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この物語はフィクションですか?   作者: アーモンド
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上巻 第1章2部 リアリスティック

上巻 第1章2部 リアリスティック


こんなにも三月は暑いのか、そして、なんてテンションなんだ。日曜日だっていう

のに、おっさん達は大声をあげて、スライディングをして、タックルをしてと、サッ

カーを楽しんでいる。僕は、中学・高校とサッカー部入っていたので、そこそこ

技術はある。

「証士!」

と名を呼ばれ、パスを受け取った。さぁ、どうしようか、味方は前方に一人しかい

ない。彼はフォワードで、僕の三つ上の先輩の倉滝(くらたき) 真仁(しんじ)先輩だ。

おっさんに負けず暑苦しいが、まだ25歳だ。僕は倉滝先輩に針の穴を通すようなパ

スを出す。倉滝先輩はそれを左足で止めてフッっと笑う。飛び込んでくるディフェン

スをひらりとかわし、右足でシュート。ボールは虹の軌道を描いて、ゴール右隅に吸

いこまれた。倉滝先輩の雄叫びがコート中に轟く。1対0。あと三分守りきれば海浜

自動車工場の勝利だ。相手は諦めたのか、よぼよぼのじいさんを入れてきた。手加減

しなきゃなどと思いつつ、相手のボールを取り、ドリブルを始める。一人かわすと、

目の前にじいさんがいた。慌てて、少し怯む。すると、じいさんは僕のボールを奪い

取り、そのままロングシュート。完全に油断していたキーパーの頭上を通り、ゴールに

吸い込まれた。1対1で試合終了。

唖然とする僕に、じいさんはすれ違いざまにこう言った。

「君は周りが見えていない。」

冷たい風が僕の体を貫いた。



桜が徐々に咲き始めている。苦痛の月〜金がまた終わり、今日は大好きな土曜日だ。

いつものように恋愛小説っぽい物を手に取り、席に座る。周りには大学生や高校生が

ちらほらいたが、気にせずページをめくる。女の人が主人公のようだ。結婚したあと

の様子が描かれている。楽しそうな映画や水族館のシーン。爪先が自然とパタパタ動く。

甘い甘い夫婦二人の会話。ニヤけていないか心配になる。意外性は特になかったが、そのよ

うな風景や会話を想像しやすい。僕が好きなタイプの小説だ。

残りページが少なくなってきた。さぁ、エンディングを見せてくれ。どんな結末が待って

いるのか、自分じゃないのにワクワクした。

「ん?」

主人公が図書館に一人で行っているではないか。今まで束縛されているように二人で

一緒に居たではないか。

えっ、まさかの…大逆転パターンか?



『私は、桜並木通りの図書館に一人で入り、本当に好きな彼を見る。夫との生活は

楽しそうに見せているが、本当はつまらないもの。そして、本当に好きな彼は

今、私から見える場所にいる。つま先をパタパタさせ、時々ニヤけて、最後に

「フーッ」と息を吐く。そんな彼を私、何故か好きなのだ。諦めきれないこの

思いは留まることを知らない。次、彼にあったら声をかけよう。

彼は私に気づいてくれないから…。』


読み進めると僕の一番嫌いなタイプのドロドロした小説に豹変した。夫…同情するぞ。

と思いつつ、僕にはかすかな期待が生まれた。この彼って…僕の事じゃないのか?

