第27話:頂上へ
なだらかな草原を浮いた状態で進行するバギーだったが、徐々に地形の傾斜が大きくなってきた。
同時に、先ほどリデルが言っていた通りこれまでの草原ではあまり見られなかった背の高い樹木が多くなる。
町を出発してからバギーでの移動も一時間ほど経ち、会話が途切れがちになった頃。
「ねえ、リデルちゃん」
バギーの駆動音とやや遠めのユニコーンの蹄の音だけが響く中、フィーネが重くも軽くもない口調で隣の席に座るリデルに話しかけた。
後ろの荷物置きでリデルが持ってきた果実を齧っていた二人も自然とそちらを向く。
「どうして一緒についてこようと思ったの? みんなにとっては危ない場所なのに」
出発前にフィーネが興味を示していたため、リデルもある程度予感はしていたようだ。
彼女は軽く息を吸って自分の考えをはっきりと述べる。
「……レジェが死んじゃうかもしれないのなら、わたしも行かないとと思って……。その、さっき魔法を見せてもらって、大丈夫そうな気もしてきたんですけど……」
リデルの答えは重要な前提が足りていない。そう感じたフィーネは質問を重ねる。
「レジェくんが危ないならリデルちゃんも一緒じゃないとダメってこと? どうして?」
「えっと、それは……」
「俺とそいつがあと四年したら夫婦になる予定だからだよ。一緒に死ぬ意味はねえけどな」
言い淀んでいたリデルに対し、レジェはあっさりと結論を口にした。
「れ、レジェっ」
「別に隠すことでもねえだろ。ジジイに聞けばわかる話だ」
ここまでの事情はリデルの思考からとうに察知していたアニエスは、何も言わない。
昨夜、直接聞けと言われた通りフィーネはそのまま本人達に尋ねる事にした。
「それって自分たちで決めたの?」
「いいや。決めたのは俺たちの親だな。もう全員死んでる」
あっさりとそう口にするレジェ。
この島では血筋を調整する意味合いから基本的に夫婦となる男女は一族の総意で決定するという。
あまりにも仲が悪いなど当人から拒絶があった場合は再考する事もあるらしいが、それも珍しい事で大概の住民は子孫を残す相手が誰であれ気にしない。
リデルの両親とレジェの両親は仲が良く、お互いの子供が男女であれば夫婦としようと話し合っていたらしい。
だが、彼らは二人が幼い頃に隣町で行われる会合への道中、土砂崩れに巻き込まれて死亡した。
島では数少ない早世の要因で、当時の住民の嘆きも大きかったそうだ。
「なるほどー、この島ではそんな感じで決めるんだねー」
「その口ぶりだとお前らの故郷ではつがいになる相手は自分で選ぶのか?」
「必ずそうというわけではないけどね。立場によってはどんな相手だろうと断れない人もいたから、私達の故郷の方が酷いかもしれないわ」
「へえ。で、お前らの予定は? 俺たちよりも年上なんだろ?」
「あはは、そういう予定があるんだったらこんな風に二人で旅はしてないかな?」
フィーネの言った通り自分には縁遠い話だと感じていたアニエス。個人的な事情に深入りするのも好まないため他の興味の対象について聞く。
「先代の伝承者はレジェのお母さんなのよね。早くに亡くなって伝承はどうしたの?」
「お袋の先代……俺のじいちゃんは去年まで生きてたから色々と教わったんだ。それに家にある石板を読めば重要な話はわかるからな。最悪今日俺が死んだとしても伝承は途切れない」
「石板? 町に文字が残っているの?」
「ああ。読んでいいのは伝承者になるやつだけって決まりだけどな。書かれている字は俺たちが使う印とは違うもんだが、なぜか知らんがほとんどの部分は読める。お前らに会って確信したが、たぶんアレも魔法の一種なんだろうな」
アニエスはレジェの記憶までは読み取っていない。
彼女の異能も平時は周囲の人物がその時考えている事を読み取る程度のもので、意識して聞き分けようとしない限りはそれらも雑音同然でしかない。
今聞いた内容は初めて知った情報だった。
リデルの記憶では記号程度しか用いていない島民が魔法で作られた文字を伝承している。アニエスにとっては非常に興味をそそる内容だ。
それが顔に出ていたのか、レジェが笑う。
「興味ありそうなツラだな?」
「ふふ、バレてるよアニエスー」
「…………」
「今日の結果次第でお前らにも見せてやるよ。俺が読めない部分の内容も知りたいしな」
早朝の出発から時間が過ぎ日もだいぶ高い位置に昇りつつある中、バギーは急勾配の地形を浮いたまま進み続けた。
樹木が茂っており道など無く、障害物を避けるために直線距離を最短で進むよりずいぶんと時間がかかっている。
「角馬がついてこなくなったな」
「……あの子たちも頂上には行かないんだよね」
レジェとリデルの会話の通り、ユニコーン達は追走をやめていた。
