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4――『心配と余計なお世話のグレーゾーン』

【1】




「なんで俺が! 怒ってるのか! わかーりまぁああすかー!」


 胴間声のヴィトが、椅子に座ったグロウの髪を掴んでわめいていた。

 きついアルコールの臭い。ガクガクと頭を揺さぶられる。ヴィトは興奮状態だった。


(無理もない……! 帝国との戦いで、多くの命が失われた……スパイに対し怒りを隠せないのも当然だろう)


 グロウにはどうすることもできなかった。これから始まるであろう拷問を前に、まだ生易しいくらいだ。


「おい誰だよ飲ませたの……」

「パーティー始まる前から出来上がってんぞ……」

「我慢できなかったんだろ。隊長だし」

「もう主役もいるし、開始でいいんじゃね」

「じゃあカンパーイ。はいみんな適当に飲んじゃって」

「主役、絡まれてるけど。いいのアレ」

「ああなった隊長、どうしようもないしなあ」

「ほっとくか。みんな離れて離れて」


 周囲が騒がしいが、怒鳴るヴィトの声でほとんど聞こえない。


「俺はねぇ~、グロウくん! きみはすごい奴だと思う! 他の奴にはできないことをやってのける! まさにパーフェクトだ!」


 グロウは歯を食いしばる。


「オレがパーフェクト・ソルジャーであることまで調べ上げたのか……!」

「けどねぇ!! 俺は知ってるんだよ! きみ、ごはん食べるとき誰とも喋らないでしょ! そういうのホントよくない! オジサンはそういうの許せないから! もっとみんなと喋って!」


 グロウが一番言われたくないことをガンガン突いて来るヴィト。


「くっ……スパイと関係ないじゃないか」

「酸っぱい物とかそういう問題じゃないの! 合成梅干し食べてたってみんなとは喋れるでしょ! 梅干し食べるよりみんなと喋って! ごはんはみんなで食べるからおいしいの! きみはねえ! ごまかすために酸っぱいとか甘いとか言ってるの! わかる!?」


 わからなかった。

 つまりヴィトはなにが言いたいのだ?


 梅干しだと? たしかに米には梅干しが合う。だが、この場でなぜ梅干しの話を?


(梅干しといえば……おにぎり。白米というレジスタンスに隠れるならば、周囲に溶け込み、隠れるおにぎりのようであらねばならなかったということか……?)


『貴様のように周囲から浮いた存在は、スパイとして目立ちすぎた』

『おにぎりになって隠れることもできない出来損ない』

『弁当の真ん中に置かれた梅干しのように、痕跡もバレバレだぞ』


 ヴィトはそう言ってグロウを罵倒しているのだ。


「く……なんとでも言え」

「だから納豆とかじゃないの! ごはんに合うのはみんなとのお喋り! おかずじゃないの!」

「オレは確かに米と混ざり合えなかった存在……だが、梅干しには梅干しの誇りがある」

「埃まみれの梅干しなんて食べちゃダメ! 落ちた物はちゃんとポイしなさい!」


 酒瓶をあおるヴィト。拳を握りしめるグロウ。どこまでも噛み合っていない会話だった。

 周囲の人間は『絶対に関わらないぞ』という強い意志で顔を背けている。


 その場へつかつかと歩み寄ったのは、レジスタンスの中でも古株の女戦士だった。


「隊長。そのあたりでいいでしょ」

「リィラ……」


 顔を上げたグロウに、リィラが笑った。


「あたしの名前を覚えてくれていたとはね……覚えてくれていたとはね……覚えてくれていたとはね」

「どうして三回言う」

「そんなことはどうでもいいの。とりあえず、向こうへ行きましょう。向こうへ。人気がない場所がいいわ」


 リィラ目はすわっていた。明らかに尋常ではない。やはりスパイに対する感情が滲んでいるのだろう。


「なるほどな……キミがオレを……」


 拷問が始まるのだ。だが、まさか担当がリィラだとは。


「フフ、なに? あたしが、なに? グロウを、どうだっていうの? え? え?」

「いや、解っているさ」


 彼女の怒りは理解できた。当然だ。皆を騙していたのだ。


「は? 解ってる? って? え?」


 グロウを――裏切り者を痛めつけられるからだろう。

 頬を赤く染め、落ち着かない様子で顔を引きつらせるリィラ。


「マジで? ホントに? 嘘でしょう? あたし、そんなに? 解りやすかった?」

「話せたのは三度だけだったな。オレの初戦闘のとき、倒れたキミに手を貸したこと。廊下でハンカチを拾ったこと。医務室でのこと。だが、それでもキミがそう感じるのは、解るさ」

「は、はぁー? 違いますけどぉ? 別に、そんな、そんなんじゃないんですけどぉ? 一回目でもう気になってたとか、別にそんな、そんなわけ。はぁー?」

「そうか。最初からすでに……」


 どうやら自分はスパイとしては三流だったようだ。


「あー! リィラちゃ~ん! だめだめだめー! オジサンからグロウくん取っちゃだめー!」


 ヴィトがグロウの首に腕を回す。


(拷問などせず、殺すつもりか!)


