第28話:蒼炎と星装
「危ないなぁ」
リデルとレジェに向けて放たれた殺意の塊たる矢を、フィーネは素手で掴んで受け止める。
彼女は手に取ったそれを軽く検分したのち、すぐさまへし折って捨てた。
「よくある魔力の矢だけど鏃に毒が付与されてるみたい。アニエスも手で直接触らないでね」
「フィーじゃないんだからそんな迂闊な真似はしない。来るわよ」
生命の気配を纏わずに、矢を放った者が姿を見せる。
庭の飾りの影から現れたその体は、やって来た四人の誰とも異なる形をしていた。
「ひ、人と角馬が合体してる……!?」
「こいつが頂上の怪物か……!」
現れた者はそう形容する他ない、馬の下半身とヒトの上半身を併せ持つ異形だった。
ヒトの上半身のように見えるそれも、腕の数が二対四本と異質である。
何よりも特徴的なのは、その体を構成する物質は有機物ではなく鈍く輝く金属質である事だ。
戸惑うリデルとレジェに対し、アニエスとフィーネはその正体を看破していた。
「これは生き物じゃない。誰かに造られた人形よ」
「ゴーレムだね。魔法使いがよく造るんだけど、これは戦闘用みたい」
二人が短く説明する間にも、新たな人馬の兵が音を立てずに近づく。
その数、前方からは四体。
個体ごとに構えている武器が弓や槍とそれぞれ違い、大盾を持ったものもいた。
ただし、通常の生物でない上に魔法の力が前提に存在する以上、見た目通りの能力だけとも限らない。
また、相性から生じる問題として、機械的に作動するタイプのゴーレムはアニエスの異能で読み取り可能な思考が存在しない。
よって、その分はフィーネの優れた知覚が補った。
「後ろからも二体回り込んで来てるね。全部で六体かな」
「了解。二人の障壁と後ろは私が受け持つ」
アニエスは即座にフィーネ以外の同行者に対して防護のための障壁魔法を展開した。
これで二人に持たせた魔法器の守りと併せ、誰かが突然殺される悲劇は確実に避けられる。
「オッケー。じゃあ前のはボクがやるね」
それを確認して、フィーネは気軽な返事で友人からの要求を請け負った。
彼女は周囲の状況や条件を考慮し破壊範囲を絞った攻撃を選択すると、眼前の敵を相手取るのに適切な速度で踏み込んで戦闘用の魔法を起動した。
「――“星装・光腕”」
その言葉と共に、フィーネの右腕に金色に輝く巨大な手甲が纏われた。
華奢な少女が振るった見た目にそぐわぬ剛拳は、人馬の番兵の上半身を一撃で粉砕する。
「次。“星装・光剣”」
続いて右腕を覆う手甲を巨大な光剣に変化させたフィーネは、人馬の体を縦横に叩き斬った。
ここまでリデルもレジェも、フィーネの動きどころか発声さえも認識する事が出来ていない。
それは倒された二体のゴーレムもまた同じであり、意思無き兵士はかつて設定された戦闘機能を実行する間も無く機能停止に陥った。
(残りは四つ)
気まぐれに攻撃方法を選びつつも正確無比に敵を倒すフィーネの動き出しを見てから、最後尾を務めるアニエスが杖の先端に蒼い光を纏わせる。
狙うは後方から回り込み、リデルとレジェに狙いをつけている二体のゴーレム。
魔力の輝きは瞬時に激しさを増し、荒れ狂う焔となった。
「“心火蒼炎”」
アニエスの杖から蒼い炎の奔流が噴出される。
炎は盾を構える人馬の身体を防御ごと撃ち抜き、活動不能にした。
しかし、壁の役割を果たした個体の背後から飛び出したもう一体は健在だ。
蒼炎が収まるのと入れ違いに、攻撃を受けなかったゴーレムの弓から魔力の矢が射出される。
それに対し、蒼い炎の魔女は魔力で障壁を作り出す。
難なく受け切れる威力と予想されたため、そのまま弓を構えるゴーレムに向けて炎の第二射を行おうとした瞬間。
「―――“星装・砲光”」
突如、二重の轟音と共に、アニエスに向け放たれた矢とゴーレム本体が破壊された。
アニエスが振り返ると、右腕に光の大剣を、左腕に光の大砲を構えた金色の少女が最後の人馬を十字に斬り伏せていた。
左腕はフィーネの後方に向けられており、先の砲撃は対象を見ずに行われたとわかる。
既に進路にいた他のゴーレムは全て修復不能なほどに壊されていた。
フィーネはアニエスが一体の敵を破壊する間に残る五体を一人で撃破しており、友人が万が一にでも傷を負う可能性の排除までやってのけたのだ。
「はい、おしまい」
あまりの事態に唖然としていたリデルとレジェをよそに、当人であるフィーネは魔法の武装を解除し、息も乱さず日常と同じ調子で喋る。
「あ、ごめん。一体くらい残しておいた方がよかったかな?」
「機能停止にしておかないとリデルとレジェが攻撃されていたわ。今の動きからしてこいつらの創造主は明らかに町の人達を敵視しているし、残骸があれば十分よ」
「じゃあいっか。二人とも、怪我は無い?」
「は、はい……わたしは大丈夫、です……」
呆気に取られながらも無事を伝えるリデル。
一方、レジェはたじろぎつつも、アニエスに疑問を投げかける。
「お前ら……何者なんだ……?」
「昨晩あなたが言った通り、魔法使いよ。私はね」
「じゃあ、あっちの金色のは?」
「…………」
レジェの思考は二人の旅人が見せた力に対する驚異と、同時に伝承者として事の次第を記憶するという二点に集約されていた。
それを己の異能で認識していたアニエスは。
「……教えてあげない」
普段と異なる妙に子供っぽい口調で、突っぱねるだけだった。
アニエスの返答にレジェは微妙に納得のいかなさそうな表情を浮かべたものの、それ以上は追及しない。どうせ答えないと確信があったのだろう。
他に敵意のあるものが近くにいない事を確認したのち、四人は庭を進む。




