2――『だいたいなんでもギリギリになってから焦るもの』
【1】
内心は心臓が止まりそうになりながら、リィラは絶対に言うと覚悟を決めていた。
(これも、今日でおしまいにする)
相手は半年前にレジスタンスに入隊したばかりの男。長年帝国と戦うリィラからすれば、ただの軟弱な新入り。そのはずだった。
「オランシェ、今日のあたしはどう?」
「ん~、リィラはいつも通りじゃない?」
「マジメに聞いて。って……なに作ってるの、あなた」
「記憶を消すクスリ」
「食事中にそんなもの作らないで……そうじゃなくて、あたし、ヘンじゃないか?」
「んー? リィラは美人だよ。わたしと違っておっぱいも大きい。あとそこらへんの男には負けないくらい強い。レジスタンスでも一目置かれる女戦士。これでいい?」
レジスタンスアジト――スクラップエリアに掘られた地下トンネル内の食堂で、親友の言葉を受けてリィラは胸を張った。テーブルに乗せた豊かな部分がたゆんと揺れる。
「そうだ。そうだよな。じゃあ大丈夫だよな」
「それは解んないよ。だって恋愛なんて人それぞれ好みがあるし。タイミングが違ったら別の誰かと付き合っちゃうかも」
「……なんでそういうこと言うの」
涙目になって、椅子の上で膝を抱えた。
「リィラは意外と小心者だからなぁ。告白はやめといたら?」
「いやだ。今日こそするんだ」
「焦ったっていいことないって。だって一六年間彼氏いたことないでしょ。たぶんリィラには恋愛はまだ早いと思う」
「くっ……彼氏いないのはオランシェもいっしょでしょ」
「わたしは別に焦ってないし」
「ちなみに好きなタイプは?」
「わたしのメガネを褒めてくれるような人かな」
適当なことを言いつつパスタ型糧食を食べるオランシェ。味付けは科学的に再現されたトマト味。帝国の支配下では合成食料が主な栄養源だ。
苦しむ民衆から搾取し、帝国の一部だけが利益を貪っている現状では天然食材など夢のまた夢。
彼女はリィラにとって唯一の親友。幼い頃からレジスタンスの科学班・技術部として兵器や医療を管理してきた頭脳派である。その証拠にメガネもかけている。
オランシェがリィラのことを想って止めてくれているのは解っていた。
だが、
「たしかにこれがあたしの初恋! だからこそだ! アイツの……グロウのことが頭に浮かんで離れない!」
「初戦闘で命を救われたり、廊下でハンカチを拾ってもらったり、ケガしたときに優しくされたんだっけ」
「そうだ! アイツはかっこいいんだよ! クールに見えて話してみたら意外とお茶目で、たまに服を後ろ前逆に着てたりドジなところがあって……あと箸を使うのが苦手でスプーンで合成ごはんを食べたり、髪型キマってると自分では思ってるみたいだけど、たまに寝癖がついてたり……」
それ、かっこいいか? オランシェが言ったのもリィラには聞こえない。
恋する乙女は盲目なのだ。
「こんなんじゃ戦いに支障をきたす! ケリをつけなきゃならないんだ!」
「でもさー。女の子がガツガツしたって、男の子は引くんじゃない?」
「男も女も関係ない」
リィラは拳を握りしめた。
「この手は屈強なヤローどもを何人も殴り倒し、銃を握り、帝国の連中をブッ潰してきた。あたしの力に不可能なんてない」
テーブルの上にあったリンゴを掴むと、バァン! と一瞬のうちに砕け散った。
「必ずグロウの心も掴んでみせる」
「物理的に心臓を掴むならできそうだね」
「そうだろ。あたしはやるぞ」
「いや、やっちゃだめでしょ」
「とにかくやるの! あたしはやる! 今夜のパーティーで……告白するんだ!」
「ちなみに今リィラが潰したリンゴ、わたしのなんだけど」
瞳の奥で闘志が燃えていたリィラに、その声は届かなかった。
「しっかり見ててねオランシェ。間違いなくやってみせるから!」
オランシェは「だめだこりゃ」と呟いて、薬剤の調合に意識を戻した。
二〇時ごろから予定されているグロウの歓迎パーティーは、荒れそうだった。
【2】
帝国軍将軍シルヴェルは昼食を終え、作戦の最終確認を行っていた。
「スヴァー少尉の準備は万全。パーフェクト・ソルジャーにとっては簡単な任務だったな」
「しかしシルヴェル将軍。要塞を奪ったのも彼、スヴァー少尉だと聞いておりますが。信用できるのですか?」
「ふん。レジスタンスに信用を得るためだ。スヴァー少尉……いまはグロウと名乗っているが。彼は私の所有する研究所でじきじきに遺伝子操作を施したパーフェクト・ソルジャー。問題はない」
「上層部の中には、彼が寝返ったのではと心配する声もあります」
「ありえんさ。パーフェクト・ソルジャーはあらゆる障害、あらゆる困難にも耐えて任務を達成することだけを教えられた子供」
部下は納得し、頷く。
シルヴェルはスヴァーを信頼していた。自分の最も信用する手足として、いわば息子のように目をかけてきたと言ってもいい。
たとえ接し方が、歪んでいたとしても。
「スヴァー少尉はたとえ拷問されても我ら帝国に忠誠を尽くす。そういう生き物なのだ」
「彼に失敗はない、と?」
「そうだ。いまごろ落ち着いて任務の遂行を待っていることだろう」
【3】
グロウは現在、ものすごく焦っていた。
(失敗した――――!)
