第84話 殲滅戦
「行ケェ! 奴ラヲ捕トラエロッ!!」
突如としてキョウ達の前に現れた甲冑を身に纏う謎の存在。
「任務、了解」
ソレが叫ぶや否や、また別の何かが物陰から多数姿を現し、抑揚の無い声を一斉に発した。
「あれが……そうか」
キョウには大方の見当がついている。
「“警備システム”始動」
それは紛れもなく敵だった。
「警備システムのNPCか、……仕方ない」
能面の様な顔に、頭にはヘルメット。清潔感のある青を基調とした戦闘用ジャケットを着込み、各々、刀剣型・手甲型・棒杖型、そして───。
(……少しばかり親近感を覚えるな)
───“銃器型”の装備を携えている。
(ある意味、理想的なパーティーだ)
“銃器型”とは戦士族の中でも限られた職種でのみ装備できる武器であり、キョウの職種はそれに該当していた。
「まあ、どうでもいいか」
無駄な思考を打ち切る。それを余所にNPC集団がすぐさまキョウ達のいるステージまで駆け下りて来た。
「捕縛、開始」
あっという間に計十体の物々しいNPCに囲まれるキョウとリン。戦力差を鑑みるに厳しい状況であり、客観的に見て敵う筈がない。
(『逃げ果せた者はいない』か。だが……)
しかし、ただのプレイヤーではなく、エクレスターであるならば話は変わる。
(問題ない。俺達ならば対抗できるはずだ)
倒し、そしてここからの脱出。簡単にはいかないが活路はある。キョウはそう信じ、今後の筋書きを定めた。
「“ブラック・カーペット”」
カッ、と靴の裏を打ち鳴らす鋭い音。動き出そうとしたキョウよりも早く、その魔法は発動された。
(おい、まさか……)
善戦はするだろう。キョウはそんな腹積もりでいた。
「……っ、……っ!?」
だが、目の前に広がる光景はその予想を盛大に反している。
「飛ぶ手間が省けたよ」
もがきながら地に伏すNPC集団。例外は一体もなく、十体全員が押し潰された様に倒れていた。
(リンさんの得意な魔法とはいえ、ここまでとは……)
“華麗なる黒濁絨毯”。術者の影を起点とし、地に沿う様に伸縮する黒い長方形状の拘束領域を放つ魔法。領域に侵食された地面に触れると発生している重力によって身体の自由を奪われ、立つ事もままならなくなってしまう。
「数が多いから分けてやるね」
次の瞬間、リンの背中にある翼の内二つが蠢き、そして伸びた。
「“エンパシー・ペイン”」
伸びた先には一体のNPCがいる。無論、抵抗できる状態ではない。
「……っ!」
「ねぇ、あなた達は───」
翼は鋭利な刃の如くNPCを斬り刻む。
「───痛みを感じるの、かな?」
そして瞬く間に胴体を真っ二つにし、首を刎ね飛ばした。
「さあ、感じて」
それだけではない。何故か周りにいる他のNPC達の首も立て続けに宙を舞い、直後に光の泡となった。
(容赦の無さは健在だな……)
“同調圧殺”。対象にダメージを与えた際、範囲内にいる同一の他の対象に同等のダメージを与える魔法。効果上プレイヤーに対して使用できる機会は稀だが、モンスター等の群れに対しては使い勝手が良い。
「あと四人だね」
全員が範囲内にいたのだが、リンは敢えて四体残した。
「どれくらいもつのかな」
法術にはプレイヤー毎に相性があり、相性が極めて良好な場合には効果説明欄に記載されていない効力までをも引き出すことが出来る。
「……ガッ!? ……ィ!?」
カカッ、とまたも靴を打ち鳴らす。リンは華麗なる黒濁絨毯の隠された効力を発揮したのだ。
「久し振りに使ったけど、いい感じ」
それはまさに底無し沼の如く。四体のNPCは黒く侵食された地面に徐々に飲み込まれていった。
(確か、HPの残量は度外視だったか。……とんでもないな)
重力によってなんら抵抗も出来ず、こうなっては無慈悲な最後をただ受け入れるほかない。
「……ッ」
四体とも全身が完全に飲み込まれ、そして誰もいなくなった。
「うん、まっさらにできたね」
無論、この場合は光の泡となった扱い、即ちデリートされた扱いとなる。
「じゃあ、そろそろ……」
リンにとって初めから警戒する対象は別にいた。そしてその存在は見計らっていたかの様に───
「賊ニシテハ中々ノ腕前デハナイカッ!!」
───リン達がいるステージに降ってきた。
「大きいね。どうしよっかな」
ズシンッ! とステージを揺らす3mほどある巨体を前に、リンは何一つ臆する事なく思考を巡らせる。
「拙者ノ名ハ“シオン”! シテ、オ主ノ名ヲ聞コウ!!」
威圧感と闘志が滲み出る鎧武者。片言を駆使し、リンに物申す。
「私? 教えてもいいけど、多分意味無いよ?」
「……ヌッ!?」
「あなたもここですり潰すから」
鎧武者が降り立った地面はいつの間にか黒く染められている。
「コ、コレハ……ッ!?」
つまり、リンの拘束領域内であった。
「ふぅーん、凄いね。倒れないんだ」
「クッ! 小癪ナ手ヲッ!!」
しかし、誤算が一つ。鎧武者は倒れ伏す事なく、膝立ちの状態とはいえ持ち堪えていた。リンもこれには多少なりとも驚く。
「ゼィアッ!!」
「……えっ」
そればかりか、装備している巨大な太刀でリンに斬りかかった。
「コノ間合イハ我ガ領分ッ! クラエッ!!」
上からくる高速の一太刀。如何にリンといえど躱すタイミングを逃している。
「ふぅー……」
で、あるならば取るべき手段は限られていた。
「ぁぁああああッ!!」
白刃取り。ただしリンは平手ではなく握り拳で挟み、受け止めたのだ。
「ナ、ナント……ッ!?」
すると、受け止められた刀身にひび割れが生じ───。
「砕けろォッ!!」
───それが全体に広がった瞬間、刀身が一気に大破した。
「馬鹿ナッ!?」
鎧武者の狼狽えた声が虚しく響く。
「あなたは思っていたよりも危険みたいだから───」
「……ハッ!?」
鎧武者は反射的に頭上を見上げる。そこには既に飛翔しているリンの姿があった。
「───念入りに、ね」
リンの四翼が禍々しく形を変化させ、細い螺旋状の槍を形成する。
「オ、オノレェッ!!」
そして、抵抗する手立てを失ったであろう鎧武者目掛けて槍となった翼を突き立てた。
「グァアアアアアアッ!?」
上から下に向けて放たれた翼の槍は縫う様に鎧武者を抉り、刺し貫く。
「……ッ、……ァア」
「アレも使っておけば良かったかな」
結果的にエクレスターであるリンには、この程度の相手では些か脅威足り得なかったのである。