「ユニコーンはその気になれば身体能力の強化以外にも魔法を使える生き物よ。頂上が魔法使いの拠点だったとわかっているから本能的に避けているんでしょうね」
「アニエスが威嚇してたのも結構あると思うけどねー。まあ、それはいいとして。みんな、そろそろ頂上に着きそうだよ」
フィーネの言葉の少し後、頂上への道のりも終わりを迎えた。
バギーは坂を上り切り、開けた場所へと躍り出る。
正真正銘、島の最も高いその場所に。魔法使いの遺物が佇んでいた。
経過している年月では遺跡と言っても差し支えないはずだが、その全容に大きな劣化は見られない。リデル達が暮らす町の建築様式とそう違わない形状の大きな屋敷。
目立って異なるのは大きな門と招かざる客を拒む塀に囲まれている事と、その内側に屋敷そのものよりも広い庭園を持っている事だった。
「……あの門の先に進もうとすると、怪物に襲われるらしい。族長のジジイは若い頃この手前で待っていたから帰ってくることができたんだ」
「おじいが来た時は……他の人たちが入って少しして、みんなの悲鳴が聞こえたって……」
「大丈夫。ボクたちがいるから、そんなことにはならないよ」
四人はバギーを降り、前方の屋敷を見やる。
アニエスがバギーを元の箱に収納しつつ、フィーネに指示を出した。
「フィー。念のため、周辺の探知を。私も感知の範囲を広げてみるから」
「うん。任せて」
昨日よりも精度を上げた状態で周辺の魔力状況を調べるフィーネ。魔法を使ったその身は淡い金色の光に包まれた。
「うおっ……お前、なんか光ってねーか……?」
「魔法使うとこうなっちゃうんだよねー。ちょっと目立つんだけどいちいち隠すのも面倒だから大目に見てね」
「綺麗……」
初見の二人が感想を口にしてすぐ、フィーネの調査も終了した。彼女は端的に結論を述べる。
「やっぱりこのアトリエ自体はまだ生きてるね。アニエス、そっちはどう?」
「今のところ私の感覚には何も引っかからない」
「うーん。となると一応注意はしておいた方がよさそうかな?」
「どういうことだ?」
「簡単に言えば、畑に作物が生っているのに収穫している人間がいるのかどうかが判らないという状況よ。隠れているのかもしれないし、畑が無事なだけで主はもういない可能性もある」
「ここに誰かいるかもしれないってことですか……!?」
「かもしれないってだけだよ。ここの魔法は動いてはいても手が入ってない。町のみんなは魔法使いを見たことないわけだし、アニエスが言ったみたいに場所だけ残ってるのかもね」
「今のところ私とフィーでどうにかなりそうという所感よ。ただし、二人の安全を考えると用心するに越した事はないわ」
「というわけで、はいこれ」
フィーネからリデルとレジェに金色の卵型の魔法器が渡された。
「なんでしょうこれ……? わっ、手にくっついて離れないっ?」
「落としたら大変だからね。ボクたちがいいよって言うまでは二人の体から離れないようになってるんだ。首とかその辺に動かして。そうそう、そんな感じ」
「それには私とフィーの魔法が込めてある。あなた達を守るための魔法と、いざとなったらあなた達を町まで逃がす魔法の二つが入っているわ」
「おいおいそれはナシだろ! ここを調べるなら俺を同行させるって条件だったはずだ!」
「魔法であなた達を退避させた場合は私達もその日の調査は打ち切る。後日もう一度挑戦するかどうかはその時に考えるけど、護衛をしながらの探索が不可能だと判断した場合はその時点でこの遺跡からは手を引くつもりよ」
「……お前らでも無理なことがあるのか?」
「それをこれから確かめるんだよ。さあ、行こう」
フィーネが最前に立ち、リデルとレジェがその後ろ、最後にアニエスが並ぶ。
アニエスは既に帽子から杖を取り出して魔法を待機状態にさせており、フィーネもまた何が起きても対応出来るように自身の状態を整えた。
「開けるよ」
施錠されていない鉄の門をフィーネが押すと、歪に軋む音を立てながら開いていった。
四人が屋敷の門をくぐると、手入れが一切されていない庭園が視界に入る。
直後。大きな物音と共に、後方の門が独りでに閉ざされた。
「ひっ……!?」
「……閉じ込められたのか?」
「大丈夫。いざとなったら扉を壊せるし、飛べば逃げられるよ」
「……仮にも遺跡なんだから破壊は避けて」
最後尾のアニエスが確認すると、扉は魔法で開閉が防止されていた。
フィーネが言った通りその気になれば破壊は可能だが、調査が目的のため一旦その選択肢を取らずに先へ進む。
辺りを警戒しながら歩き、四人は門と屋敷のちょうど中間の地点に立った。
「何も来ませんね……?」
「確かに周囲に生き物がいる気配はしない。でも油断はしないで」
その瞬間。
風を切る音と共に、一行の側面から巨大な矢が飛来した。




