第16話:大丈夫な理由
フィーネの要望を受け、町で一番腕力があると推薦された青年が中央の机前へとやって来る。
彼は突然の呼び出しと客人の提案に戸惑っていた。
「なあ、本当にやるのか?」
「うん。最初から本気出してもらっていいよ」
「女の子相手に気乗りしないんだがなぁ……」
青年はそう言いながらも客人の頼みだからと机につき、既に準備が完了しているフィーネと腕を組む。
相手の腕を机につければ勝ちという、至って単純な力比べだ。
机の上で腕を組んだフィーネと青年の横にリデルが立つ。
「では、わたしが立ち会わせていただきます。お二人とも、準備はいいですか?」
「いつでもいいよー」
「こっちも」
「では、始めっ!」
魔人と呼ばれる種族の定義は、魔法による変化が生じた人型の生命というものであり非常に大きな括りとなっている。
よって、その能力が通常のヒトと比べてどう異なるかは種族や個体によって変わるのだが、多くの種族において身体能力の平均が高い傾向にある。
本人達は知らぬ事だがこの島の一族もそれは同様であり、彼らの体はアニエスが属すこの世界の通常のヒトと比べてかなり強靭なものだった。
しかし、それもあくまで純粋な肉体の強度の話でしかない。
「ふッ……! ……ん? ぬぉぉぉ……っ!!」
勝負を開始して、数十秒。両者の腕は動かない。
強いて変化を述べるなら青年の腕が常に痙攣しているのだが、勝ち負けに繋がる進展は無い。
見かねて、近くで観戦していた青年の友人らしき若者が注意する。
「なにやってんだお前。女子相手だからってふざけて手を抜くなよ」
「ち、違う! ほんとに動かねえんだよ!」
「はあ?」
「ちょうどいいや。そっちの人もちょっと本気で押してみて」
「はっはっは、お客さんおもしろいね。じゃあ遠慮なく――……あれぇ? な、なんか動かないんだけど……」
「だから言っただろ! 押しても引いてもダメなんだよ!」
その後、数名が代わる代わるフィーネの腕を倒そうとしてみるが、彼女は涼しい顔で微動すらさせない。
勝負を受けた青年がわざとやっているわけではないのだと、周囲の全員が理解した。
それを待ってから、フィーネはゆっくりと、実に呆気無く青年の腕を倒してしまう。
勝負を傍で見ていたリデルは青年と同じくらい困惑していた。
「ど、どうして、こんな細い腕でびくともしなかったんでしょう……?」
「さーて、どうしてでしょう?」
「ただの腕力よ。この子は、ちょっと常識外れに体が強いから」
「言いかたー」
「す、すごいですね……まさか、アニエスさんも同じくらいの力持ちなんですか……?」
「いいえ、馬鹿力なのはフィーだけ」
「言いかたー」
「……多分だけど、私の身体能力はリデルより低いと思う」
「物は言いようだねー」
アニエスはフィーネを軽く睨みつつ、思念で苦情を送る。
(また目立つような真似を……)
(いいじゃない、魔法は使ってないんだし。大丈夫だよ、みんなもボクたちは別の種族ってわかってるからそういう生き物なんだなって思うでしょ)
(……だといいけどね)
内々のやり取りを切り上げ、フィーネは族長に先ほどの話の続きをする。
「そんなわけで族長さん。ボクたちはちょっとやそっとの怪物なら大丈夫なんだけど、頂上の見学に行ってもいいかな?」
「……この町や他の町に住むみなさんに拒否する理由があれば、私達は手を引きます。ですが、もしそういった事情が無いのであれば、私達の安全についてはどうかお気になさらず。フィーネほどではありませんが、私にもそれなりの自衛手段はありますので」
フィーネの申し出、そしてアニエスの補足を受けて族長の老翁は考え込む。
面映ゆいという理由で一時的に異能を封じている今のアニエスに彼の思考は読めないが、かつて同じような勇み足で頂上に向かった仲間の事を想っているのだろう。
「……少しだけお時間をいただいてもよろしいですかな」
「もちろんです。みなさんの許可をいただかない限り、私達も頂上には近づきません」
族長が再び隅に移動し、物思いに耽り出す。
周囲の住民達は客人が見せた驚くべき特技の話題で持ち切りであり、彼らにとっての就寝時間はもうすぐにもかかわらず、集会所は今日一番の盛り上がりを見せる。
「おい」
そんな中、アニエスとフィーネが待つ机に一人の少年が近づいてきた。
彼が浮かべるのは、善良なこの島の住民にはそぐわぬ強い懐疑の表情。
少年は、アニエスとフィーネにだけ聞こえるように小声で問い質した。
「――お前ら、魔法使いか?」