「おい隊長、離れて。いや、ホント。さっきから。ないわ。マジ。ないから。これからあたし、やるから。大事だから。やるから。グロウに」


 あくまで拷問をすると言い張るリィラ。全身から漏れる殺気だけでグロウは背筋が凍った。


「邪魔するなら隊長でも容赦しないから。ホラ、だから行こ。誰もいないとこ行こグロウ」

「やだー! なんでオジサンをのけものにするのー! やああああだぁああああー!」


 周囲の人間は『絶対に関わってはいけない』と無理矢理気にしないようにして盛り上がっていた。




【2】




 シルヴェル将軍は執務室で立ったり座ったりを繰り返していた。


「あと五分か」

「はい。あと五分です」

「そうか。スヴァー少尉から連絡は?」

「いえ。事後報告で連絡が来るでしょう」


 部屋の隅に立つ副官が、計画を確認して答える。


「そうか。いや、でも一回くらいは直前に連絡してくるものではないか?」

「最終段階ですから。彼にも余裕がないのでしょう。問題なく任務を遂行すると仰ったのは将軍です」

「それでも、連絡がないというのは、やっぱり、どうなのだろうな。最近の若者は、報連相ができてないと聞くし」


 シルヴェル将軍は苛ついたように部屋内を歩き回る。


「よし。やっぱり一回こっちから連絡を入れよう。不測の事態が起きているかもしれない。サツ・リークの起動前にしっかり遠くに離れていなくてはならんしな。最後に一言だけ言っておこう」

「ですが将軍。昨晩も『こちらから連絡するから。もうかけてこないでほしい』と彼から言われたばかりでは?」

「いや、奴はな。帝国から離れてたった一人で任務を遂行しているのだ。彼のことを考えれば、もっとマメに連絡を取るべきだと思わんか。わたしはそう思う」


 副官が渋い顔をするのも無視して、シルヴェルは通信機のスイッチを押した。




【3】




 ヴィトがリィラと睨み合っていると、小さな電子音が鳴った。

 掌サイズの立体映像が地面に出現し、一人の男が姿を現す。


「なっ……こんな状況で……起動するなど……ッ!」


 青ざめるグロウに、ヴィトはアルコールで曇った思考でピーンときた。

 ゲームだ。

 この若者は、パーティーの場でゲームをしている。

 だから最近の子供はダメなのだ。自分が若い頃はゲーム機なんて物をいじったりなどしなかった。目上の人間と話すときはちゃんとしているべきだ。

 酔っているので、冷静な思考とかそういうのはオッサンにはなかった。


『えー、どうしているかな? ちょっと心配になってな。ミッションの方はどうだ?』

「……バカな、い、いまは……ッ」

『ん、知ってるよ。昨晩も言っていたしな。だが、私もな。別におまえの邪魔をしたいわけではなくてな』

「う、うるさい!」

『な、なんだねその言い方は。私は心配してやってるんだぞ。もしかしてコートを着てないから見苦しいか? おまえが帰ってくるから急いで洗濯に出しちゃってな……ちょっと待ってくれればちゃんとした格好で会えるんだが』

「消えろ! 消えろ!」

『あ、ちょ――』


 ぷつん。と電源を落とすグロウ。


「こらああああああああグロウくんンンン! だめでしょおおおおおお!」

「ち、違う! いまのは違うんだ!」


 言い訳。もう許せない。

 ネットゲームでデイリーミッションをプレイするなんて、ガッツリ遊んでますというようなものだ。いまのはお友達か?

 説教モードに入ろうとした瞬間、リィラの拳がヴィトを吹き飛ばした。


「邪魔……邪魔をするなら容赦しない……あたしは、やる……あたしは、やるから……やる……」


 幽鬼の如き表情で、リィラはグロウの首根っこを掴むと、ずるずると引きずっていった。

 立体映像など目にも耳にも入らなかったらしい。

 恋する乙女は盲目なのだ。




【4】




「なに考えてるんだ……うっとおしいにも程が……やはりオレは信用されていない……というか普通に考えれば解るだろ……」


 リィラに引きずられたまま、蒼白のグロウ。

 オランシェはその姿を見て「あ、なんか騒いでたけど、やっと二人きりになれるのか」と手にしたオレンジジュースをぐいっと飲んで空にする。


「おーいグロウさん。たぶんその娘ヘンなこと言うけど、気にしないであげてね。あと要塞攻略おめでとー」

「……え?」

「歓迎パーティーの食べ物、ちゃんと残しとくから。あとでいっぱい食べてねー」


 ひらひらと手を振るオランシェ。

 あとは親友が玉砕しようがハッピーになろうが、まあ彼女の決めたことだ。

 玉砕したら慰めてやればいいし、ハッピーだったらパーティーのお祝いがひとつ増えるだけ。

 オランシェは頭脳派なのでどっちに転んでもいいよう気が利く子だ。その証拠にメガネもかけている。


「……歓迎、パーティー?」


 スクラップの山の陰へ消えていくグロウが、呆けたように呟いた。

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