上巻 第2章5部 喜悦
上巻 第2章5部 喜悦
僕はやっと周りが見れるようになった気がする。彼女の想いに気づいた僕は、愚か
にもそう思っていた。あの日から僕の毎日は変わった。彼女に対する魅力が全て好
感に変わった様に彼女へと思いはより強固なものに変わった。今までの分も取り戻
さなければ。時間が経って冷めてしまったものでも温まれば美味しくなるはずだ。
「おい。大丈夫か?」
声をかけたのは先輩だった。海じゃないのか。
「お前最近ボーッとし過ぎじゃないのか?」
先輩は心配そうに僕を見つめる。
「わかった。さては家賃が足りなくなったか」
「いえ、足りてます」
「じゃあ夏バテか」
「いえ、水飲んでます。休んでもいます」
二人に少し沈黙が流れる。先輩はスポーツドリンクを一口飲んだ。
「じゃあ女だな。」
僕は少し黙ってしまった。今までなんでも話してきたのに、いざとなると気が重い
というかなんというか…
「上手くいったんだな」
とても上手くいったと思う。未だに海が僕の彼女になった事が信じられなかった。
最近サッカーの回数が減った気がする。先輩がまだ本調子でなかったのも、夏の暑
さともあって、海浜工場FCはだらけ気味だ。
「もしもし?」
「あっ、おはよう証士くん」
会社が休みの日はこうやって朝電話する。
そして気まぐれでどこに行くかを決めた。
「じゃあ、小田急線の旅しよう!」
そして彼女はだいだいおかしな提案をする。
「新宿がゴールで途中にあるテキトーな駅で下りるの。」
「今から?」
「そう。でね、お散歩して写真たくさん撮るの」
今は午前8時だった。そこそこ時間はある。
「じゃあ9時に集合!」
ツーツーツーという音とともに、僕の大忙しな準備が始まった。適当にご飯を食
べ、「下町の古着屋巡り」で彼女と両手が引きちぎれるくらい買った服から良い物
を選び着て、テレビで天気予報を確認してから外に出た。
気持ちが熱くなっているから体が暑いのか、体が暑くなってるから気持ちが熱いのか。
少なからず今までにない程にやる気があるのは間違いない。
駅前のツリーの木陰では、半袖の彼女が待っていた。
「ごめん、待たせたねー…」
ふと彼女を見ると、眩すぎて一瞬目を背けてしまった。
「何か変だった?」
彼女はほっぺを膨らませるなんてわかりやすい怒り方をする人ではなく、ただ一瞬
の隙を突いてくるように鋭く、怖い感じの人だった。
「いや、その…」
「何よ。肌色が目に眩しかった?」
「あっ…はい」
「……変態。」
そう言って彼女は僕に軽く微笑み、ホームに向かっていった。
「あっ、ちょっとまってよ」は彼女に通用しない。
速足で追いつき、息切れの僕に彼女は腕を絡めてくる。
「空白の分を温めてくれるんでしょ?」
「うん」
「あっ、電車きちゃった」
せっかくいい感じだったのに…
僕らは腕を離して電車に飛び乗った。
『駆け込み乗車はおやめ下さい…』
「…怒られちゃったね」
僕らは少し決まりが悪そうに笑った。
「あっ、そうだ。駅名から性格を想像するゲームしない?意外と楽しいんだよ!」
そんなゲーム聞いたことがない。でも彼女と話ができるならなんでもよかった。
「いいけど…どうやるの?」
「えーっとね…なんて説明しようかな…」
『次は相模大野~相模大野~』
「あっ!ちょうど良かった。相模大野さんって聞いてどんな人かイメージするの」
「ふーん…」
「ねっ?簡単でしょ?」
「まぁ、やってみようか」