第7話 グラベルイーター ①
「甘いぞ、少年」
「……くっ、“メタリカル・ガード”!」
戦闘が始まり数分経過。辺りには土煙りが舞い上がり、その中でケイは腰を落とした防御姿勢を取っている。そこにグラベルイーターは正面から飛び掛かり、自らの尾ひれを叩きつけながらケイの後方を通り過ぎていった。
「ふっ! 衝撃は防げたが……」
「はい。また潜りましたね」
グラベルイーターの攻撃は装備を鋼鉄のように硬化できる鋼属性技法“メタリカル・ガード”をロングコートに発動する事で防げはしたが、思わしくない戦況にケイは苦い顔をする。
「こう何度も地中に潜られると厄介だな」
グラベルイーターの姿は地上にはなく、代わりに地面が小さく振動していた。
「いつも通り、ここはワタシに……」
「いや、待て。アマネは───まずい、くるぞっ!」
二人が立つ地表が一際大きく振動する。かと思えばケイの真横からグラベルイーターが飛び出てきた。
「舐めるなっ! “ブロンズ・カッター”!」
グラベルイーターの急襲。しかし、ケイは冷静に判断し、その場でしゃがむ。すると頭上をグラベルイーターの巨躯が通過する。好機と思い、すかさずその巨躯の腹に向かって指先を硬化させる鋼属性魔法“ブロンズ・カッター”を突き刺した。
「ぐあっ!? やるじゃないか……」
攻撃をくらい堪らず距離を取るグラベルイーター。
「お前の行動パターンは少し単調だ。流石に慣れる」
説明はしなかったがケイの判断力には理由がある。相手の攻撃を無意識に察し、危機回避能力を上げるスキル“予兆”をこっそりと発動していた。
「単調か。確かにそうだね。では、これはどう───」
「“ゾア・クラッシュ”」
「……えっ」
話の途中、素知らぬ顔で魔法を発動するアマネ。ケイは呆気にとられ、妙な声を漏らした。空間に穴が開き、グラベルイーターを文字通り叩き起こした黒い獣の腕がまたも出現する。そしてその腕が殴り掛かろうとグラベルイーターに迫った。
「……おおっと! やれやれ、せっかちだな」
アマネの攻撃をすんでのところで躱す。
「んっ? おっ、これはしまった」
油断したな、とグラベルイーター。アマネが発動し、出現させた獣の腕を躱す事は出来たが、咄嗟だったために腕からの距離は2mもない。一方、アマネ本人はその腕に乗り上げ、グラベルイーターに向かって走っていた。
「チャンスだと思ったので、つい」
接近したアマネは丁度腕の拳部分で跳ね、グラベルイーターの真上を取る。そして握っている水のような鞭を振るった。
「“シェイプ・ジャギー”」
「……ぐぅっ! 見た目以上に硬いね、その鞭っ!」
鞭の名は“スライム・ウィップ”。その鞭で数回攻撃を浴びせ、地表に着地した。
「……おや、そんな形状だったかな?」
グラベルイーターが疑問に思うのも無理はない。アマネの手元にあるスライム・ウィップの形状があからさまに変化していた。
「これですか? 技法ですよ、技法」
鞭特有のしなやかな曲線を犠牲にする代わりに本体の硬度を上げ、角張りが顕著な形態に変化させる。それが技法“シェイプ・ジャギー”の効果だった。
「結構使いやすいんですよ。これ」
スライム・ウィップを見せつけるように構えるアマネ。この水属性武器をアマネは適性と扱いやすさを考慮して愛用している。
「おい、アマネ」
「あっ、すみません。差し出がましいことをして」
「……いや、いいんだ。いつもならそうしてるしな、うん」
容赦なく攻撃を繰り出したアマネに何か一言いっておこうとケイは思ったが、素直に謝られてしまったため、それは止める事にした。
「はぁ……、してやられた。少し本気を出そうか」
やれやれといった感じだが、グラベルイーターの雰囲気が変わっていく。
「どうやら、ここからが本番らしい」
「そのようですね」
目前にいるグラベルイーターの様子に対して小声で確認し合う二人。それをグラベルイーターは見すえ、おもむろに口を大きく開き始める。
「『正面からの中距離攻撃』か。……よし、二手に分かれよう」
二人は左右に分かれて走り出し、グラベルイーターの射程だと思われる範囲から脱出を図った。
「その攻撃は発動に隙が生じるみたいだな」
口を開けたまま動こうとしないグラベルイーター。ケイは安全であろう巨躯の右横まで難なく辿り着き、右手を突き出す。
「足りないよ」
「……んっ、どこか───、ぐぁっ!?」
魔法を発動させようとして失敗する。何故ならあらぬ方向から声が聞こえ、次の瞬間には下からの予期せぬ一撃をくらってしまったからだ。
「何がっ……、いや、それよりも……っ」
これはまずい、と直感するケイ。もらった一撃に堪えきれず、先ほどいた地点まで吹っ飛ばされた。
「くらいたまえ」
放たれたグラベルイーターの攻撃が射線上にいるケイを狙う。今だ着地できずに身体が宙に浮いている状態のケイはそれをくらう他なかった。
「……っ、メタリカル・ガード!」
「それも足りない」