いや、ない。そんな運命的なことありえない。そもそもこの物語は……

僕は最後の「おまけ」を確認する。

「この物語は著者の体験を基に作られました。人物、団体名などはフィクションです。

──神川(かみかわ) 夢花(ゆめか)


僕は苦い顔をしていたが、心の中ではあるはずもない期待で溢れていた。彼女が

好きな人は、本を読んで、爪先をパタパタさせてニヤけていて、最後には「ホーッ」

と息をつく。これって僕の事ではないのか?桜並木通りの図書館も一致する。

この話、内容はつまんないが、現実だったら面白い。つまり、フィクション

だったらつまんなくて、ノンフィクションなら面白くなるはずだ。


次の日はサッカーの練習だった。僕は倉滝先輩と一緒に、練習後工場のベンチで

コーヒーを飲んで座っていた。会社の中なら僕達が一番若い。よく一緒にいるの

も僕達なのだ。僕は倉滝先輩に礼を言って、コーヒーを一口飲んだ。体が自然と

暖まる。「ホーッ」と軽く一息ついた。そして、先輩の嫁さんの話を聞く。彼ら

はノンフィクションなのだから、もっと羨ましい。僕も早く運命の人に会いたい。

一通り話が済むと、今度は僕が先輩に話しかける。

「昨日、図書館に行ったら面白い本があったんですよ。」

僕は昨日の本の事を全て話した。

「その嫁は結構ヒドい女だな。」

先輩はさらに付け加える。

「そんな女とは付き合わない方がいいんじゃねーの?」


先輩、まだ付き合うとも言ってませんし、そんな人いるかも知りません…




四月、出会いの季節と呼ばれる時期に、僕は桜並木を通って図書館に行く。いつも

の自分の席に座り、この前の小説を見返してみる。先輩の言葉も頭には残ってい

たが、やはり気になってしまう。

「君は周りが見えていない。」

ふと、じいさんの言葉を思い出して、周りを見てみるが、僕と目が合う人はい

ない。仕方が無いので、本に目線をやる。


「半月日記」というこの前の本だ。何故この題名なのかは不明だが、ノンフィク

ションであることは確かだ。僕はなんだかうれしくて、足をパタパタさせた。

「グーッ。」…アニメみたいにお腹が鳴って、僕は腹が減っていることに気づいた。

立ち上がって本を戻す。やっぱり誰かと手は触れない。僕はそのまま図書館を

出て、駅に行こうとした。

信号を待っていると、誰かが僕の足を踏んづけた。

「あっ、すいません…ああっ!」

バシャッ!

