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7――『嘘をつけないときは本音で言おう』

【1】




 グロウ――スヴァーは夢を見ていた。

 なにもない真っ黒な空間で、たゆたう夢。


(暗い……けれど、やわらかく、心地のいい闇だ……)


 自分の居場所はどこなのか。ずっと探してきた。生まれてからいままで、安らげる場所、己が『そこにいていい』場所など、どこにもなかったのだ。


(けど、ここは気持ちいいな……いつまでも、こうしていたい。血なまぐさい訓練も、自分を生み出した帝国との戦いも、盛り上がってるから「わかるー!」と入ろうとしたら「え、誰?」みたいな空気になって一瞬会話が止まって申し訳なくなる感じもない、完全な闇……)


 遺伝子操作により、常人よりも高い能力を持って生まれたスヴァーも、心は未だ一七歳の少年である。

 彼は長いスパイ生活で疲弊していた。

 夜、寝るときも落ち着くことはなく、ちょうど「これ寝れるわ」と思った瞬間にだいたいかかってくるシルヴェル将軍からの突然の連絡によって、なんとなく目が冴えて一時間くらいしてようやく眠りに落ちる生活。


(オレを好きだと言ってくれる人がいた……オレの居場所は、きっとこの場所なんだ。やわらかくて、暗くて、酒臭くて、息苦しくて、アルコールくさい………………ん?)




【2】




「うぐっ……ゲホッゲホッ!? な、なんだ……ヴィト隊長……?」

「お、やっぱりこれで起きたか。おはよう眠り姫くん。あんまり起きねえからよ。もしかして初めてだったかあ? ガッハッハ」


 なにが起きたのだ。


 困惑するグロウが周囲を見回すと、オエーとえづくオランシェと目が合った。


「知らないほうがいいよ」

「???」

「よーし。主役が起きたってことは、パーティーのシメだ」

「あ、はい……」


 状況を確認する。スクラップの山ではまだどんちゃん騒ぎが続いていた。酒などを置いていたテーブル――サツ・リークの頭部の周りはゴミが散乱し、いまはグロウとリィラ、ヴィトが残っているだけのようだ。

 自分はサツ・リークのタイマーが止まった直後に、気を失ったのだ。


(なぜ気絶したのかは覚えてないが、キルロボットはまだ待機状態のはず。タイマーがオフになっただけで、周囲の状況……銃声のような大きな音に反応して動く。パーティーも終わるなら、危険はないと言えるが……)


「それじゃ、騒いでる連中を呼び戻して、祝砲の準備させてくらぁ」

「は? 祝砲……?」

「おうよ。レジスタンスでは伝統でな。全員で東の空に向かって一斉に撃つのさ。まあ元々は帝国がいまの帝国になる前の、古い貴族の習慣で……」

「まままま待ってくれ隊長! 祝砲はいけません!」

「あーん? なに言ってんだよエース。おまえさんは新人だから知らねえだろうが、俺たちはこうやって仲間同士で結束を深めてきたんだよ」

「い、いやそうではなく……こ、ここは帝国の裏側ですよ! もし気付かれでもしたら!」

「大丈夫だって。そこそこ距離もある。あいつらはここにアジトがあるなんて知らねえんだ。これは隊長命令だぞグロウくん」


 まずい。

 このままでは、レジスタンスが、リィラが。自分を初めて好きだと言ってくれた娘が――

 その娘が、ヴィトの背後に立っていた。


「あたしもちゅーする」


 豪腕が振り抜かれた。

 グロウの目の前からすっ飛んでいったヴィトが、地面に口づける形で、昏倒する。


「り、リィラ……?」

「あのくそオヤジ、絶対あとでもっと殴る。さ、あんな奴のいる場所じゃ嫌だし、行こグロウ」

「ま、待ってくれリィラ、どういう……いや力つよっ、痛ッ、痛い痛い痛い折れる!」

「あたしがチューするのは嫌だっての?」

「チュ、チュー? いまはそんな場合じゃ……」

「『そんな』?」


 なぜだかわからないが全身から殺気を漲らせたリィラが、グロウの首を掴んで片手で持ち上げる。


「グロウはあたしの恋人でしょ。恋人なら言うこと聞いて」

「こ、恋人って……そんな……」

「そういうものなの。だからちゅーするの」


 無茶苦茶だ。

 女子って怖い。

 グロウは『自分の居場所』が本当にここなのか、解らなくなってしまった。

 もしかして、自分はとんでもない相手に「付き合う」と言ってしまったのでは?