ケイのロングコートが金属特有の鈍い光を放つ。ダメージの軽減に良く用いる魔法を発動した。だが、相手の技をさほど確認せずに発動した事はあまりに迂闊だったと直後に思い知る。
「注意が」
「何っ!? これは……っ」
ケイに直撃したのは飛礫。しかし、それは水を圧縮させたものだった。直径約20㎝大に固められた水の弾丸。グラベルイーターはその弾丸を数発撃ち出したのだ。
「うっ、ぐぁああああっ!!」
一発、二発、そして三発目。とうとうメタリカル・ガードは効力を失い、ロングコートはただの装備に戻ってしまった。そこを縫うように四発目と五発目がケイに浴びせられる。
「私がいつ地属性の技しか使えないと言ったかね」
倒れ込むケイに向かって、心外だな、とグラベルイーターは鼻で笑うようにそう言った。
「ケイさんっ!」
アマネが慌ててケイに近づく。その表情には多少の変化があり、声音で焦りが窺えた。
「水属性攻撃ってことは教えてほしかったな……」
どこかの仕事帰り風運転手に対して愚痴を零す。トライデルタにある全ての属性には相性があり、ケイの得意な鋼属性法術というものは水属性に弱い。したがって鋼属性であるメタリカル・ガードは早々に打ち破られる結果となったのだ。
「大丈夫ですか?」
「ああ。心配させて悪いな、俺は大丈夫だ。それよりあれを見ろ」
「はい。どういうことでしょうね、あれは……」
訝しみながら前方を見る二人。目の前には何故かグラベルイーターが二体いた。
「探知っ! ……やはりな、そういうことか」
立ち上がり、技法を発動させて観察したケイは合点がいく。
「俺を突き飛ばした右側にいるグラベルイーターのHPが極端に少ない。恐らく分身だろう」
「やれやれ、もうネタバレか」
二体のグラベルイーターはハモりながら素早い動きで砂浜にダイブ。ケイは今一度、スキルである予兆を発動し、アマネに背中を預けた。
「ケイさん。ここはワタシが」
背中越しに遠慮がちな提案をするアマネ。ケイは考える。確かにいつも通りなら、と。しかし、ある理由でその選択肢を排除していた。
「余裕だねぇ」
「んっ、なんだこの嫌な予感は……」
グラベルイーターの声と規則正しい地表の振動だけが聞こえる中でケイの不安が募る。
「……くるぞ、アマネ!」
「はいっ!」
二人が立っていた地表が円形状に大きく陥没する。ギリギリその落とし穴に掛からなかったが、跳び上がってしまったために数秒間無防備になってしまう。
「二対二の基本はっ……!」
二体のグラベルイーターが地表から矢の如く飛び出てくる。一体はケイの正面に、もう一体は背後から。そして身体を捻り、同時に尾ひれをケイに叩きつけた。
「二体による一体への集中攻撃。……だろう? 少年」
「……ぐはっ!?」
攻撃を受け、地表にも叩きつけられたケイはすぐには立ち上がらず、片膝立ちの姿勢を取る。そこにアマネがやや険しい顔つきで駆け寄った。
「ケイさん」
「だ、大分ダメージをもらってしまったな……」
「何故ですか? 本来の戦術を変えているとはいえここまで……」
ケイの行動に違和感を覚えるアマネ。いつもならもっと慎重に、というニュアンスを込めて質問した。それを受け、ケイは苦笑いをする。
「そこまで心配しなくていいぞ。言わなかったか? 試したいことがあるって」
「ですが、もうケイさんのHPはあまり───、えっ、試したいこと?」
もしや、と直感し、ケイに疑いの目を向けた。
「……ケイさん。今のHPは如何ほどですか?」
「大体四分の一程度だ」
気づいたか? とケイは語る。思い起こせばおかしな所が多々ありましたね、とアマネは少し後悔した。
「……ふっ」
バシッ! というそこそこ大きな音がなる。思惑を理解したアマネはそれでも釈然とせず、力を込めてケイの頭を叩いた。無表情ながら怒りのほどが垣間見える。
「痛っ! 何故!?」
「ワタシの攻撃もついでにダメージの蓄積に役立てて下さい」
「いや、この程度ではなんの意味も……」
「ゾア・ス───」
「お、おい、やめろっ!」
アマネの魔法をくらうのは流石にひとたまりもない。ケイは慌てて立ち上がった。
「冗談ですよ」
そっぽを向くアマネ。目が本気だっただろ、と思ったが、またも身の危険に晒される恐れがあるため、ケイは口をつぐむ。
「そろそろいいかい?」
二人のやり取りに一段落がついたところでグラベルイーターは尋ねた。
「すまない、グラベルイーター。待たせたな」
「いや何、不意打ちに次ぐ不意打ちをしてしまったからね。多少紳士的に振る舞っても構わない、と思っただけさ」
「それは礼を言う。ありがとう。だが……」
「ん?」
「ここから先、それは命取りになる」
「……ほう」
余裕を隠そうともしないグラベルイーターにこれ以上の情けは不要という意味で宣言したケイはゆっくりと右腕を前に突き出す。掌は地表に向けて開いており、その動作は既に勝敗は決したと言わんばかりに堂々としていた。