すでに日が落ち始めていた。
アジトの地下トンネルから抜け出て、スクラップの山の合間を縫うように、グロウはサツ・リークの隠し場所へ足早に戻っている途中である。
戦闘訓練を済ませ、ポケットの中身を確かめたときに気づいた。
「起動キーを……挿しっぱなしにしてしまうだなんて!」
サツ・リークの起動キーは、回転式の電子ロックである。
ようはクルッと回すだけで電源のON/OFFができる物だ。
待機状態にし、抜いておけば、サツ・リークを止めることは不可能。
「だが、万が一……万が一誰かが発見し起動キーを回してしまえば……サツ・リークは電源がオフになってしまう!」
初歩的なミスである。
それもこれも、あのタイミングで声をかけてきたヴィトが悪いのだ。
いや、そもそも事後報告でいいと言っていたくせにいちいちホログラム通信なんて入れてきたシルヴェル将軍にも問題がある。
「将軍はいちいちホログラム通信をしてくるからな……! こないだも寝る前に『レジスタンスのベッドは硬くないか?』とか『下着の替えはあるか?』とか『栄養はちゃんと取っているのか。天然の野菜も帝国の外にはないだろう。合成食料ばっかり食べてるんじゃないか』とか、ほとんど毎日連絡を入れてくるから……!」
もしかすると、自分は帝国に信頼されていないのかもしれない。
グロウは不安を感じ始めていた。
帝国で唯一のパーフェクト・ソルジャーとして誕生し、訓練を受けてきたが、レジスタンスへスパイとして送り出されてすでに半年。
「オレはどんな過酷な状況にも耐える覚悟はある……だが、最近は……」
レジスタンスのメンバーに挨拶をしても「ああ……」とか「ん……」とか、目も合わせてもらえない。
食事中に天気の話とか、格闘術の話とかを振ってもイマイチ盛り上がらない。
作戦以外では、会話があんまり続かない。
別に避けられているわけではないんだけど、微妙に距離がある。
その割に、レジスタンスのメンバー同士は気さくでワイワイ盛り上がっていたりする。
そういう感じが、グロウはけっこうキツかった。
「この任務が終わったあと、反乱軍は消滅する。もう『食堂の端っこが空いてなくて、話相手いないのに中央に座るのって嫌だな』とか考えなくていい。だが……帝国に帰ったところで、オレの居場所は本当にあるのだろうか……」
パーフェクト・ソルジャーとして、戦闘訓練は受けてきた。拷問だろうが、悪環境での行軍だろうが、指揮だろうが、遊撃だろうが、戦いならばどんなことでもできる。戦略・戦術の知識も豊富だ。
しかし、グロウ――帝国軍兵士スヴァー少尉は、戦い以外を知らない。
「帝国の訓練施設以外で生きた経験は、このレジスタンスに所属しての半年間だけ……合成食料を食べ、帝国を攻め、レジスタンス内部の力関係で悩み……そんなオレが、帝国でどんな風に生きればよいのだろう」
いや、いまは考えるな。兵士はただ走ればいい。
そうとも、ただ任務をこなせばいいのだ。
キルロボット『サツ・リーク』を起動し、暴れさせる。
自分は逃亡し、帝国に戻る。
シンプルなミッション。
そのために、起動キーはちゃんと抜いておかないと。
どうせあんなスクラップ置場、誰もいないだろう――
グロウ――若きエースがパーティー会場に現れたのは、ちょうどレジスタンスの全員が集まったころだった。