸は頂上に埋めてあげたかったけど、魔法使いが遺した怪物がそれを阻んだ。


 哀しいけれど、将来わたしが入るお墓と一緒の場所に弔わせてもらった。


 魔法使いは何年もわたしたちを連れ戻そうとしなかった。


 みんな彼は死んだのだと安堵し、助けてくれただけでなく生きる知恵を与えてくれた二人に心から感謝した。


 その後、生き残ったわたしたちはこれから生活するための掟を一つだけ決めた。


 世界を終わらせ、わたしたちを苦しめたという魔法を子供たちには伝えない。


 わたしたちがなぜこの島で暮らしているのかも伝えない。生き残ったみんなでそう決めた。


 だけど、わたしにはそれが正しいことなのかわからない。みんなも同じだったと思う。けれど、わたしたちはもうこれ以上怖い思いをしたくなかった。


 わたしたちは昔のことをほとんど思い出せない。わたしたちを助けた二人は、魔法使いが使った魔法のせいだと悲しそうに話してくれた。


 二人は、わたしに少しだけ魔法を教えてくれた。時間が少なかったから、本当に少し。


 わたしは読み書きだけしか覚えられなかった。他の魔法はほとんど使えない。掟があるからいつか生まれる子供たちにも教えられない。


 二人がしてくれたことを留めておくことができない。それが悲しかった。


 長になった兄さんに相談した。二人のことを、わたしの一族にだけは伝えさせてほしいと。


 兄さんはわたしに伝承者の役目を任せてくれた。昔話をみんなに伝える役目だ。


 わたしはこの石板を作った。時間がかかったけど、二人の話は遺せた。


 最期に、わたしの願いを記す。



 いつか。いつか、魔法を再び手に入れてしまった子孫へ。

 どうか。どうか、みんなを苦しめる選択だけはしないで。


 もしも。もしも、これを読むあなたが外から来た人なら。

 どうか。どうか、島のみんなをそっとしておいて――――


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