「さあ、まずは向こうの物陰に……」


 リィラの意識が逸れた瞬間、グロウは隠し持っていたスタンガンを取り出していた。


「すまないリィラ!」

「きゃあっ!?」


 バチッと音がして、リィラが倒れる。拘束から逃れたと同時に、テーブルの陰にあるコンソールへ駆け寄った。


「や、どうも」


 そこにいたのはメガネをかけた少女。


「え、ええとすまないオランシェ。そこのパネルを少し触りたいんだ」

「ふーん。どうぞ?」


 操作パネルには電源についてなにも記載がない。当然だ。そのための起動キーなのだ。

 問題は祝砲とやらだ。だが、止めようにも理由を付けなくては。それに、あの口ぶりでは自分が出ていった瞬間に銃声が鳴り響くかもしれない。そうなればサツ・リークが辺り一帯を――


(とにかく、まずはサツ・リークを止めないと……だが起動キーはもう……)




「ハイ、動かないで。帝国軍のスパイさん」




 グロウのこめかみに、銃口が押し当てられる。

 オランシェが、メガネを光らせていた。


「なっ……」

「その機械、止められないね。もう調べたよ。それで帝国軍のスパイさん。あなた……そのキルロボットでなにをするつもり?」


 バレていた。なにもかもが。


「わたしは素面だからね。あなたの行動が不自然だったから、調べさせてもらったよそのパネル。帝国製のパーツと、帝国が使うロボット兵によく似た構成。あなたがいまリィラに使ったスタンガンも、隠し持っている立体映像装置も、帝国の最新小型携行タイプ。よく調べなければ解らなかっただろうけど。あなたの肉体構造も、普通の人間じゃない」

「きみは……」

「わたし、けっこう気がつくタイプだから」


 ごまかすことはできそうになかった。すべて、終わってしまった。


「……解った。オランシェ。本当のことを言う。キミの言う通りオレは……帝国軍兵士だ。本当の名前はスヴァー。階級は少尉。認識番号はBO2117。皆を騙してきた……スパイ」


 オランシェは「そう」と短く言った。周囲には彼女以外誰もいない。気絶したヴィトとリィラはしばらく目を覚まさないだろうが、銃より速く動くことはスヴァーにも不可能だ。


「オレはレジスタンスの情報を流すために潜り込んだ。このアジトへ集結した段階で帝国軍は事態を重く見た。オレはキルロボット『サツ・リーク』を二〇時に起動し、二一時には帝国軍本隊がアジトへ攻めてくる。そういう作戦だ」

「じゃあ、あなたは奴らの手先で。帝国はここがアジトだってもう知っているんだ」

「だが、オレはレジスタンスと帝国軍のどちらがオレの居場所なのか、解らなくなっている。帝国はオレを信用してはいないらしい。元々遺伝子操作を受けて誕生し、ずっと訓練だけを行って生きてきた。レジスタンスでは、オレを……『グロウ』を好きだと言ってくれた人がいた」

「リィラだね。あなたがスタンガンで気絶させた」


 ちらりと倒れた親友を見るオランシェ。


「ものすごく美人だ。告白されたときは嬉しかった。けど、彼女の言う『恋人』の概念や発言が正直怖い」

「それはわかる」

「オレにはもうなにが正しいのか解らない。オレの居場所は……オレをオレとして認めてくれる居場所は、どこにもないのかもしれない。けど、好きだと言ってくれた人をキルロボットに殺させるのは嫌だ。だからオレはサツ・リークの起動を止めたかった」


 スクラップの山の向こうでは、レジスタンスメンバーが二次会を始めている。グロウの顔を見れば空に銃声が響くだろう。いや、それ以前にオランシェがいま銃爪を引けば、レジスタンスは終わりだ。


「……なるほどね。あなたはレジスタンスを壊滅させる任務を帯びていて、でも、帝国軍のことも信じられなくて、迷っていると」


 スパイが寝返ろうとしている。そんな戯言を、甘ったれたことを、オランシェが信じてくれるとは思っていない。


「それで? キルロボットを止めてどうするの? リィラと付き合って帝国軍を裏切る?」

「付き合うとかは、無理矢理言わされた感じだが……彼女のことは守りたい。帝国軍がオレの居場所ではないのなら……戦うよ」

「ふうん。それじゃあなた的にはリィラと付き合うのは勘弁だけど、自分を好きだと言ってくれたから助けたい。と」

「勝手な言い草だろうと思う」

「そうだね。勝手だ。居場所があればいい。好きだって言ってくれたら好きになる。なんか、軽い感じがするね」


 わずかにオランシェが銃に力を込める感覚。

 やめろ、と言いかけたグロウはしかし、


「軽いけど、わたし、そういうのけっこう好きだよ。スヴァーさん」


 こめかみから離れた銃口に、驚いた。

 振り向いた瞬間、オランシェの柔らかい唇が。グロウのそれと重なる。


「――――!?」

「へー、キスってこんな感じなんだ」

「な、なにを……」

「これで居場所、二人分じゃない?」


 オランシェは、にこっと笑った。

 グロウは、リィラの胸を触ったときと似ているが、少し違う、胸を締め付けられるような感覚に、戸惑った。

 だが、悪くない気分だった。


「必死でタイマーを止めようとしてたね。それにいまも、電源を落とそうとしてた。解るよ。わたし技術部だから」


 オランシェは、気が利く娘だった。


「たしかにリィラが言うように、可愛い顔してる。グロウさん」

「……ありがとう、オランシェ。キミのメガネも最高だよ」


 その証拠にメガネも掛けている。

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