3――『座るときは椅子に』
【1】
「あれ? グロウくん。まだ開始前だろ? もう来ちゃったの? サプライズで呼びに行かせようと思ったのに。誰だよもう~」
ヴィトはテーブル――幅一〇メートルくらいの平らな台の上にウィスキーの酒瓶を並べている途中だった。
「お、オランシェ……来た! 来ちゃったよ! いま言えばいいのかな!」
リィラはテーブル――幅一〇メートルくらいの平らな台をバシバシ叩いていた。
「落ち着きなってリィラ。タイミングってものがあるんだから」
オランシェはテーブル――幅一〇メートルくらいの平らな台の上に座り、合成飲料のジュースを作っている最中だった。
【2】
サツ・リークの頭部を隠したシートの上に置かれた酒瓶、料理。叩いているレジスタンスのメンバー、座っているメンバー。
「なん……だ、これは……」
スクラップに囲まれたその場所に、レジスタンスのメンバーが集まっていた。アジトに待機中のはずの者や、哨戒に出ていた者まで。アジトに入ることを許されたレジスタンス幹部一〇〇人ほどが。
ほぼ全員。グロウの顔を見てニヤニヤと笑みを浮かべている。
(まさか…………オレがスパイだと、バレていたというのか!!)
グロウは無意識のうちに、腰の後ろに隠した拳銃に手を伸ばしていた。
(ダメだ……拳銃を撃てばサツ・リークが起動してしまう! いや、待てよ……そもそも起動キーはどうなった……!)
目まぐるしく思考が走り、視線を泳がせる。まずは状況を把握するのだ。
「おい誰だよ知らせたの~。グロウには秘密だって言っただろ~」
近づいてきたヴィトが、グロウの肩を叩いた。
「バレちゃしょうがねえな。ま……『そういうこと』だ。仲良くやろうぜ」
(これは――間違いない……完全に発覚している!!)
なんということだ。
やはり朝か。立体映像装置の偽装が――
いや、サツ・リークの存在もきっとあのときすでに見破られていた。
(レジスタンスを束ねる男を……過小評価していた……!)
つまり、サツ・リークの起動キーを抜き忘れていたことなど、お見通しなのだろう。
きっといまごろキーもOFFの状態で、抜かれ、捨てられているはずだ。
「くっ、オレを……どうするつもりだ!」
「取って食いやしねえよ。とりあえず今日の主役はおまえさんだ」
レジスタンスのトップは、にやりと笑った。
【3】
緊張をほぐそうと笑顔で肩を揉んでやると、グロウはガチガチに緊張していた。
どうやら歓迎会には慣れてないタイプのようだ。
「そこに座って待ってな」
こういうときは落ち着いて待たせるに限る。
「どんなことでも……オレは耐えてみせる。そのように育てられたのだからな」
険しい顔で椅子にかけると、グロウはハッキリと言った。
「へえ……よく言ったな、グロウ」
周囲のメンバーも驚いた。
勝手にサプライズパーティーなんかしてしまったので、怒って帰ったりしなければいいが、と話していたところだったのだ。
まさか――身体を張った一発芸とか、なんでもイケるクチだったとは。
「それじゃ遠慮はいらねえな」
「心配して損したぜ」
「ヴィト隊長、さっき言ってたやつ、やっちまいましょうよ」
「まあ待ておまえら。まだ準備が残ってんだろ。はやく終わらせちまいな」
飾り付けとかクラッカーの準備とか、いろいろあるのだ。
「時間をかけて、ということか……! ふっ、この人数。一発や二発ではどうにもならないか。考えたものだ」
座ったグロウは、腰の後ろを撫でていた。まるでいまから尋問でもされるみたいに悲壮な顔でうつむく。
その場の全員が、若きエースも緊張することがあるんだなと微笑んだ。
一発芸をいくつするか考えるなんて、意外とやる気満々じゃないか。
【4】
「チャ、チャンスじゃない? 座って待ってるいまがタイミングってやつなんじゃないかなオランシェ!」
「いきなり皆の前で告るつもり? パーティーの途中で連れ出すなり、二人きりになってからでいいでしょ。一発芸のこと考えてるみたいだし」
テーブル――妙に大きい一〇メートルくらいの平らな台を思い切りキックしながら、リィラは彼の横顔を見つめていた。
「はぁー……真摯な目してるよぉ。まるで戦いを前に覚悟を決めてるみたいでかっこいい……」
「わたしには悪いことして怒られた犬みたいに見えるけど」
「はー……解ってないなオランシェは。アレがいいんだよアレが。食堂のど真ん中でもたまにあんな顔してたりするからね。他の連中がゲラゲラ笑ってる中でたったひとり、世界のなにもかもと戦ってるような、ミサイルが落ちてきても平気だぜって顔してるんだよ。わっかんないかなぁーわっかんないだろうなぁー」
「ガチ勢こっわ」
リィラとオランシェは準備係として、飾り付けのテープや工具を片付けていく。
「ねぇリィラ。そっちのボトルもう空いてるならちょうだい」
「あーはいはいこれね。もう~ホントやばい。握りしめた拳とかマジで。ぺろぺろしたい」
「ねぇ変質者。そっち側のいらないものあったら全部取っといてね」
「はいはいやっとくって。くぅー、もしかしてグロウ、震えてない? パーティーに対しても武者震い? うわーあたしそういうマジメな人に弱いんだよなあ~。やめてよもー……ぐふふ」
視線だけはグロウに固定のまま、邪魔なものをポイポイ捨てていくリィラ。
皿に盛り付けたときに落ちた食材。ゴミ。
余った飾り付けの布。ゴミ。
テープの切れ端。ゴミ。
なんかテーブルに刺さってた鍵みたいなの。ゴミ。
「ねぇリィラ。ちゃんとやってる?」
「やってるってば。フフフよだれ出てきた……」
「だめだこりゃ」
ゴミはとりあえず分別して、積み上げておこう。
オランシェは頭脳派なのでしっかり者だった。その証拠にメガネもかけている。
「野菜クズは生ゴミ、布やテープの切れ端は燃えるゴミ、えーこれは電子キー? スクラップかしら。燃えないゴミね」
ポイッと、ゴミ箱の一番上に投げ捨てておいた。
【5】
帝国首都の心臓部に位置する五〇階建てのタワー。
その四〇階、執務室のシルヴェル将軍はカーテンを開いた。眼科の夜景はギラギラとまぶしく、その向こうにはレジスタンスアジトある。その上には分厚い反射物質の雲が重なって、黄色の絨毯を空に掛けていた。
「一九五〇時……間もなくサツ・リークの起動時間だな」
傍らの副官が頷いた。
もう少しすれば、あの雲の下がレジスタンスの血で赤く染まる。