第18話:族長命令
「アニエスさん、フィーネさん! レジェは失礼なことをしませんでしたか……!?」
「あはは。心配性だなぁ、リデルちゃんは」
「大丈夫よ。お互いの情報を交換しただけだから」
密かな話し合いを終えたアニエスとフィーネ、レジェの三人は何事も無かったかのように集会所へと戻った。
先ほどまで集まっていた面々はまばらに帰宅し始めており、入れ違いになった者達は口々にアニエスとフィーネに好意的な言葉を残して帰ってゆく。
そんな中、リデル以外に三人を待っていた者が一人。
「戻られましたか」
二人の旅人からの申し出に長らく考え込んでいた族長が、何かを決めた表情でやって来た。
「……お答えを急ぐつもりはありません。お気持ちが定まらないなら、後日でも」
「いえ。今ご回答させていただきますとも」
アニエスの言葉に対し、族長は至って自然な様子で答えを口にする。
「お二人が頂上を調べたいとおっしゃるなら、我々がそれを止める謂れはありません。どうぞ気の向くまま、心ゆくまでお調べになっていただきたい」
「おじい!」
穏やかにそう言い切った族長を、リデルは死地に向かわせるも同然という声色で非難する。
そんな孫娘を、老翁は手をかざすだけで柔らかに制した。
「無論、危険なので気が変わったならば立ち入らずとも結構です。いやぁ、我々としても頂上の古い建物が何なのかはずぅっと気になっておりますからなぁ。昔話に曰く、我が一族がこの島に暮らし始めた頃……六百年前にはあったらしいのですが。なあ、レジェ」
「そうだな。頂上の存在はこの島に暮らす俺たちとは切っても切り離せない。あそこに何があるかはわからないが、良くも悪くも縁深い何かがあったはずだ」
レジェは伝承者として、住民に伝えている内容分のみの肯定をした。
その上で、先ほどアニエスとフィーネに話をつけた事を報せる。
「さて。ちょうどいいからジジイの意見が変わらない内に伝えておくぞ。この二人が頂上に行く時は俺もついていくからな」
「ええっ!?」
リデルと族長の二人が同じように驚く。
少女は当然として老翁も予想外だったらしい。
「一緒にいる間はボクたちがしっかり護衛するからね」
「もし調査中に危険が迫った場合は、速やかに離脱出来るよう下準備しますのでご安心を」
調査に自分を同伴させる。それがレジェの出した頂上を調査させるための条件だった。
族長からは許可が下りそうであったためレジェの許可が必要だったかは曖昧だが、アニエスとフィーネとしても伝承者の立ち位置から反対されるのは避けたかった。
また、この島で最も事情に詳しい同行者の存在は助けになると考えての事で、利害の一致もある。
「伝承者の俺が頂上のことを他人任せにするわけにはいかねえだろ」
「いやいやいや。どこともわからぬ遠くからこの島までやってきて、力自慢より力があるらしいその乙女たちならともかく、貧弱なお前さんがついていってどうするのかね」
「余計なお世話だジジイ。ついていくのは伝承者として事の成り行きを見届けるためだ」
「いやしかしだなぁ。お前さんまだ子供も作らん内からそんな無茶をしては、亡くなった爺さんやお袋さんにぶっ叩かれるぞい?」
「死んでんだから関係ねえよ。第一、じいちゃんとお袋が生きてたとして今の状況をぼけっと見過ごしてみろ。一生メシ抜きにされるに決まってる」
「うーむぅ、確かにやりそう。伝承者は代々みーんなそうなんだよなぁ……」
言い合いにすらなっていないやり取りがレジェと族長とで行われている間。
一人の少女の胸の内で小さく、そして強い決意が成された事にアニエスだけが気づいた。
他でもないその人物、リデルが口を開く。
「レジェが行くなら、わたしもついていきます」
一瞬何を言っているのか理解しかねたレジェと族長が停止した。
すぐにレジェが立ち直り、彼から見て愚かな提案をしたリデルを否定する。
「なに言ってんだ馬鹿リデル。頂上だぞ? 次の族長のお前が来てどうすんだ。一人立ち会えばいいんだから伝承者の俺が行けば十分なんだよ」
「わたしも、行きます」
「俺の話聞いてたか? お前は来てもしょうがねえんだよ」
「関係ありません。族長命令です」
「お前はまだ族長じゃねえだろ!?」
リデルは頑なだった。レジェは心底嫌そうな顔をして現・族長を見る。
「おいジジイ、どうすんだよ。あんたの孫だろ、なんとかしてくれ」
「ムキになったリデルがじじの言うこと聞いてくれたことなんてないしムリ……」
「あんた仮にも長だろーが! しっかりしろ! さっき偉そうに喋ってたくせに!」
そのやり取りを見てフィーネは面白そうに笑い、アニエスが咳払いをした。
「調査にレジェだけでなくリデルも同行するとしても、護衛は可能だと思います」
「うん、約束するよ。たとえ頂上にこの島を滅ぼすような怪物がいたとしても、絶対に二人は傷つけさせないって」
そう請け負った二人の旅人に、島の少女は深く頭を下げる。
それを見て、伝承者の少年は実に不服そうにため息をついた。




