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5――『けっこうサイテーだけどそもそもやってる仕事の時点でアレだからね』

【1】




「そ、それで。あたしはな。ホント、グロウには、感謝してるんだ」


 もじもじ。

 たわわな胸を強調するように手を前で組んだリィラの様子に、グロウは状況が飲み込めないでいた。


(これは……どういうことだ? オレはスパイとしてレジスタンスに捕らえられ、拷問され、のちに処刑されるのではなかったのか?)


「初めてだったんだ。女の子みたいに『平気か? ケガはないか? ほら、立てるか?』ってやさしいこと言ってもらえたの」


 もじもじ。

 豊満な肢体を強調するように手を後ろで組み身体をよじらせるリィラの様子に、グロウは自分がとんでもない思い違いをしていたのではないかと気づき始めていた。


(まさか……バレていない? オレの勘違いだったというのか? 歓迎パーティーと言っていたし、要塞攻略を歓んでいる様子だった……なによりヴィトとリィラ以外、オレのことなど見向きもしていなかった)


「さ、さっき言ってたよな。解ってるって。三回だけしか話したことないなって。でも、マジなんだよ。初めてなんだよ。あたし、こんな……」


 もじもじ。

 艶めかしい吐息とともに上目遣いでこちらを見つめてくるリィラの様子に、グロウは困惑した。


(待てよ……? だとすれば……いままでのことがすべてオレの勘違い……いや、『こいつら』の勘違い。なら、なんの問題もないじゃないか! オレを味方だと思いこんでいるまま……!)


「実は、ほら、いま二〇時だろ? パーティーが終わってから言うつもりだったんだ。でも、グロウ……ちょっと早めにここに着いたみたいで、焦っちゃって。もっとちゃんと言いたかったんだけどさ」


 リィラの言葉で、グロウは致命的なことを思い出した。


「二〇時……そうか。始まる時間か……」


 キルロボット『サツ・リーク』は、おそらくあと少しでタイマー起動する。そうなればレジスタンスのアジトは――いや、歓迎パーティーに主要メンバーがちょうど集まっていたのだ。あっという間に全滅するだろう。ならば自分もいますぐこの場から離れなければ、巻き添えを食らってしまう。

 ヴィトも、リィラも、オランシェも、他のみんなも。

『グロウの歓迎パーティー』を開いたから、死ぬのだ。


「…………仕方ないよな」

「そうなんだ。こうなった以上、仕方ないんだよ。あたしにも止められない」


 グロウなんて男はこの世界には本当は存在しない。

 だから、こうなるのは仕方ないことなのだ。


「だから、あたし……」


 どうせ、食堂ではぼっち飯である。

 喋る相手だっていない。


(だが、戻ったところでどうだというのだ)


 さっきの通信。帝国での信用も怪しい。スヴァー少尉として戻っても、自分の居場所があるのかなど解らない。

 ならば、いっそ、ここでキルロボットによって死を迎えるのも、ありかもしれない。

 自分を受け容れてくれる相手など、この世にはいないのだから。


「グロウが、好き」

「はへ?」


 むにゅっと、柔らかい感触が手を包んだ。

 リィラがグロウの右手を握り、胸に押し当てていた。

 服の深いスリットに露出する、沈み込むような肌、いや、乳房である。

 リィラの豊満な胸の谷間に、グロウの手が埋もれていた。


「聞こえるか? ドキドキしてるんだ。あたし」


(聞こえる? なにが? これは、おっぱいというやつでは? おっぱいが聞こえる? おっぱいとは喋るのか?)


 グロウの頭は未知の感覚に支配されていた。


 遺伝子操作によって誕生し、パーフェクト・ソルジャーとして厳しい訓練に耐え、スパイとしてレジスタンスに入り、帝国と戦い、食堂では喋るだけでドン引きされていた、一七歳の少年である。


