第26話:マークⅢ、発進
町を出て幾らか傾斜のある草原をしばらく西へ進んだところで、アニエスとフィーネはリデルに魔法について説明する。
概要を話した後は論より証拠という事で、実際に二人が何通りかの魔法を実演して見せた。
アニエスは空中に炎や水を出してそれを自由に動かし、フィーネは光の翼で鳥よりも自由に舞う様を披露する。
「魔法使いは空まで飛べるのか……」
「こういう飛び方をできる人は限られるけどね。私だとフィーほど自在には飛べないわ」
先んじて魔法という存在を知っていたレジェも実際に目にして驚きを隠せない様子で、事前情報が無いに等しかったリデルはほとんど放心していた。
フィーネはもう少し何か補足した方がよいかと思案し尋ねる。
「まだピンとこないかな?」
「いえ……こういうことができないと、島の外からは来れないんだろうなと……」
昨夜、二人の旅人は島民には無い力を持っている事をフィーネが腕力という形では示していた。
それがあったからかリデルは驚きつつも何とか状況を飲み込もうとしているようだ。
これなら問題は無いと判断したフィーネは、他に気になった事を問う。
「そういえばレジェくん。町の人に魔法の話はしちゃダメなんじゃなかったっけ? いいの?」
「リデルに話したのはお前らだ。それに俺が知っている伝承は伝えてないだろ」
「あはは、ずるいなー」
レジェが魔法の存在を知っていて自分には伝えていなかったという点にリデルは若干不服そうな様子を見せたが、伝承者としての役割に準じた行動のためか非難はしなかった。
「まあ、そんなわけで魔法は色々できるんだけどね。今から頂上への移動も便利な道具を使って楽しちゃうよ。ささ、アニエス。出しちゃって!」
「そう急かさないで」
アニエスは懐から取り出した指の先ほどの箱を開け、その中身を地面に置く。
「“解放”」
短く呪文を唱えると、魔法によって縮小されていたそれが本来の大きさに戻る。
リデルとレジェが初めて見る、生き物ではない大きな道具だった。
「これは……なんですか?」
「スーパーバギーくんマークⅢだよ! アニエスが作ってボクが名前をつけたんだ」
「……だっせえ名前。見た目はいいのに音がひでえ」
「気が合うわね。名前は私も酷いと思ってる」
「ヒドい。裏切られた」
「先に裏切って勝手に名前つけた挙句に言い触らしたのはフィーでしょ」
アニエスが持ち出したのは名称の通りバギーと呼ばれる種類の四輪駆動車だ。
二人の故郷では長距離の移動では動物に騎乗する方法が主流だったが、魔法技術によってこういった乗り物も開発されており、ある程度は一般に用いられるようになっていた。
この機体は魔力を動力源として稼働する。舗装されていない土地を難なく走破出来る性能を持っており、状況によっては燃費を非常に悪くする代わりに飛行による移動すら可能だ。
設計者は他ならぬアニエスであり彼女は何よりも、こうした魔法の道具、魔法器の作成を得手としていた。
「マークなんちゃらってのは三番目ってことか? 一番と二番はどうした」
「色々あって壊れちゃったんだよねー」
「試作だった一号機はフィーが崖に突っ込む事故を起こしてバラバラにしたから」
「なんでその崖に突っ込んだやつが生きてんだよ……」
「ボクの方が丈夫だからかな? ちなみにマークⅡを壊したのはアニエスだよ」
「……あれは必要な犠牲だったのよ。あの時はああするしかなかったわ」
「おい。これ、お前らが動かすんだよな? 本当に任せて大丈夫か?」
「れ、レジェ……失礼だよ……」
このバギーは基本的に二人乗りのため運転するフィーネの横の席にリデルが、そしてアニエスとレジェは座席後部にある荷台に乗る事となった。
後方二人の乗り心地は荷物席相応だが、座席との間に仕切りは無いので会話に支障は無い。
「島の植物を踏み荒らすのも悪いよね。アニエス、浮かせてもいい?」
「フィーの魔力でやるなら好きにして」
「やった。こういう時くらいはちゃんと動かしてあげないとねー」
アニエスの了解を取ったフィーネがバギーへと魔力を注ぐと、車体は金色の光の膜のようなものに覆われて地面から浮上した。
特に変形などはせず、元から搭載されている機能を操縦者の魔力で発揮させている状態だ。
「すごい……ほんとうに浮いてる……」
「……なんでもありだな」
「いい表現ね。魔法っていうのはそういうものなのよ」
「それじゃ、発進するよー」
三人の懸念に反し、フィーネは丁寧な操縦をした。
もともと今のバギーは接地していないので振動の類は発生しようも無いのだが、それでも進路上に障害物は多数ある。
速度はそこそこに、それでいて急に曲がったりといった荒い挙動も行わない。
人を乗せて事故を起こす心配は無さそうだと安堵したアニエスに周囲の状況に目を向ける余裕が出来る。
風景に交じっているあるものに対して若干の威圧を行いつつ、それよりも隣に座るレジェが手元で弄んでいる鈍い黄金色のナイフのようなものが気になった。
「それ、ユニコーンの角かしら?」
「おお、だいぶ削ってあるのによくわかったな」
金属に近い光沢を持ったそれはユニコーンの角を加工した道具だった。
元の生物の魔力が強いため、加工に魔法が用いられていないにも関わらずそれなりの魔力が込められている。
「石より丈夫なのでもう少し先に進んだところにたくさん生えている木を加工したり、わたしたちや羊の毛を切るのに便利なんです」
「硬過ぎてこの角を削るのに別の角を使うのは冗談みてーだけどな。草原で死んでる角馬がいたらそいつらから取らせてもらってんだ。年に何本かは見つかるな」
「なるほど……少し見せてもらってもいい?」
「ああ、好きにしろ」
レジェから角のナイフを渡され、アニエスは検分する。
彼女もこの島を訪れるまで生きたユニコーンを見た事は無く、故国ではかつて狩られた個体の素材も非常に希少であり、ここまで高い品質の物は初見だった。
「お前らには必要無さそうだがこいつは種火を起こすのにも役に立つ。角馬さまさまだ」
「……その使い道を聞いたら魔法使いは卒倒しかねないわね」
「よそでは珍しいのか? 若い女のケツを追い回すようなしょーもねえ連中だろ」
「あはは。今も後ろからついてきてるよねー」
バギーの少し後方にはユニコーンの群れが蹄の音を立てながら走っていた。
荷台に乗るアニエスが常に臨戦態勢に近い魔力と威圧感を発する事で、魔法と敵意を感知する能力を持つ魔獣達は常に一定以上の距離を取ってはいたが、その存在感はなかなか無視出来るものではない。
「なんか知らんけどお前ら二人はやけにモテてるな。あいつらに好かれる女にはささやかな幸運が訪れるって伝承がある、よかったじゃんか」
「良くないわよ。ささやかじゃ不快さと釣り合いが取れない」
「えっと……心中お察しします……」