今度はその人が持っていたコーヒーが僕のズボンにかかった。

「きゃっ…ごめんなさい……!おわっ!!」

極めつけには、左手に持っていた資料が桜の花と共に空に舞って、たまたま通り

かかった救急車のサイレンが低い音に変わると同時に、地面に落ちた。



「フーッ。」

ナイフとフォークを置く。結局あの後、駅でデニム生地のズボンを買ってもらい、

駅ビル七階の遠くに海が見えるレストランでハンバーグをご馳走してもらった。

「本当にすみません!」あっ…

「本当にすみません…」あぁ…

二人の声が重なる。ちょっと気まずい時間が流れる。

「こんなものご馳走してもらって。」

先手必勝だ。

「いっ、いえいえ。こちらこそ本当にごめんなさい。」

手を振る仕草がかわいい。

「あっ、自己紹介まだでしたね。私は永田(ながた) (うみ)です。今、ちょうど

大学を卒業して作家をやっています。」

あなたは?みたいな目で見てくる。とても綺麗な目だ。とびっきり美人って

訳でもないが、顔は整っていて綺麗な人だと思った。髪を後ろでひとつに結

んでいて、いかにも「仕事ができます」みたいな瞳。スっとした鼻。小さくて

可愛らしさを残す唇。なんとなくいそうな…でも見たことないようなタイプの人だ。

「証士です。桜木 証士。海辺の工場で自動車の部品を作っています。」

「えーっ、車作ってるのー!?」

彼女は百点満点の反応をしてくれた。僕も彼女に質問してみる。

「どんな本を書いているんですか?」

首を左に傾げ右上を向く彼女は、少し迷ってから答えた。

「恋愛モノかなぁー。」

おぉ、これはこれは。僕が食いつかない訳が無いよな。

「ペンネームは?」

彼女はクスクス笑いながら「秘密に決まってるでしょ。」と答え、遠くに

見える海をぼんやりと眺めていた。


家に着いて彼女から貰ったメールアドレスと電話番号をじっと見つめる。

「運命の出会いかもなぁ」とつぶやいて布団に入る。彼女はとても興味深

い人だった。きちんとしていて、気遣いができるのにおっちょこちょいで、恋

愛小説を書く作家をしていて、ペンネームは秘密。愛らしい唇に、黒くて綺麗

で神秘的な瞳。その吸い込まれるような瞳を思い浮かべながら、彼女のいる夢に吸い込まれた。

携帯電話の画面に、不在着信の文字が出ていることも知らずに。


喪服に袖を通す。髪型を整えて、家を出た。先輩の嫁さんが亡くなってしまっ

たのだ。しかもまだ22歳。死因は交通事故だった。喪主は倉滝先輩。

順番が来て、先輩に挨拶する。辛そうな先輩を横目に、焼香を上げさせてもらった。



一週間後には、先輩は会社に来ていた。嫁の死が原因か、やや五月病チック

だったが、休憩に入るといつものように二人で話した。

「なんか心にポッカリ穴が空いたような気分だ。」

僕が買ったコーンポタージュをフーフーして飲む。

「あいつが死んでからなんにもやる気が起きない。」

僕の心を埋めているのは誰だろう。親か?友達か?思い当たる人物を考える。

ふと、ある女性が僕の脳裏に浮かんだ。あの日、僕にコーヒーをぶちまけてき

たある女性が。僕は先輩に訊いた。

「あのー?」

ん?という顔で僕を見てくる。

「デートってどう誘えばいいですか?」

先輩はコーンポタージュを口から吹き出した。



僕は先輩に教わったコツを布団で小さく呟く。

〘その一。電話に出たら、前あった時のお礼をする。

その二。彼女と同じ速度で話したり、歩いたりする。

その三。気合と根性。〙

携帯電話の画面に映し出される電話番号。コールボタン一つで永田さんと繋がる

と思うと、最新の技術の凄さを身にしみて感じる。緊張のせいか、「余計なもの

を作りやがって…」とも思ってしまう。手汗をズボンで拭い、深呼吸を二回。

「ホーッ。」

コールボタンと睨めっこをして、また深呼吸。そして親指に力を込める。

耳に近づけ、彼女が出るのを待った。

「もしもし。」

「あっ、こっ、こんにちは。いや、こんばんはか。あっ、あのーこの間はありがと

うございました。」

はい、0点。カッコ悪すぎる。

「どちら様ですか…?」

彼女の冷たい声が僕の耳に突き刺さった。

「あ、証士です。桜木証士。この間、図書館の前であった…」

「あぁ」

彼女の声が急に明るくなる。

「いえいえ、こちらこそごめんなさい。」

いや、いや。と会話が続いて、一瞬おさまった。今がチャンスだ。

「あのー、ところで次の土曜日って空いてます?」

「えぇ」

彼女の大人っぽい声。少し時間が経って僕は言った。

「映画とか行きませんか?」



朝食でレタスと目玉焼きとたこさんウィンナーを食べるのは何年ぶりだろう。

もしかしたら初めてかもしれない。いや、絶対初めてだ。こんなにもウキウキ

したことはない。持っている服で一番オシャレな物を選んで、歯を念入りに

磨く。髪にワックスを使い、靴を履いて朝日の眩しい外に出た。桜並木を歩い

て図書館の前を通り、初めて会った信号を抜け、僕は駅のツリー前に来た。

なぜツリーなのかというと、この木はクリスマスになると装飾が施され、美しく

なることで有名からだ。ガラケーを見ると6時32分と表示されていた。ツリー

の前の時計を見ると、9時35分。3分もここの時計が進んでいることは気にな

らなかった。それほど、今日サッカーが休みだったのがとても嬉しかった。


9時38分。爪先をパタパタさせてみる。時間は進まない。

大きく背伸び。9時45分。あと15分くらい。ニヤけていないか心配だ。

9時49分。本のページと違って時間は自分で動かせない。小さいバッグに忍ばせ

ておいた小説も今では全く意味がない。

「ホーッ」と一息つく。9時53分。東口から人影が見える。彼女か?