 当然、女子の胸に触れた経験などあるはずがなかった。


 この世のどんなものよりも尊くすべらかで、少しひんやりとした心地よさ。

 意識しだすと、片手で掴みきれないほどの質量の『それ』から目は離れず、しっとりして形を変える柔らかい物体の存在感にグロウは完全に思考を塗りつぶされてしまった。


『好き』。

 グロウは彼女の言った言葉を反芻する。

 好意を示し、相手に伝えるための二文字。

 そんな言葉、いままで誰にもかけてもらったことがない。

 自分の居場所は、ここに、あったのか。

 彼女の――リィラのところに。


 スヴァー少尉であり、グロウである自分を肯定してくれた、最初の人。

 それと、おっぱいを触らせてくれた最初の女子。

 そう考えた瞬間に、グロウは目の前のリィラがとてつもなく大切に思えてくるのだった。


「……リ、リィラ。キミはオレを……」

「ああ……名前を呼んでくれるだけで、覚えていてくれただけで、あたしはうれしい。けどな」

「ん……? い、痛ッ」

「あたし、それだけじゃいやなんだ。我慢できないんだ。解るか? 解ってるよな? 解るって言ってたもんな? だったら解るだろ? なあ。なあ」

「痛……痛ッ……たたたたたたたた!?」


 メキメキメキメキ。

 手の骨が、砕けそうなほどにリィラはグロウの手を握りしめていた。

 もはや胸の感触など考える暇などない。



 ――壊される。



 長い間パーフェクト・ソルジャーとして受けてきた訓練の記憶が、確信を持った。


(オレはいまから、右手を失う――!)


「あたしと、付き合え。付き合わなければ、手だけじゃ済まねえ」


 目が、本気だった。古井戸の底を夜に覗き込むような、深い暗黒の瞳。

 殺意。さきほどヴィトを殴る前にも感じた、総毛立つような。


(殺される……ッ)


「好きなんだよ。好きだから殺す。好きじゃなくなっちまうのが怖いから殺す。好きなまま。好きでいられる間に殺す。あたしはあんたが好き。だから付き合ってほしい」

「リ、リィラ! 解った! つ、付き合う! 付き合うから!」


 殺さないでください。


 パーフェクト・ソルジャーとしての本能が、彼女に逆らってはいけないと告げていた。

 付き合うというのは知識としては知っていたが、どういうものなのだろう。


「マ、マジで……? いいの……あたしで、いいのか?」

「つ、付き合う」

「やっ…………たぁ~……」


 途端、半ば砕けた右手が解放された。

 ふにゃりと相好を崩した少女は「へへ」と長い睫毛の端に涙を浮かべていた。


「うれしい。これから、よろしくな、グロウ」

「あっはい。おねがいします」


 だから殺さないで。


 帝国のパワードスーツ兵士に踏みつけられたときより痛む右手を抑え、グロウは頭を下げた。


「これであたし、彼女かぁ~、オランシェにも報告しなきゃな。へへ」

「じゃ、じゃあ戻ろうか、リィラ」


 これ以上リィラといっしょにいれば、どんな怖ろしいことをされるか解ったものではない。

 が、グロウはなにかを忘れていることにようやく思い至る。


「あ……サツ・リーク……」




【2】




 驚いた。


「まさかハッピーの方だとは」


 オランシェはフォークで肉を模した固形食料を刺しながら、スクラップの陰から戻ってくるリィラを目に留めたところだった。

 親友は見たことがないようなデレデレの顔で、グロウの右腕に寄り添って歩いてきていた。


「グロウさんが顔面シワシワになるくらい痛そうな表情して鼻水流してるのが気にかかるけど……やったね、リィラ」


 目が合った親友にウィンクしてみせるオランシェ。リィラは満面の笑みで「いぇい」と顔のそばでピースサインを返してきた。


「なあ、リィラ? リィラさん? ちょっと、ちょっと腕離してもらっていいか?」

「んん~? だめだろ~、あたしとグロウはぁ、もう恋人なんだぞぉ」

「あっ、そういうやつじゃなくて、違くて、痛っ、痛い……あの、右手が、痛くて。いや、そうじゃなくて、ちょっと時間がなくて……オ、オランシェ。いま、何時か解るかい」

「おいおいグロウ~、あたしという『カノジョ』がいるのに、他のオンナと話すとか正気かよ~殺されたいのか~?」

「こらこらリィラ。あんまり束縛すると『カレ』が愛想つかすよ……えーと、一九時五九分になるところ」

「ありがとう!」

「あ、こらグロウ!」


 一瞬の隙を見て腕をすり抜けたグロウは、すばやく身を翻し、大テーブルへと駆け出した。


「まずいまずいあと一分しかない止めないとヤバイ」


 テーブルを撫でるようになにかを探し始めるグロウに、リィラとオランシェは首を傾げた。


「なんかあったの、カレ」

「さあ?」


「な……ない……?」


 絶望の表情で、テーブルになっている台を見つめるグロウ。

 そこへ、


「おおおおおおおおいグロウくーん! どこ行ってたんだよぉ~! まぁだ話は終わってねぇぞおお~! これからきみにはなぁ! レジスタンスのメンバー、つまり、家族としての心得を叩き込んでやるんだよぉ!」


