6――『人の印象は人それぞれ』
【1】
帝国軍将軍シルヴェルは、長いため息をついていた。
「はぁ~……スヴァー少尉、怒ったかなあ。怒ってたよなぁ。私の心配をどうして解ってくれないのだ奴は」
「将軍。すでに作戦時刻ですが。いまのところ動きはないようです」
「やはりなにかあったのか……しかし通信機の電源を切っているようだし……」
「先程の焦ったような会話。レジスタンスの連中らしき声もしていました。スヴァー少尉は帝国を裏切ったのでは?」
「そんなはずはない。きっとサツ・リークのタイマー機能が壊れていたか、あるいはレジスタンスの連中になにかを勘付かれそうになって、オフにしたのだろう」
「だとよいのですが」
「なに。問題はないさ」
「と言いますと」
「タイマーが停止した場合、『音』でサツ・リークは起動するようになっている」
「音?」
「爆発音や銃声といった破裂音だ。戦闘に呼応し、周囲を破壊する。そういうキルロボットなのだ」
「なるほど……ですが、相手は元々我らが帝王の血族に連なるもの。いわば優良種です。うまくいくでしょうか」
「ヴィト……王の座を捨てた反逆の徒か。今回の作戦も奴を殺すことが目的だ」
「ヴィトは侮れません。スヴァー少尉がすでに正体を見抜かれ、作戦前に捕らえられてしまった可能性もありますが」
「ふ、逆に言えばヴィトさえ殺せばあとは烏合の衆よ。スヴァー少尉なら、なんらかの手段でサツ・リークを起動させてくれるだろう。まだこちらの出撃まで時間はあるだろう」
夜の帳が下りた帝国首都。タワーの上層階でシルヴェルは息子のような部下の成功を疑わなかった。
「一発の銃弾でいいのだ。銃声が一度鳴るだけで、レジスタンスは最期を迎える。あの抜け目ない王子がどれだけの民を率いようが……奴への忠誠を折れば、終わる」
【2】
「でへへへへ! よーっし、それじゃ鳴らそうぜ、祝砲!」
九本目の酒瓶を空にしたヴィトが、真っ赤な顔と千鳥足で言った。
「レジスタンスのきみたち、飲んどるかね~」
「隊長は飲み過ぎっすよ。つか寄らないでくださいって」
「隊長、こういうの見るとホントただのおっさんだからなあ……」
「オジサンはねー、こういうときじゃないと飲めないからねー、仕方なくいっぱい飲んでるのだよー。昔は王子様だったからさぁ~パーティーとかしょっちゅうだったけどねぇ~」
「また始まった」
「酔うといつも与太話だもんな」
「うるせー! ほら銃の準備しろ! 祝砲だ!」
「つっても、主役がまだ寝てますぜ」
「あ、そうなの?」
気を失ったグロウは、リィラの膝枕でぐったりと倒れたままであった。
「うう……」
「情けねえなぁ~。一杯や二杯で」
「隊長、グロウは飲んで寝てるわけじゃないっすよ」
「最近の若者はぁ! 酒にも付き合えんのかぁ!」
「聞いてねえし」
主役が起きねーんなら続行だぁと叫んで、新しい酒瓶を持ち出すヴィト。
「よーしみんな、グロウが起きるまで向こうで二次会だ!」
それを見つめながら、リィラはため息をついた。
「まったくダメ親父だな……オランシェ、なにしてるの?」
テーブルでは、オランシェがごそごそとしゃがみこんで作業をしている。
「んー……ちょっとね」
陰でなにやらコンソールをいじる親友からリィラは視線を外した。どうせ彼女はいつもどおりマイペースだ。一人で遊んでいるのだろう。
それより、『カレ』である。
「まさか、たかだか後頭部を地面にぶつけた程度で気を失うなんて」
「リィラ、普通はそういうもんだからね」
カチャカチャ音を立てながらオランシェが言ってくるが無視する。
「でも……フフ、寝顔もかわいいなぁ。食べちゃいたいくらい……」
「気絶させた人間が言うことなのかしら」
「ずっとこのまま時が止まればいいのに……帝国なんかと戦争するより、あたしはこうして好きな人といっしょに暮らしていたい」
遠い目の少女は、遠くに見える帝国首都を見つめて呟いた。
首都の中央には黒々とした管理局のタワーがそびえ立っている。帝国軍の本拠地であるそこは、次の作戦目標だった。すでに準備は整っている。あとは大攻勢を仕掛けるだけ。
「明日には、決着がつく……きっと、あたしたちが勝って終わるんだ」
「だといいね。っと……これ、集音センサーかな。こっちは主電源? だめだな。ハード側にもプロテクトが……構造がかなり強固……手持ちの工具じゃどうにもならないか……」
「ちょっとオランシェー、なにブツブツ言ってるのよ。グロウの介抱を手伝うとかしてくれたらいいのにー」
「んー? いやいやお邪魔かなーって」
「ええ~そうかな~、そんなにお似合いか~あたしとグロウ」
へへへー、と照れるリィラに、オランシェは「いい性格してるなあ」と聞こえないようにひとりごちて、また作業に没頭する。
「でも医療班でしょオランシェ。大丈夫なのカレ」
「さっきちらっと確認したけど、まあ……たぶん平気じゃない?」
「たぶんって……」
「グロウさんって、ちょっと身体が頑丈っぽいから」
「雑だなあ……でもそろそろ起こしてパーティーも終わりにしないと。祝砲でシメるのが伝統だから、みんないまにも鳴らしそう」
「まあ首都まではギリギリ聴こえないと思うけど……そんなに心配なら、目覚めのキスでもしてあげれば?」
「……キッ、キス?」
「眠ってる人を起こすならそういうもんって言うじゃん」
「えっ、ええー! でもでもでもでも! あたしキスなんてしたことない!」
「わたしもない。興味はあるけど。でもリィラとグロウって恋人でしょ。じゃあいいじゃん」
「そういうものかな! しちゃっていいかな! へへへ!」
「なんだぁ? なに騒いでんだおめぇらァ」
戻ってきたヴィトを、リィラは手を振ってと追い払う。
「酒くさいな。失せろよおっさん。向こうでみんなと飲んでろ」
「父親代わりになんて口をきくんだ! だいたい聞いてりゃなんだ、キスだぁ?」
「なによ。悪い? あたしのキスでグロウは目を覚ますの。何度かそういうおとぎ話を聞いたことがある」
「ヒック。ばーか。違うっての。目覚めのキスはちゃんとした奴がしねーとダメなんだよ」
「ちゃんとした奴?」
「そう。高貴な身分の奴だな。おとぎ話はだいたい相場が決まってんだ」
「あ、聞いたことあります。たしか……」
「そう! 眠り姫を起こすには――『王子様のキス』に決まってんだろうが!」
「は? ちょっと親父、なにして――」