違った。足をパタパタさせる。9時55分。そろそろ来てもおかしくは……


………!


ついに東口から彼女が歩いてきた。デニム生地のジーパンに白色のシャツ。黒の

ジャケットを羽織っている。おまけに帽子まで被って。

可愛さを残しつつ、僕よりも百倍はカッコいい。今までオシャレだと思っていた

僕の服がまるでワカメみたく見えるようになった。

「おはよう。待った?」

でた。まった?って質問。こういう質問の答えを僕は全て先輩に教わった。

「いっ、いや、イマキタトコロダヨ…。」

彼女はクスクス笑っている。

「今来た所なら、さっきから足をパタパタさせて、ニヤニヤしてるのはどこの誰

だったのよ。」

「見てたの?」

意外と強めの口調だったが、顔は笑っていた。

「早く着きすぎたからデパートの窓から見てたのよ。」

そう言って、彼女は後ろにあるデパートの窓を指さした。

「嘘はいけませーん。さぁ、いこっ!」

まだ会って二回目だというのにとてつもなく馴れ馴れしいと思った。この間会った

時とは全く違う感じだな…。

「あっ、そうだ」

ふと彼女がふり返る。

「この場所では、待ち合わせの時にデパートの窓から相手を見ておくのは基本なのよっ」

笑いながらスタスタ歩いて行ってしまった。

「あっ、ちょっとまってよ」

そう言って追いかける。


もー、先輩。僕に恥を書かせるためにこんなことを教えたんだな。


僕達が観た映画はアクション系の洋画だった。

何を見るかは決めていなかったので、10時20分という、手頃な時間に始まる

ものを選んだ。

「あー、おもしろかった。」

そう言って彼女は背もたれに寄りかかる。

「ホーッ」と僕は息をつき、ポップコーンを取ろうと手を伸ばす。彼女と手が

触れた。二人とも顔を見合わせ、そして笑った。こんなことは小説限定ではな

いのか?僕はそっと手を戻した。

テキパキと荷物をまとめて、ジュースと残ったポップコーンを彼女は手に取り、ゲートを出る。すると、小さな段差につまづいて彼女は見事

にコケた。ポップコーンが空を舞う。気が強くて、しっかり者なのに、やっぱり

おっちょこちょいだ。

「いっ、いったぁ…」と彼女は呟く。とりあえず、ジュースが空で本当に良かった。



昼の1時。彼女と二人で初めて会った時のレストランに行った。席の関係で海は

見えづらかったけど、高くそびえ立つビルが見え、決して悪い景色ではなかった。

「映画おもしろかったね。」

ミックスフライセットのエビフライを食べながら彼女は言う。

「アクションシーンがすごくカッコよかったなぁ」

小学生みたいな感想を述べる自分が恥ずかしくてたまらない。

「うん。ワクワクしたよね。」

そう言いながら、彼女はティッシュを僕にくれた。そうして自分の口元も指しながら

「ここ、なんかついてるよ。」と言った。

僕はすぐに口を拭く。ハハハッと笑って誤魔化すと、彼女も少し笑ってくれた。彼女は

白ワインを一口飲んで、「フーッ」と一息ついた後、僕に言った。

「やっぱ覚えてるわけないか…」

彼女はそう言って笑いながら…でもどこか悲しげな面影を残して、ビルをぼんやりと見ていた。



投稿初日ということで、1日2部投稿です。

まだまだこの物語は続きますので、今後も

よろしくおねがいします。

――――――――アーモンド

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