第12話:不自然な果実
やがて、二人は主に食料にするための作物を育てているという畑の区画に案内された。
「誰もいないね」
「今日は水やりも収穫も済んじゃったみたいですね……えっと、人はいないんですが果物はたくさんあるので、お一ついかがでしょう?」
リデルは手近な果実の生る木から桃色の丸く硬い実をもぎ、半分に割って二人に差し出す。
「この木の実はなんていうの?」
「わたしたちはメーピーと呼んでます。とても甘いです」
「へぇー、見た目からして甘そうだね。ん――あまっ」
思いの外に濃厚だったのか、どこか間の抜けた反応をするフィーネ。
そんなフィーネが何も警告をしてこないという事で、人間の体に合わないものが含まれているわけでもないと判断し、アニエスもリデルから受け取った果物を口にする。
「……あまい」
味は、友人の感想から想像した三倍ほど甘かった。
***
もらった果物をちびちびと齧りながら、畑で育ているものや日頃食べている物について説明を受けるアニエスとフィーネ。
ユニコーンを食べる食べないの話をした際にも言っていた通り、この島に暮らす者達は動物を一切口にしない。また、本人達は全くその必要性を感じていないようだった。
では何を食べているかと言えば、ここで育てている果物や周囲に群生している果実、それから少ないが育てた麦のような植物を挽いた粉で作るパンに似た加工食品で過ごしているという。
「それでお腹いっぱいになるの?」
「はい。わたしはメーピーを三個食べればお腹いっぱいです。……お二人はもう少し食べられますか? いっぱいあるので足りなかったら遠慮しないでくださいね」
「ありがとう。ボクたちのことは気にしないで大丈夫だよ」
通常の人型の生命体であればこれだけでは栄養失調に陥りそうなものだが、リデルの一族で未だかつてそれらしい症状は出ていないらしい。
それを聞いたアニエスは口にした果実を味わいながら口内で魔法を用い成分を分析した。
その結果は、ただやたら甘いだけで栄養価は普通の果物というものだった。
これらを踏まえ、アニエスの思考は続く。
(……生き物として、燃費が良過ぎる。自分達で魔法を使っているならともかく、精霊でもない魔人が魔法無しのこの生活様式で、世代を跨ぐだけの時間この島で栄えているなんて。それに、ここの一族の寿命は――)
町の外でリデルが採っていた林檎のような実と同じく、栽培される植物には麦らしき穂などアニエスとフィーネが故郷の星で馴染のあった品種に似たものも幾つかある。
しかし、形状や色合いの差違以外に、二人が認識する通常種のそれらと比べ決定的な違いがあった。
果実を咀嚼し終えたアニエスがようやくまともに口を開く。
「リデル。さっき今日の収穫は終わったって言っていたけど、その作業はどれくらいの頻度で行っているの?」
「普段ですか? 雨の日以外は毎日必要な分を採ってます」
「それはつまり、この実は毎日生えてくるのね?」
「そうです。……あの、なにかおかしいですか?」
「いいえ、おかしくなんてないわ。他にも聞きたい事があるんだけど――」
さらに。
育てている作物の世話についてリデルに詳しく話を聞くと、日頃水をやる程度でその他にはほとんど手間が要らない品種だと判明した。
リデルの回答を聞いたアニエスとフィーネは、魔法を用い思念で会話をする。
(さっきリデルちゃんが採ってた果物もそうだけど、これも魔法で改良されてるね。実を作るのが早いだけでそれ以外は普通の木だし、自然に魔力を吸って変化した感じじゃないよ)
(……さすがに島の人に都合が良過ぎるわね)
(うん。別に魔法で品種改良された植物なんて珍しくないけど、この島だとおかしいね)
誰も魔法が使えないはずの島で、魔法によって品種改良を施された植物。
――そして、この島には何者かの魔法の痕跡が遺されている。