 殴られて昏倒していたヴィト隊長がこちらへ駆け寄ってきた。


「ちょっとヴィト隊長。あたしの『カレ』に絡まないで!」

「うるせぇなーリィラ! 拾って育てた親代わりの俺に顔面パンチするとはどういう教育されてんだ! 親の顔が見てえ!」

「あんただよ!」

「んだとぉ! 俺かぁ! 顔見せてみろ!」

「勝手に鏡でも見てなクソ親父!」


 まだ酔っ払っているらしい。


「あああああもう時間がないいいいいい」


 オランシェがグロウの近くまで行くと、テーブルの表面にあるタイマーが残り三〇秒を示していた。


「なにそれ? なんか料理でもしてたのグロウさん?」

「い、いやこれは……止めたいんだけど……鍵が……鍵がないんだ……」

「鍵? ああ、そういえば」

「知っているのか!!」

「うん。わたしたち準備係だったから。たしかリィラが集めてたゴミの中に――」

「リィラ!」

「わぁなになにグロウ! いまあたしの名前呼んだ? もう一回呼んで!」

「そんな暇は……」

「呼べ」

「リィラ」

「よし」

「か、鍵! 鍵はどこだ!」

「鍵? なにそれ知らない」

「なにィ!?」


 残り一五秒。


 オランシェはグロウの背中を指でつついた。


「あ、鍵なら燃えないゴミで入れといたよ。ヴィト隊長の後ろにあるゴミ箱の上じゃないかな?」

「んぉ~? これかぁ?」

「隊長! それ! それです! オレにそれを早く!」

「え~、どうすっかな~。じゃああとでいっしょに酒飲んでくれたら考えてやろうかなぁ……」


 もったいぶろうとしたヴィトの手から、リィラがむしり取る。


「『カレ』のやつはあたしが渡すんだ! そう……『カノジョ』のあたしが!」


 力強く。ものすごく力強くリィラが握りしめた瞬間、手の中で電子キーが――



 ――バキバキバキ。


 

 と、音を立てた。


「ん?」

「リィ、ラ……?」

「あ、ごめんグロウ。壊しちゃったー」

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 絶叫するグロウが、折れ曲がったキーをくっつけたり曲げたり必死で戻そうとする。

 プラスティック製の電子キーは精密である。内部の電子部品の欠片がパラパラと地面にこぼれた。


「もうダメだァー!」

「んーと、よくわかんないけど」


 オランシェは残り二秒のタイマーの、サイドにあったパネルを手早く操作する。


「これ止めればいいの?」



『タイマー機能を、オフにしました。オートモード解除。以後手動にて起動手順、または主電源をオフにしてください。アイドリング中です』



 スクリーンパネルに表示されていた時間が消え、アナウンスの文字が流れた。


「オ……オランシェ」

「わたし、技術部だから」


 オランシェは頭脳派で気の利く娘だった。その証拠にメガネもかけている。


「ありがとうっっっ!」

「ひゃっ」


 感極まったグロウが、オランシェに抱きついた。

 小柄な体躯はすっぽりと少年の腕の中に包まれてしまう。頼りなげな顔と裏腹に、意外と厚い胸板。


「『カノジョ』のあたしの目の前でなにをさらしてやがるんだァァァァァ!」


 颶風のごとき勢いでリィラがグロウを引き剥がし、地面に叩きつけた。


「ねえ! ねえ! あたしとさっき付き合うって言ったところだよね! もう浮気か! 死にたいのか!」


 気を失ったグロウに馬乗りになるリィラ。

 オランシェは、親友の怒りがこちらを向かなくてよかった。と思った。

 あと、男の人って体温高いんだなぁ。と考えながら、熱の移った頬をパタパタとあおいだ。

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